第13話 検証 3
レイリューク道場で偶然出会ったギリオンさんという男性と共に向かったのは、近くにある喫茶店というか食堂というか、とにかく休憩できる場所。
そこに場所を移して話を聞くことになった。
「王都でジルクール流の達人として有名なレイリュークさんがこちらに滞在されているのなら、挑戦しようという気持ちは分かります」
「んだろ。それで昨日今日と挑戦したんだがなぁ、このざまよ」
正面には赤色の髪を短髪に切りそろえた筋骨隆々の男性。リーナの朱色の髪とは違い、かなり濃い黒っぽい赤髪だ。その男が赤みがかった茶色の眼を不機嫌そうにすがめている。
こうやって向かい合ってみると何とも威圧感があるな。
背は170センチもないくらいだが、骨太で筋肉も盛り上がっており、その身体つきは迫力満点。 その上、サイズが小さめの薄手の上着を肩までまくっている。これでもかと筋肉を見せつけているようだ。
そんな恰好をしてはいるけど、その所作には見るべきものがある。
この人もかなりの使い手だな。
「レイリュークさんはお強いんですね」
レイリュークという剣士はそれ以上ということか。
「ああ、剣に関しちゃ、やつはキュベリッツで10指には入るな」
「そうなのですか」
国で10本の指に入る剣士が道場にいる。
俄然、やる気が出てきた。
彼がいる間に道場に行かないとな。
「ちなみに、キュベリッツで他に高名な剣士はいるのですか?」
「ん、そりゃ、赤鬼と剣姫と幻影だろうが、それくらいは知ってんだろ」
おお、心くすぐられるファンタジー感溢れる呼び名だ。
これは、いつかお手合わせ願いたい。
「いえ……」
「アンタ、赤鬼ドゥベリンガーも剣姫イリサヴィアも幻影ヴァルターも知らねぇのか。どこの田舎から出てきたんだ」
「ははは……で、その3人はやはり王都にいるのですか?」
「赤鬼と幻影は王都だな。剣姫は王都が拠点だが、年中旅しているらしいぞ」
「そうなのですね」
この3人の剣士にも非常に興味があるが、近くにいるわけじゃない。
まずは、レイリュークさんだな。
「ところで、そのレイリュークさんですが、誰でも相手してもらえるのでしょうか?」
「誰でもは無理に決まってんだろ。ある程度名が売れてねえとな」
「ギリオンさんでも?」
「バカにしてんのか? オレ様は一流だわ!」
自分で言うのはどうかと思うが、レイリュークという剣士が2日連続で相手をするということは、剣士としてそれなりに有名なんだろうな。
まあ、手練れであることは間違いない。
「でも、3度目はないと言われてましたよね」
「……」
「……」
「とにかくだ、庶民に開かれたジルクール流とはいえ、レイリュークは無名の剣士は相手にしねぇ」
流された。
まあ、いいけど。
「では、私の場合、誰が相手してくれるんですかね?」
「アンタ、ここいらじゃ見かけねえ顔だが、全くの無名か?」
「まあ、そうですね」
「こうして見てみると、なかなかやりそうなのにな。そうか、無名か……」
残念そうな顔で考えている。
「……」
言動はなんとも怪しいものがあるが、剣の腕があり見る眼もありそうだな。
この人と剣を交えるのもいいかもしれない。
「なら、3番手か4番手あたりだなぁ」
普通は一見の怪しい剣士を上の者が相手などしてくれない。当然だ。
それでも、そのレベルの剣士がしっかり相手してくれるのはありがたい。
さすが、庶民派ジルクール流だな。
で、3、4番手の力のほどは?
