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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第3章  救出編
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第124話  魔落 15



 激しかった口調が穏やかに、いや、か細いくらいの声に変化する。


 そして……。


 そこからは、心に抱えていた思いを懺悔するように静かに言葉が紡がれていった。

 過去の思いを。

 ここに来てからの思いを。


 静かにゆっくりと。




 しばらくすると、セレス様の言葉が止まり。

 静寂がこの場を支配する。


 ……。


 はぁぁ。

 本当にもう、俺は何も分かっちゃいない。


 自分の至らなさばかりが思い出される。


 そんな俺に。


「どうして……。どうして殺してくれないの」


 かすれた力のない声が問いかけてくる。


「……」


 あなたを助けるのが私の仕事だからです。

 今のこの状況もあなたのせいじゃない、私の自己責任です。


 そんな通り一遍の回答を求めているわけではないだろう。

 こんな言葉が今のセレス様に届くとは思えない。


 それに……。


 今となっては、仕事だから助けている、なんて。

 そんな感覚じゃない。


 セレスティーヌ様をこんなところで死なせたくない、助けたいという気持ちがあるだけだ。


「どうして、どうして……」


 再び膝に顔を埋めて静かに嗚咽を漏らし始めるセレス様。


「……」


 セレス様は自分に非があると思っている。

 なのに、誰に責められることもない。

 ただ護ってもらっているだけというこの状況に耐えられなかったのだろう。

 自分のために亡くなった護衛騎士たちの分まで、俺に非難して欲しかったのかもしれない。


 でもさ。

 俺は本当にあなたの責任だと思っていないんだ、セレス様。

 騎士たちも同じだと思うよ。


 だから、責めることはしない。

 けど。


「確かに、結果的にみれば私がこの状況にあるのはセレス様のせいかもしれません。ですが、全ては私が選んだことです。一つひとつの選択において私は自分が正しいと思うことを選んできたつもりです。そこに後悔などないです。ですから、セレス様を責めるつもりはありません」


「……」


 こんな話、俺には向いていないよ。

 でも、話さなきゃ通じないこともある。


「それに、さきほども言いましたが、セレス様のことを役立たずとは思っていませんので」


「……戦えない、あなたを助けることもできないのに。あなたが怪我をするのは、いつも私のせいなのに」


「確かに、セレス様には魔物と戦う力はないかもしれません。ですが、他の面ではどうです。あなたは料理の手伝いをして、探索を一緒にして、不寝番もしてくださる。役に立っているじゃないですか。怪我も私自身の責任です」


「でも……。全てあなたひとりでできることよ」


「いいえ、ひとりでは限界があります。私もあなたがいるから頑張れるのです」


「そんなこと……」


「私たちが出会った当初、あなたは料理などできませんでした。探索の仕方も分からない、不寝番を任せれば寝てしまうこともありました」


「っ……」


「ですが、今はどうです。魔物を解体し、ひとりで調理することもできるようになって、探索も立派にこなし、不寝番もできる」


「……」


「努力している人を、ましてや、それで結果を出している人を役に立たないと思うことなんて私にはできませんよ」


「でも、全て半人前程度なのに。それに戦えないし……」


「半人前の基準は世間一般ですか。そんなもの、ここでは関係ないですね。ここにはあなたと私のふたりだけ。そんな基準など必要ないです」


「……」


「それにですね……。例えばですが、能力が1だった人が努力をして3になったとします。一方で、最初から能力が5だった人が努力せず過ごし5のままだったとします。結果として優れているのは後者ですが、私は前者を評価しますし、前者と共にありたいと思います」


「努力を……。結果ではなく」


「私はそうしたいと思っています。ですから、セレス様の努力はとても素晴らしいと思っているんです」


「本当に?」


「本当です。心からそう思っています。ですが」


 一息呼吸して。


「今のあなたには不満もあります」


 ホント、柄じゃない。

 こんなこと、できるなら話したくはない。

 こんなこと、語れるような立派な人間じゃないから。


「……」


「貴女はワディン辺境伯家の御令嬢セレスティーヌ様です。そのあなたはお家の危機に際して、ここに逃れてきた。それを可能にしたのは、辺境伯家の方々の配慮、そして護衛の騎士たちの犠牲があったからこそです。それなのに、セレス様はそれを全て無に帰する行為を自ら選ぶのですか」


「……」


「私はあなたをここから救出するべく力を尽くすつもりです。20日以上も地中を彷徨っていてこう言うのも説得力がないかもしれませんが、必ずここから脱出してあなたをオルドウまで連れて行きます。なのに、あなたは諦めるのですか」


「……」


「セレス様はここで座して死を迎えると言う。なるほど、あなたひとりの人生ならそれもいいでしょう。自分の人生は自分で決めればいいことだと思いますから。ですが、今ここにいるセレス様の命はあなたひとりのものなのですか?」


