第120話 魔落 11
2日目から歩き続けた地下大空洞。
実際は、同じ場所を歩いていたと。
そんなことが起こり得るのか。
……。
あり得るんだろうな。
「何が起こっているのでしょう?」
セレスティーヌ様の顔も疑問で溢れているという感じだ。
「おそらく……空間魔法みたいなものではないでしょうか」
「空間魔法ですか?」
ただの推測に過ぎないが。
「はい、この空洞内の2つの地点を結んで空間を繋げているのではないかと」
「それは、いったい?」
「つまり……」
空洞内のA地点とB地点が空間魔法的なもので結ばれている。
なので、A地点からB地点に進んだ後は、またA地点に戻ってしまう。
この空間内を歩く者は永遠にAB間を歩き続けることになるという。
そういうことではないのか。
「そのような魔法が存在するのですね」
俺の推測を聞いたセレスティーヌ様が、困惑と感心を瞳に浮かべながら呟いている。
「あくまで推測にすぎません。魔法によるものかも分かりません。ですが、このまま進んで同じことが起こるようなら、その時は間違いなく」
「間違いなく?」
「この空洞内に閉じ込められた。そう考えていいと思います」
「そんな!」
呆然とした表情。
「……」
その気持ちはよく分かる。
正直、俺も途方に暮れているんだ。
でも。
「きっと、どこかに突破口があるはずです。この空洞内の仕組みが分かって、1歩進んだと考えることもできますから」
「……はい」
絞り出すように答えてくれた。
けど、その表情には今まで抑えていた疲労の色が隠せなくなっている。
「……今日はもう休みましょう。明日以降のことは、またゆっくり考えればいいですから」
幸いなことに、今は2日目の夜に休んだ広い横穴の中。
このまま休むことができる。
この地下大空洞にやって来て5日目。
早朝から探索を開始するのは昨日までと同じだが、今日はひたすら前に向かって進んでいる。
細部の探索などせず、足をただ進める。
向かうは、B地点。
AB地点が魔法的なもので繋がっているという俺の推測。
そのB地点は、3日目に弾かれるような感覚を覚えたあの地点ではないかと。
そんな説明をセレスティーヌ様にしたところ。
転移らしき現象が事実なのか、更にはそのからくりを調べるため、その地へ急ぐことになったというわけだ。
足を速めて歩き続け、あの弾かれた場所を目指す。
もう4日も探索を続けているのだが、この地下空洞内の景色はどこも大きな違いはなく同じようにしか見えない。この空間内で場所を識別するとすれば、地面に点在する岩に頼るくらいだろうか。
俺たちが落下した地点にあったあの植物なんかが存在すればもう少し識別も楽なのだが、植物の類は全く見られないからな。
こうなると、岩の形や大きさを参考に判断するしかない。
まっ、今は適当な岩に剣で印を刻んでいるので、それを目印にできるのだけど。
「もうすぐだと思います」
探索や戦闘を避けていたからだろう。
想定以上に早く到着することができそうだ。
「ここからはゆっくり進みましょう」
「はい」
件のB地点を通り過ぎた途端、A地点に進んでしまいそうだからな。
ということで、注意して進んでいると。
「ここで間違いないですね」
目の前に手を伸ばすと感じる、手を押し返してくるような感触。
「はい、確かに感じます」
セレスティーヌ様も俺の横で手を押したり引いたりしている。
「その結界のようなものを越えないように気をつけてください」
「分かっております」
先日はこの弾力に違和感を覚えながらも、そのまま通過してしまった。
結果、戻って確かめてみてもそこに弾力のようなものを感じることができなかった。
ということは、この弾力を感じる箇所を身体全体が越えた時点で、転移が完了してしまうのだろう。
だから、ここを調べる際には、弾力地点を越えることなく手前から調べないといけない。
そうして、慎重に調査した結果。
弾力のようなものは、この地点の横壁から横壁まで約50メートルに渡って隙間なく感じることができた。高さについても調べたところ、数メートルは弾力を感じることができるようだ。その上は調べていないが、おそらくはこの空洞の天井まで覆われているのではないかと思う。
「ここから先に進むのに、この弾力は回避できないようですね」
A地点への転移を発動させず、ここを上手く越えることができれば、その先に地中からの出口が存在する可能性もあるのだが。
「それで、これを越えるとA地点なのか」
普通に進むと遠く離れたA地点へと飛ばされる、はずだ。
「もう少し調べましょうか」
「はい」
弾力を感じる結界のようなものが、この地点に隙間なく張り巡らされているということは分かった。
ならば、それはどのような仕組みなのか?
それを解除する手掛かりはあるのか?
それを調べたい。
「コーキ様、何もありませんね」
「……ええ」
はあぁぁ。
セレスティーヌ様の言うように、本当に何もない。
「どうしましょう?」
「そうですねぇ……」
1刻の間、可能な限り調べたのだが何も見つけることができなかった。
魔道具や宝具の類でも隠されているのではないかと探してみたが、さっぱりだ。
この転移結界らしきものを形作る力も全く見当がつかない。
はっきり言って、現状はお手上げ状態だ。
「やむをえません。一度越えてみましょうか」
「転移してしまうのではありませんか」
「おそらくは……。ですが、先日の転移が偶然で今回はこのまま先に進めるという可能性も絶対にないとは言えません」
まずないだろうが、それでも可能性は否定できない。
「そうですね、調べる必要がありますね」
「はい」
「了解いたしました。では、まいりましょうか」
「ちょっと待ってください」
先に進もうとしたセレスティーヌ様をとどめる。
「はい?」
「ひとりずつ、進んでみましょう」
「あっ、そうですね」
ということで、先にセレスティーヌ様がB地点を通り過ぎる。
と……。
完全に視界から消えてしまった。
やはり、そういうことなんだな。
ああ、俺も行かないとな。
セレスティーヌ様を1人で待たせるわけにはいかない。
足を進め。
弾力を越えたその先には、不安な表情をしたセレスティーヌ様。
やはり、A地点と思われる場所だった。





