第130話 魔落 16
「セレス様、では、行きましょうか」
「違います」
「……」
「セレスです」
澄まし顔で、そう答えるセレス様。
まあね。
確かに、約束はしたけどさ。
……。
こちらを見つめたまま、視線をそらそうともしないよ。
はぁ。
分かりました。
呼べばいいんでしょ。
それで気が済むなら、安いもんだ。
ホント、昨夜は大変だったんだから……。
殺して、なんて言葉。
もう二度と口にしてほしくないよ。
とはいえ、まあ。
昨夜のことは、あれで良かったんだろう。
セレス様が心の奥にずっと溜めていた鬱憤。
それを晴らすことができたようだから。
……。
昨夜、夕食後。
今まで俺に話していなかった多くのことをセレス様が語ってくれた。
神娘についても詳しく。
自分が神娘としてどのように生きてきたのか、またその非凡な能力についても苦しい胸の内を吐露するかのように、ゆっくりと話してくれた。
ワディンの地において数100年に1人現れる特別な力を持つ神の子であり、彼の地に大いなる繁栄をもたらす者として殊更に尊重されている神娘。
そんな神娘たるセレス様は、自分の持つ異能を上手く使いこなせていなかった。
さらには大きな失敗も経験し、以来ずっと焦りと不安を抱いていたらしい。
そんな中での今回の逃亡劇だったと。
あんなことを口にする気持ちも理解できるというものだ。
……。
まあ、それでも。
昨夜話し終えたセレス様は、吹っ切れたような表情をしていた。
鬱憤を晴らし、胸の内を明かし、それで心が軽くなったのなら良かったんだ。
……。
と、ここまではいい。
問題はここから。
その後のセレス様。
どういうわけだか、セレスと呼んでくれと言って聞かないんだよなぁ。
いくら拒絶しても、まったく聞き入れてくれない。
どうも、呼び方に対するこだわりだけは、ここから脱出するにあたり譲れないらしい。
しまいには、「呼んでくれなきゃ、また昨夜みたいになるかも」なんて言い出す始末。
そこまで言われれば、もう仕方ない。
とりあえず、ふたりきりの時のみという条件で了解したのだけれど。
そもそもこの大空洞内では、ずっとふたりきりなんだよな。
……しかたない。
「セレス、行きますよ」
「はい!」
いい笑顔だ。
と、こんな感じで気持ちも新たに探索を再開したわけだが、その日は全く成果を得ることができなかった。
相変わらず魔物と戦うだけで、脱出の手掛かりは全く掴めていない。
色々と偉そうに語った翌日も結果を出せない俺がひそかに落ち込んでいる横で、セレス様は元気な姿を見せてくれている。
……。
セレス様が元気なうちに何とかしないといけないよな。
探索再開後3日目。
今日は調べたい場所がある。
ここ最近は大空洞内の壁や横穴、そして転移を発動するB地点を重点的に調べてきたのだけれど、ひとつ軽視していた場所があって。
「ここですよね」
「ええ」
それが、ここだ。
転移の終点であるA地点。
ここを詳しく調べていなかったんだ。
もちろん、何度か調べてはいる。
それでも、B地点ほど念入りには調査していない。
ということで、今日はここを徹底的に調べることにする。
とはいえ、ここには何もないんだよなぁ。
B地点のような弾力空間があるわけでもないし、特に怪しい物もない。
目に入ってくるのは、ただの砂地の地面と左右の横壁だけ。
「どこを調べたらいいの、かしら?」
「端から調べましょう」
とりあえず色々と試してみよう。
「りょーかい」
「奇妙な箇所がないか調べてみますね。セレス……も何か気付いたら教えてください」
「はい、分かった、わ」
セレス様に対する口調が今ひとつ定まらない俺だけど、彼女も同様みたいだ。
それからしばらく。
A地点の周辺を詳細に調べたものの、地面や壁には何の問題もなく、手掛かりなどまったくない。
やはり、ここには何もないか。
と諦めたくなる気持ちを抑えて、調査を続ける。
地面に穴を掘ったり、壁を削ったり、魔法や剣を試してみたりと……。
「うーん、何もないわねぇ」
「そうですね……」
セレス様の言う通り。
本当にただの地面と壁でしかない。
もう、どれくらい調べたのだろうか。
懐中時計を取り出し、時間を見てみると!?
ん?
何だ、この波動は?
……。
集中して奇妙な波動らしきものを探ってみる。
と……!?
A地点の真中あたり。
ちょうど左右の壁の中間にあたる地点の地下から、この波動みたいなものが流れ出している。
さっきまで全く感じなかったのに。
どういうことだ?
いや、そんなことは問題じゃない。
この波動は魔力ではないし、いったい?
とにかく、調べるしかない。
やっと見つけた手掛かりらしき存在。
逃すわけにはいかない。
その波動らしきものが流れ出す地面の傍らに立ち、ゆっくりと掘り進める。
「何かあったの?」
尋常ではない俺の様子に、セレス様が駆け寄ってくる。
「ここから奇妙な波動を感じるんですが、セレス様はどうです?」
「……私は何も感じないわね」
「そうですか。セレス様は……」
俺は今も感じるんだが。
「もう少し調べてみます」
「分かったわ。でも」
「はい?」
「……セレス」
「ああ、そうでしたね」
波動に集中するあまり、すっかり忘れていた。
やっぱり、まだ慣れてないな。
でも、今はそれどころじゃない。
「では、続けますね、セレス」
「ええ」
ゆっくりと慎重に掘り進め、50センチほど掘ったところで。
波動の元のようなものが感じられる。
とはいえ、魔道具のようなものが埋まっているわけではない。
そこにあるのは土だけ。
けれど、あるぞ!
目には見えないけれど、確かにある。
半径3センチほどの小さな球形のエネルギー体のようなものが!
そっと手で触れると、B地点に近い弾力が感じられる。
これは当たりじゃないのか。
「コーキさん!」
セレス様にも触ってもらったが、弾力を感じたようだ。
「ええ、これは期待できるかもしれません」
慎重に色々と試してみる。
球の中に手を入れることはできない。
弾かれてしまう。
持ち上げることもできない。
他にも試してみたが……。
やはり、これは。
「破壊してみましょうか」
可能かどうかは分からないが、試す価値はある。
「お願い」
「少し下がっていてください」
「分かったわ」
剣を取り出し、刃に魔力を込める。
「いきますよ」
波動の球体に向けて真っすぐに振り下ろす。
パシーーーーン!
手を弾いた球体の中に刃が通り、球体が破裂!
すると、次の瞬間。
球体の中に籠っていた波動のようなものが膨れ上がり。
まずい!
セレスさんを抱き寄せ跳躍。
ファァァァァァァ。
高音なのか低音なのか?
そもそも、これは音なのか?
良く分からないものが頭に響き渡る。
「えっ!?」
後ろに跳んだつもりが……。
どこだ、ここ?
「……」
「コーキさん!?」
さっきまでいたA地点とは全く違う。
それどころか、あの地下大空洞ですらないのかもしれない。
明らかに地下空間とはかけ離れた光景に唖然となる。
「……」
「……」