 偉そうなことを言って。

 何様だと自分でも思う。


 それでも、最後まで話すべきなんだ。


「……」


「ワディン家の御令嬢として、ここにいるあなた自身のことをもう一度よく考えてください」


「ワディン家の……」


「ただ、私の本音を言うと、あなたのような若い女性ひとりに貴族家の責任を押し付けるのは、かわいそうなことだと思っています」


「……」


「ですから、ここを脱出した後のことをとやかく言うつもりはありません。オルドウに着いたら、あなたの好きにしたらいいと思います。あなたらしく暮らせばいい。ひとりの女性としての生活を考えてもいい」


「私が、ひとりの女性として、生きる……」


「セレス様、本来あなたはありのままの自分として存在しているだけで良いのですから、好きなように生きたら良いのです」


 勝手なことを言っているのは分かっている。

 ワディン家からしたら、とんでもない話だろう。


「私が私のままでいい……。そんなこと……」


「確かに、あなたはワディン伯爵家の御令嬢です。あなたのすべきこと、皆が期待していることもあるでしょう」


「……」


「それでもあなたは自由にして良いと、私は本当に思っています。ワディン領とは無関係の私だから言えるのかもしれませんけどね」


 この世界の常識ではあり得ないことかもしれない。

 柄にもないことを話している俺のただの思いだ。


 いい歳をした社会人が、無責任な話だと思う。

 けど、こうして話をした以上、それなりの覚悟を持って行動するつもりだ。


「……」


「ただ、あなたなら皆の期待に応えることができるとも私は思っています。まだ短い付き合いですが、この地下大空洞内でのあなたの振る舞いを、努力を見てきましたから」


「私に……できる?」


「ええ、必ず。だから」


「だから?」


 セレス様を正面から真っ直ぐ見据える。


「だから、まずは生きてここを脱出しましょう。そして、何をするか選べばいい」


「選んでいい、の?」


「いいんですよ」


「……」


「そのためにも、あなたの誇りを無くさないでください、セレスティーヌ・キルメニア・エル・ワディン様」


「あ、あ……」


 俺の言葉に呆然とこちらを見つめるセレス様。


「あぁぁ……」


「……」


 言ってしまったな。

 ホント、勢いに任せて言ってはみたものの。


 やっぱり、俺には向いていない。

 大したことを話せたわけでもない。


 でもさ、セレス様。


 あなたを死なせたくない。

 あなたらしく生きて欲しい。


 本心からそう思っているよ。



 ん?


 セレス様の口がゆっくりと開き。


「あ……あにさま?」


 あにさま?

 何のことだ。


 疑問が頭に残るが、そんなことを聞くなんてできるわけもない。


 俺の目の前には。

 薄明かりの中、静かに頬を濡らし続けるセレス様がいるのだから。





*************


<冒険者ギルド長 バルドィン視点>




「タラム、ここから入ればいいんだな」


「ええ、そうです、ギルマス」


「そうか。お前ら気を引き締めてかかれよ。お前らの力で、危地にある仲間を助けてやるんだぞ!」


「おう!!」

「おう!!」

「おう!!」


 テポレン山に程近い場所に存在する常夜の森への入口。

 タラムに確認をとり、冒険者たちにも活を入れた。

 皆気合いの入った良い顔をしておる。


 ふむ。

 とりあえず、何とかなりそうだな。


「では、入るぞ!」


 今回の事態は想定外だった。

 もちろん、緊急事態とはそういうものだと理解はしているが、それでも実際に事が起こると対処は簡単ではない。


 ギルドのいつもの執務室でダブルヘッド出現の一報を聞いた後。

 すぐさま常夜の森に救出に向かう冒険者を募ったのだが、タラムから報告を受けた昼下がりの時間は冒険者連中が活動する時間帯ということもあって、思うようにメンバーを集めることができなかった。


 ダブルヘッドに対するには10人以上の経験豊富な冒険者が必要なのだが、緊急事態である今はそんな贅沢を言ってられない。


 とりあえず、3級冒険者を中心に12名集めたところで、救出に向かうことになった。


 本音を言うと、この戦力じゃあ心もとない。


 仮にダブルヘッドとの本格的な戦闘が必要となった場合は……。

 儂がおとりになるしかあるまい。


 引退したとはいえ、儂も元1級冒険者。

 今でも守りには自信がある。

 儂がしんがりを務めれば、何とか対処できるだろう。


 まあ、今回は救出が目的だ。

 積極的にダブルヘッドと戦うつもりはないし、逃走用に色々と道具も用意している。

 このメンバーでも問題はないはずだ。


「空気が普通じゃないですね」


「お前も感じるか。俺もそう思ってたんだ」


「オレも感じるぞ」


 常夜の森に入ってしばらくすると、今回の救出行に参加した者たちが騒ぎ出した。

 確かに、普通じゃない。


 明らかに、普段の常夜の森の空気とは異なっている。


 やはり、これはただ事ではないな。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 何が正解かは難しい会話でしたね。むしろ、正解は無いのかもしれません。結局、最後には本人がどう思うのか。コウキ本人がどうするかですものね。ここまで言ってもダメだから仕方ないか、というケースも…
[良い点] 結果ではなく、努力を評価するはけだし銘文だと思います。 ロビンソン・クルーソーは一人で孤島でのサバイバルを余儀なくされていましたが、孤独程、人の心を蝕み、死へと誘う恐ろしいものはないでしょ…
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