「その方々はレイリュークさんよりもかなり劣るのでしょうか?」
「あったりまえだ、比べもんになんねぇわ」
「ギリオンさんなら勝てますか?」
「当然勝てるな」
「うーん、そうですか」
やはり、この人に相手してもらおうか。
「アンタが道場の相手にずっと勝ち続けりゃ、あいつも相手してくれるかもよ」
「ホントですか?」
「アンタが強けりゃ、そりゃ、やる気になるってもんだろ」
それはありがたい。
やはり、もう一度道場に行こう。
「レイリュークさんはいつまでこちらにいるんでしょうか?」
「ん? 知らねえな。まっ、あと2、3日はいるだろーよ」
「それなら、レイリュークさん目当ての剣士で溢れるんじゃないですか?」
「奴が来たってのは公にはされてないからな。ほとんどの剣士は知らねえだろ。門弟たちも口外しないだろうしな」
「では、ギリオンさんはどうしてご存知で?」
「うん? そりゃあ、オレが一流だからよ」
臆面もないな。
それでも、嫌味に感じないのはギリオンさんの人柄ゆえか。
「はあ……まあ、もう一度訪れてみます」
「ところで、アンタ、オレと仕合わねえか」
「いいですよ。その怪我が治った後ですけどね」
「こんなもの何ともねえわ。すぐやろうぜ」
「いやいや、立つのも辛そうだったでしょ」
「……」
「またその内やりましょう」
「アンタ、他所もんだろ? しばらくはオルドウにいるのか? で、どこに滞在してるんだ?」
「そうですね、しばらくはオルドウにいるつもりです。宿は夕連亭です。分かります?」
「ああ、知ってる。そうか、しばらくいるなら、治ったら仕合だな」
「ええ、分かりました」
その後、しばらく話をして再度道場に向かうことになった。
ギリオンさんとの会話は十分楽しかったから、道場やオルドウの情報を聞くだけじゃなく普通に会話も楽しんでしまった。もっと時間が欲しいくらいだったが、夕方には夕連亭に戻らなければいけないので、それほど時間に余裕があるわけじゃない。先約があるのだ仕方ない。
ちなみに、ギリオンさんの年齢は20歳で俺と同じ年齢だった。
が、全くそうは見えない。
30歳くらいにしか見えないぞ。
と、年齢はさておき、ギリオンさん、口の悪い仕合好き筋肉剣士だけど、悪い人じゃなさそうだ。
正直、けっこう気に入ってしまった。
俺の知り合いにも少し似ているしな。
しかし、こっちの世界の人の年齢は分かんないなぁ。
ヨマリさん、ウィルさんに続いてこれで3人目。
エストラルの人たちの年齢は全く俺には分からない。
もうこれからは外見で年齢を推測するのは止めよう。
「はじめ!」
場所はジルクール流剣術オルドウ道場。
眼の前には壮年の剣士。木剣を両手で構えこちらを睨んでいる。
つい先ほど、ギリオンさんと別れたその足で道場に直行して、稽古を申し込んだところ、詳しく話すことすらなく、こうして立ち合うことになってしまった。話が早くて助かるのだが、ちょっと驚きだ。ギリオンさんの例もあるから、こういう申し込みはよくあることなのかもしれない。
まあ、道場からしてみたら、さっさと相手をした方が効率的だと考えているのかもしれないな。
「やっ!」
気合いを込めた突きを真正面から放ってくる。
なかなかの速度だが、焦る程ではない。
左に体をおくりながら、支給された木剣で軽く右にいなす。
相手の剣士はバランスを崩すもすぐさま立て直し、こちらに身体を向ける。
俺も剣先を壮年の剣士に向け対峙する。
せっかくエストラルでも有名なジルクール流剣術を体験できるのだから、自分の実力を測るだけじゃなく、色々と技も見ておきたい。なので、こちらから積極的に勝負を決めるつもりはない。
もちろん、負けるつもりもないが、どうしても勝ちたいという気もない。
ジルクール流剣術を体感することが重要だ。
まあ、レイリュークさんと対戦できる可能性もあるのだから、なるべく勝とうとは思っているけど。
「えい!」
今度は中段に突きを放ってくると思いきや、突きの途中で木剣を斜め上に跳ね上げ剣先でこちらの胴を薙ぎにくる。
面白い動きだが、動作が読みやすい。
その木剣を左に捌き、身体を入れ替え三度対峙。
「……」
今度はなかなか動かない。
慎重に次の狙いを考えているようだ。
その眼からは当初見られた苛立ちは消え、ただ剣のみに集中する気迫が感じられる。
最初は、いきなりの稽古申し込みに心中穏やかじゃなかったんだろう。
そりゃ、そうだよな。
ギリオンさんも言っていたけど、この道場は基本的に来るもの拒まずで相手をしているようだし、最近はレイリュークさん目当てで、普段より来る剣士も多かったみたいだから。
門弟にしてみたら有象無象の相手をするのは面倒だろう。
俺もオルドウでは無名の剣士だから、最初の対応で門弟たちが煩わしいような雰囲気を出してたわ。
でも、俺の動きを見て気持ちが切り替わったみたいだ。
本気で剣を振るってくれるなら、こちらとしてもありがたい。
カン、カン、カン!!
