第119話 魔落 10
「美味しい……ですね」
「ええ、結構いけますね」
今食べているのは蛙型の魔物肉。
その背肉部分だ。
「少し硬いですが、味は悪くないですね」
食感は少し硬めの豚肉かな。
味はちょうど鶏肉と豚肉の中間のような感じ。
脂は少なくあっさりしているが、臭みもなく癖もない味だ。
これなら、今後も普通に食べることができそうだ。
「はい。塩もありますし、十分です」
セレスティーヌ様も安心したような表情をしている。
そうだよな。
この肉が不味くても、他に何もなければ食べ続けなければいけないんだから。
「では、こっちも試してみましょう」
次は蜥蜴肉。
これも同様に塩を振ってあぶり焼く。
「これは、かなり硬いですね」
「そうですね」
同じく背肉部分を食べているわけだが、蛙肉に比べて随分と硬い。
とはいえ、咀嚼できないほどではない。
「味は淡白、でしょうか」
「ええ、蛙肉の方が旨味がありましたね」
明らかに蛙肉の方が味が良い。
肉質も上だ。
とはいえ、この蜥蜴肉も変な癖などないから食べやすいとは言える。
今の状況を考えれば、ありがたい食材だ。
蛙魔物も蜥蜴魔物も、その見た目に反して味は悪くない。
今後どれだけの期間この地下で探索を続けることになるか知れないのだから、安全に食べることができる食材、しかも味も悪くない食材を手に入れる目途が立ったのは幸運だったよ。
4日目。
朝から魔物肉を食べ、探索を開始。
そろそろ何らかの手がかりを見つけたい。
そう思いながら歩き続けるが、やはり目ぼしいものは何も見当たらない。
変化があるとしたら、周りに大岩が増えてきたことくらいだ。
「痛っ」
「コーキ様!」
「ああ、大丈夫です。肩が少し疼いただけですから」
トリプルヘッドの黒炎を浴びた火傷痕。
治癒魔法と高級回復薬で治ったと思いたかったのだが、やはりそう簡単な傷ではなかったようで、治療後数時間が経過すると赤黒い火傷痕が浮かび上がってきたんだよ。もちろん、痛みも伴っている。
幸いなことに再び治療すると治まったのだが、また数時間後には火傷痕が浮かび上がってくるという。
……。
治癒魔法と回復薬による治療は、どうも対症療法的な治療にしかなっていないようだ。
オルドウに戻った後に、根本的な治療をする必要がありそうだな。
まあ、それでも治療によって数時間は火傷を抑えることができるのだから、まだましだろう。
火傷を治癒できないまま放置すると、それこそ壊死する可能性もあるだろうから。
治癒魔法と回復薬が使えて良かったと心から思うよ。
ゾルダーには感謝しないといけないな。
とはいえだ。
この回復薬の残りも僅かなもの。
少量ずつ使っているとはいえ、いつまでもつか……。
回復薬を使い切る前に、何とか脱出しないとな。
「休憩して治療しませんか?」
「いえ、まだ平気です。探索を続けましょう」
「無理しないでくださいね」
「ありがとうございます」
「そんな、当然のことですから」
「それでも、ありがたいお心遣いだと思っておりますので」
「……はい」
そんな会話をしながら探索を続けていると……。
「あれは?」
薄明りの中、ぎりぎり目視可能な前方に魔物の死体のようなものが見える。
「……」
不穏な予感が頭を過ぎる。
それはセレスティーヌ様も同様のようだ。
足を運んだその先で見たものは。
「えっ!?」
大量の黒ゴブリンの死体。
その数、約50頭。
この大空洞に入って2日目に、俺が倒した黒ゴブリンたちの死骸と同じ数だ。
「コーキ様、このゴブリンたちは?」
大空洞内で倒した魔物の遺骸は、なるべく焼却するか地中に埋めるようにしている。
けれど、50もの集団ゴブリンを完全に処理するのは難しく。
結局簡単に処置しただけで、その場を去ったのだが……。
この目の前にある多くのゴブリンの亡骸は、あの時俺が倒した黒ゴブリンそのものとしか思えない。
いや、でも、偶然ということもあり得る。
「私が倒したゴブリンと同数のゴブリンの死骸が偶然ここに存在する、その可能性はゼロではありません」
「ですが、このゴブリンの傷跡は?」
「ええ、私の攻撃によって作られたものと似ています」
混乱するセレスティーヌ様。
冷静に話そうとしているが、俺も内心穏やかじゃない。
「どういうことなのでしょう?」
「今はまだ分かりませんが……。セレスティーヌ様、少し急ぎましょうか」
このゴブリンが俺が倒したものだとすると、この先にも黒ゴブリンの集団の遺骸が存在するはず。
2日目はゴブリンの集団と2度戦闘になり、2度ともに遺骸を放置したんだ。
だから、この先にもし黒ゴブリンの集団の死骸が存在するなら……。
セレスティーヌ様とふたり、足を速めて先へ進む。
そして、見えてきたのは。
「コーキ様!」
真実を見たくない気持ちか、速度は落ち歩幅は自然と狭くなる。
その重い足取りの先には……。
黒ゴブリンたちの遺骸。
その数は2度目の集団戦で倒した数と一致していた。
「……」
「同じ場所を移動している……」
「そんなことが?」
「分かりません。が、この先にあの横穴があれば」
2日目の夜に野営した広い横穴。
そこには野営した跡が残っているはず。
「そうですね」
疑心にとらわれながら進んだ先。
そこには、予想通りの結果が待ち受けていた。
俺たちが休んだ横穴が存在していたんだ。
「ここにコーキ様が料理をした痕跡があります。間違いない、ですね」
「……そうなりますね」
ずっと先に向かって前進してきたはず。
けれど……。
信じがたいことだが、俺たち2人は同じ場所を進んでいる。
そういうことになるのか。





