第127話 セレスティーヌ 6
<バルドィン視点>
テポレン山上空に上がった巨大な火花。
円状に大きく広がって消えていった……。
何だというのだ?
また、嫌な汗が出てきそうだぞ。
「何だ、あれ?」
「魔物か? いや、魔法か?」
「あんな魔法知らないわよ」
「でも、綺麗だな」
驚き騒ぐ冒険者連中を尻目に、この4人は。
「ああぁ、よかった」
「姉さん、良かったなぁ」
「さすが、コーキだぜ」
「まっ、当然だぁな」
驚くどころか、喜び感心すらしておる。
どういうことだ?
「ちょっと、これ何なのよ」
「そうだ、お前ら知ってんだろ。説明しろ」
「ブリギッテ、サージ……。ああ、驚くのも無理はない。あれはコーキの魔法だ」
コーキの魔法なのか。
ならば、天災ではないのだな。
「固有の魔法か? コーキはそんなモノまで使えるのか。で、どういう魔法なんだ?」
「任務完了の際に、合図として上空に打ち上げることになってたんだ」
「合図の為だけですって。その為にあんな大きな火花を! 何それ、信じられないわ。 でも、そんな固有魔法あるの?」
「ブリギッテ、深く考えんじゃねぇ。コーキはそういう奴だかんな」
「……そう、なのね」
「まあ、実際便利だしな。俺たちも安心できる。仮に今日コーキが戻って来なくても、無駄に心配する必要もない。時間的な問題だと推測できるからな」
「そう考えれば、そうね」
「なるほどぉ。こいつぁ、使いようによっては、汎用性のある魔法かもしれねえな」
ヴァーンベックの説明に納得するブリギッテとサージ。
もちろん、儂と他の冒険者たちも同様だ。
しかし、コーキという冒険者。
驚かされてばかりだ。
その剣の腕前、魔法の技量、さらには固有魔法まで使えるとは。
これは、ますます逃すわけにはいかんな。
*************
<セレスティーヌ視点>
「セレス、よく来てくれた」
「お父様、お話とは何でしょう?」
ワディン辺境伯家の長であるお父様の執務室。
そこに呼び出された私は、お父様、お兄様、さらにはお母様もいるという執務室ではあまり見られない光景に戸惑ってしまいます。
「セレスに話があってな」
「はい」
「今から話すことを、驚かずに聞いて欲しい」
「……はい」
おかしい、何かがおかしいです。
みんなの雰囲気がいつもと違います。
「セレス、お前にはこれからオルドウに行ってもらわねばならん」
えっ?
オルドウって、隣国キュベリッツ王国の都市オルドウ?
「ごめんね、セレス。あなたに辛い思いをさせてしまって」
そう言ってお母様が私を抱きしめてくださる。
私が成人してからは、滅多にこんなことをしないお母様なのに。
言い知れぬ不安が心の中に広がっていくのを感じます。
「あの、どういうことなのでしょう?」
お母様の胸から離れ、お父様の顔を見上げます。
「我がワディン家がレザンジュ王家と揉めているのはセレスも知っておるな」
「はい、存じ上げております」
「その揉め事が大きくなってしまったものでな。もしもの場合に備えてセレスにはワディナートから避難してもらうことになったのだよ」
穏やかな表情で何でもないことを話すように、私に語り聞かせてくれるお父様。
でも、それが普通ではないことだと、私にも理解できます。
領都から避難だなんて、しかも他国に。
「私だけですか、お母様やお兄様は?」
「セレスだけよ」
「そんな……いや」
嫌です。
お父様、お母様、お兄様と離れるなんて考えたくもありません。
「セレス、我が儘言っちゃいけないよ。お父様はお前のことを考えて言ってくださっているのだから」
「お兄様、でも……」
「大丈夫、ワディン家のことはぼく達に任せて、セレスはオルドウで少しゆっくりしたらいい」
「……」
行きたくない。
家族と離れたくない。
でも、私が何を言っても無駄なのは、みんなの顔を見ていたら理解できてしまいます。
これは決定事項なのですね。
「心配ないわ、セレス、私の宝物。あなたはオルドウで元気に過ごすのよ」
「お母様……」
そんなこと、お母様……。
涙をこらえて……。
私は涙をこらえられません。
胸が張り裂けそうです。
どうして、こんなことに?
レザンジュ王家との間にそんな大きな問題があったなんて。
「……」
きっと、私だけ知らなかったのですね。
ワディンの神娘、豊穣の神ローディンの愛し子などと持て囃されていたけれど、私は何も知らない何もできない無力な娘に過ぎないのですね。
幼いあの頃……。
予知をするだけで人が集まり私の力を褒めそやしてくれました。
だから、嬉しくて楽しくて、沢山予知をしたのです。
時には変な予知をして笑われたこともあったけれど、概ね喜んでもらえるものばかりでした。
そんな曖昧な能力を喜んで使って、それに振り回されている時に、あの問題を起こしてしまった……。
そのせいで、あにさまが……。
以来、私の予知の異能はほとんど使い物にならなくなってしまった……。
そして、私の持つもうひとつの異能。
それも、まだまだ未熟で使えたものではないから。
私なんて……。
お父様もお母様も、20歳になったらふたつの力を上手く使いこなせるようになると私に言ってくれるけれど、それが神娘の力だと教えてくれるけれど。
でも、そんなの……。
ワディン家の危機に使えないなんて、そんな力……。
……。
私は無力な娘。
自領の危機も知らされない無力な娘。
自領の危機の予知すらできない無力な神娘。
そんな私だけがオルドウに行って、どうするの?
「セレス……」
こぼれる私の涙を指で拭ってくれるお母様。
再び強く抱きしめてくれる。
「愛しているわ」
「私も、私も愛しています」
「お母様……」
瞼を開けると、薄い光がぼんやりとした眼を照らしてくる。
儚げで頼りない光に照らされた周りには、少し硬いけれど力強い岩肌。
……。
そうだった、私がいるのはワディナートではないのだわ。
テポレン山の地中にある大空洞の中。
そこに、私ともうひとり……。
コーキさん。
あのまま寝てしまったのね。
「あぁ……」
涙を流しながら眠ってしまうなんて、恥ずかしい。
ワディン家の娘としてあり得ない醜態を見せてしまったわ。
でも……。
今さらね。
ここでの生活で、たくさんの情けないところを既に見られてしまっているのだから。
被っていた仮面なんて、もうほとんど残っていないわ。
ワディナートでは当然、テポレン山でも被り続けていたのに。
ずっと、ずっと、心の中でさえ被っていた仮面。
本当に信じられないけれど、もう。
「……」
コーキさん……。
あなたのせいよ。
そんな恩人の背中を見つめてしまう。
広くて、頼りになる私の……。





