第125話 捜索隊 1
<冒険者ギルド長 バルドィン視点>
「タラム、この空気はダブルヘッドの影響か?」
「おそらくは。さっきダブルヘッドに遭遇する前にも、こんな空気を感じたような気がします」
「そうか」
この空気が何であれ、今は進むしかないのだがな。
「ギルマス、こっちです」
タラム先導のもと、さらに捜索しながら進んでいると。
「ギルマス、あれは?」
「ザンジブ達か?」
樹々の合間から現れたのは、タラムとパーティーを組んでいるザンジブとエレナ、ランセル、それにゾルダーか。
「お、お前ら」
儂の前を歩いておったタラムが4人に駆け寄る。
「良かった、無事だったんだな」
「タラムこそ、無事に脱出できたんだな」
「俺のことはいいんだ、お前たちを置いて逃げたんだから」
「違うでしょ。助けを呼びに行ってくれたんじゃない」
「そうだぞ」
「お前ら……」
4人ともに無事で良かった。
だが、まだ終わりじゃない。
タラムには悪いが、無事の再会を喜んでいる余裕はないぞ。
「タラム、ザンジブ、感動の再会は後にしてくれ。今は時間がない」
「ああ、そうですね。まずは状況の確認をしないと。ザンジブ、エレナ、ランセル、ゾルダー、お前らダブルヘッドからどうやって逃げたんだ」
「それは……逃げたというか」
エレナが口ごもっている。
「実は……」
それから聞いた話は俄かには信じがたいものだった。
結果、儂だけではなく救出に来たメンバー全員が儂同様に呆然としておる。
それも当然だ、まだ新人の冒険者であるコーキが単独でダブルヘッドを撃退したというのだから。
コーキが新人離れした腕を持つことは報告で上がってきておったから儂も知っている。
しかし、単独でダブルヘッドを撃退する腕を持つとは聞いておらんぞ。
そこまでの強者なのか。
運が良かった、ということか。
いや、運でダブルヘッドを撃退することはできんな。
今回の騒ぎが収まったら、褒賞を含めコーキへの対応をじっくり考えねばならんようだ。
と、それより今は。
「そのダブルヘッドは、まだ生存しておるのだな?」
「はい、テポレン山の方に逃げていきました」
「ダブルヘッドが逃げて行った、か……」
その事実に、また皆が黙り込む。
「その後をあの魔剣士が追いかけて行きました」
そんな我々に、エレナが情報を補足する。
「ふむ……。では、未だこの森の中にダブルヘッドが2頭生息しておると」
「はい」
「そうか。では、お前たち、捜索を続けるぞ」
「バルドィン様、我々はどうすれば?」
「ああ、すまん。お前たちは先にオルドウに戻るように。ここからなら4人でも問題ないだろ。いや、タラムも一緒に戻るか?」
4人から聞いた以上のことをタラムが知っている訳でもない。
ならば、タラム抜きでも問題はない。
「ですが」
「おう、遠慮は要らねえぜ。今日のタラムは十分活躍したんだからよ。そうですよね、ギルマス」
「その通りだ」
冒険者の1人の発言に頷きを返す。
「それでしたら、はい」
「ふむ、5人とも疲れておろう。今日はゆっくり休め。ただし、明日は朝からギルドに顔を出してもらわねばならん。良いか?」
「もちろんです」
「では、オルドウに戻ってゆっくり休め」
「ありがとうございます、バルドィン様。それに、みんなも助けに来てくれて感謝する。常夜の森に残っている奴らも助けてやってくれ」
「ギルマス、皆さん、助かりました。感謝いたします」
「ありがとう。助かった」
タラムも含め、皆が安心したような顔をしておる。
それも当然だな。
「俺たちは戻りますが、捜索気をつけてください。ダブルヘッドは健在なのですから」
「分かっておる」
「では、これで」
「おう」
「気をつけろよ」
「お前たちこそな」
タラムらが去って行くのを見送る冒険者たち。
ふむ、常夜の森に入った頃に比べると随分と落ち着いておるな。