幾度となく木剣を叩き合う音が道場に木霊する。
壮年の剣士が本気になって打ち込んでくる木剣の動きは当初より随分と見るべきものがある。これがジルクール流剣術なんだなと感心させられる場面もあった。
とはいえ……。
これだけ打ち合うとさすがに明らかなのだが、率直に言って俺の相手ではない。
最初に対峙した時点でもそう感じたのだが、ここは異世界。
俺の知らないこと、分からないことだらけの世界。
人の年齢さえ判別できないのに、一見しただけで剣を見切ったと言えるはずもない。
ということで、もういいだろう。
次の打ち込みに合わせ、こちらも前方に飛び込み木剣を一閃。
「そこまで」
その後、もうひとりの門弟と立ち合ったのだが、こちらも同様に俺の相手ではなかった。この2人はギリオンさんの予想通り3番弟子と4番弟子とのこと。今道場には道場主も1番弟子も2番弟子もいないため、これ以上の立ち合いは遠慮することになった。
「コーキ殿の腕は素晴らしい。是非ともジルクール道場に入門して欲しいですな」
「ありがたいお誘いですが、オルドウには短期滞在の予定なのです。ですので、機会があればということで」
「それは残念ですな。コーキ殿ならジルクール流剣術を極めることも可能でしょうに」
「それは買い被りですよ。それに、今日はとても勉強になりましたし」
これは本当の話。
異世界の剣術の中には俺の知らない動きがいくつかあり、これはとても参考になった。
それに、こと剣に関しては、この世界での俺の立ち位置が何となく分かった気がする。
これはありがたい。
うん、それなりにはやれるという自信がついたかな。
まあ、あちらでは30年修行してきたし、それなりの実績も残してきたから、全く通用しないとは思っていなかったけど、それでも一安心だ。
「お世辞でも、そう言ってくださると我々としても嬉しい限りですな」
「いえ、本当です。未熟な私には良い勉強になりました」
「ご謙遜を。我ら相手には手を抜いても楽勝だったではないですか。とはいえ、次はそうはいきませんぞ。主もいますからな」
「はは……」
まあ、手を抜いてるのは分かるよな。
確かに、それも事実だけど。
未熟だというのも事実だ。
何より、俺には経験が足りていない。
「とにかく、オルドウ滞在中に時間があれば、またおいでいただきたい。当道場の主も喜ぶことでしょう」
「ええ、その際はよろしくお願いいたします」
「いやはや、貴殿のような強者と出会えるのだから、このような立ち合いも止められませんな」
レイリュークさんと道場主とは立ち合いたい。
また来るとしよう。
そうそう、ギリオンさんとも立ち合いたい。
「では、お待ちしていますぞ」
「こちらこそ、次の機会を楽しみにしています」
今日の道場訪問は本当に良い経験になった。
そして、課題も浮き彫りになった。
今日の立ち合いの中で、これが真剣だったらまずかったかもしれないという場面が2度ほどあった。もちろん、真剣であったとしても負けることはなかっただろうが、少しは怪我を負っていたはず。まさに、実戦経験不足ゆえの未熟さ。
実戦経験。
日本で修行してきた俺にはそれが決定的に足りていない。
今後、この世界で活動していく中で、多くの実戦が必要となるだろうに。
……。
この異世界での暮らしに戦いなど不要というのもひとつの考え方。
実際、危険を犯さず異世界を楽しむ方法もあるだろう。
それでも、俺はこの世界に遊びに来たわけじゃない。観光でもない、金儲けでもない。
10歳の頃からずっと夢見てきた血沸き肉躍る冒険をするために来たんだ。
40男が子供のようなことを言っているのは分かっている。
それでも、俺はそのために生きてきた。
そのために準備してきた。
おそらく、今後は命を懸けた戦いが俺を待っているはず。
もちろん、無闇に殺生をする気など微塵もないが。
命のやり取りは避けられないだろう。
……。
自分の剣術がある程度は通用するという自信。
実戦経験の欠如に対する不安。
この2つを強く自覚できたのが今日の収獲だ。