ザンジブたち4人の救出、1頭のダブルヘッドが手負いと判明、さらにダブルヘッドを撃退可能な冒険者の存在。
落ち着く気持ちも理解できるな。
だが、まだ捜索の最中。
油断は禁物だ。
「捜索を続ける」
オルドウに戻るタラム、ザンジブ、エレナ、ランセル、ゾルダーを見送った後。
複数の冒険者と遭遇したが、その者たち全員が常夜の森にダブルヘッドが出現した事実を知らなかった。
まあ、知らないということは無事だということだから問題はない。
そんな彼らには事情を説明し、すぐにオルドウへ帰還するよう命じ、我々は捜索を続ける。
常夜の森に入って1刻が経過。
コーキがダブルヘッドを撃退した現場も確認したが、近くに冒険者は見当たらない。
日が暮れる前には常夜の森を出る必要がある。
とすると、捜索できる時間も長くはない。
常夜の森に入っておる冒険者は、他にもまだいるはず。
儂らに会うことなく森を出ていれば問題ないのだが、まだ残っている冒険者、ダブルヘッドに襲われている冒険者がいるなら、早急に見つけ出さないとまずい。
先ほどまでのちょっとした安心感が消え、焦燥感が湧き上がってくる。
そんな心持ちで捜索していると、常夜の森の端、テポレン山との境界から人の声が聞こえてきた。
「バルドィン様」
「ふむ、急ぐぞ」
常夜の森とテポレン山の境界にある空地に急行する。
「なっ!?」
そこには、ザンジブ達から聞いた話以上の衝撃が待っていた。
何だというのだ、これは!
信じられない光景を前に立ち尽くしてしまう。
それは、冒険者どもも同様。
「これは!?」
「ダブルヘッドだよな?」
「マジかよ」
「ダブルヘッドの遺骸……」
「誰がやったの?」
「……」
儂と冒険者たちが一様に惚けておる中。
黒茶色の長髪をなびかせながら、ひとりの青年が近づいてきた。
「ギルマスじゃないですか。こんな所に、どうしたんです?」
「ヴァーンベックか?」
「えっ、俺が分からないんですか?」
「分からぬ訳ではないがな……」
普段は後ろで縛っておる長髪がかなり乱れている。
その上、顔も体も血と汗と泥で汚れているのだ。
分かりづらいのも、仕方なかろう。
「ああ~、なるほど。確かに分かりづらいかもしれませんね。まあ、これも激闘の勲章ってやつですよ」
「激闘……」
目の前に広がる、これは。
「……お前たちがやったのか?」
救出に来た我々以外でこの場にいるのは、ヴァーンベックとその後ろにいるギリオン、そして新人らしき冒険者ふたりの4人のみ。
信じられないことだが、ダブルヘッドを倒したのは……。
「そうです! と言いたいところですが、残念ながら違いますね」
違うのか。
どういうことだ?
「俺たちは、ほとんど何もできませんでしたから」
「というと?」
ここには4人しかいない。どういうことだ?
「ダブルヘッドを倒したのはコーキですよ。あいつがひとりで倒したんです」
なっ、またコーキか!?
ダブルヘッドを撃退しただけではなく、追跡して仕留めたと。
ザンジブたちから聞いた先程の話だけでも信じがたいというのに、単独でこのダブルヘッドを倒してしまったというのか。
「……」
実物の亡骸が目の前にあるこの状況でも、容易には信じることができない。
どうしても、常識が邪魔をしてしまう。
「おい、聞いたか」
「ああ、コーキがやったらしいぞ」
「嘘だろ?」
「でも、ザンジブたちも言ってたし」
「あの魔剣士、新人なんだろ」
「ああ、冒険者なりたての5級だぜ」
「でも、腕は確かだ。戦いぶりを見たことあるからな」
「そうなのか」
後ろの冒険者たちが騒がしい。
「ヴァーンベックよ、今の話は本当か?」
「こんなことで嘘など言いませんって。まあ、信じがたいのは分かりますけどね」
「ふむ……」
ヴァーンベックの目は嘘を言っている者のそれではない。
そもそも、こやつは儂に嘘をつくような奴ではないか。
とすると、本当に。
……。





