第12話 検証 2
「コーキさん、おはようございます。随分早いですねぇ、よく眠れましたか」
「おはようございます、ウィルさん。おかげさまでよく眠れました」
ウィルさんの表情には全く違和感がない。
これは、普通に1泊しただけなのか。
だとすると、数時間しか経過していないことになる。
「そうでしょう、ウチの宿のベッドは寝心地が自慢なんですよ」
「……そうですね」
確かに少し横になったところ、なかなか良い寝心地だった。
けど、今はそんなことより。
「コーキさんが喜んでくれてよかったです。ああ、朝食はもうすぐできますので、少し待っていてくださいね」
「お願いします。あの……少し聞いてもいいですか」
やはり、一応聞いておきたい。
怪しまれるかもしれないが。
「はい。何でしょう?」
「その……セーブとリセットという言葉の意味は分かります?」
「セーブとリセットですか。聞いたことないですね。食べ物ですか?」
「いえ、違いますね」
この表情。
本当に知らないようだ。
なら、この世界でもセーブ&リセットは常識的なものではないということか…。
はぁぁ。
そりゃ、そうだよな。
普通に考えれば当然のことだ。
「そうなんですね。それが、何か?」
「すみません。知らないなら、それでいいことですから」
「……そうですか」
少し不思議そうな表情をしているが、怪しまれたという程ではないか。
ちょっと話を変えよう。
これも聞きたいことだからな。
「ウィルさん、もうひとつ聞きたいのですが、今は何時でしょう?」
「先ほど始の鐘が鳴りましたから、3の刻過ぎですね」
うん?
「3の刻ですか……。ちなみに、昨夜私が部屋に入った時間を覚えておられますか?」
3の刻というのは初めて聞くが、時間の単位なんだろう。
今が3刻なら昨夜はどうなんだ?
そう、昨夜。
昨夜かどうかが問題だ。
「昨夜は……たしか、終の鐘が鳴る前だったと思いますので、11の刻前ですかね」
「なるほど」
昨夜という言葉に反応はない。
ということは、昨夜で間違いないのだろう。
やはり一晩しか経過していないようだ。
3の刻に11の刻。
少し考えてみるか。
「あの、何かお悩みでしょうか?」
「ああ、すみません。大した事ではないのですが、少し考えたいことがありまして」
深刻な表情をしていたのか。
こんな場で、それは良くないな。
「そうでしたか? 問題ないようでしたら、食堂でお待ちください」
「ありがとうございます。待たせていただきます」
食堂に入り、壁際の1人席に座る。
まだ客はほとんどいない。早朝なんだな。
始の鐘が3の刻、終の鐘が11の刻。
1日に何刻あるのか分からないが…。
待てよ、これも鑑定が使えるんじゃないのか?
自分のステータス以外は詳しいことは教えてくれない鑑定だけど、時間くらいは。
メモ帳を取り出しエストラル語で刻と記す。それを鑑定。
おお、鑑定できた。
刻:エストラル大陸の時間単位。1日は12刻。
さらに鑑定。
始の鐘:1日の最初に鳴る鐘。3の刻に鳴る。
終の鐘:1日の最後に鳴る鐘。11の刻に鳴る。
これは助かる。
おかげで、かなり理解できたぞ。
とはいえ、1日が24時間、1刻が2時間とは限らないか。
が、そこは腕時計と懐中時計を使って1刻の時間経過を調べればいい。
まだ未確定だが、仮にエストラル大陸の1日が24時間であるとしたら、3の刻は6時、11の刻は22時に相当する。
昨夜宿から日本に戻ったのは22時。さっきこちらに来たのが6時。
8時間経過しているということか。
日本では16時間過ごしたのだから、半分の時間だけ過ぎたことになる。
つまり……。
日本からエストラル大陸、エストラル大陸から日本、どちらへの移動でも移動先では移動元での経過時間の半分しか経過していないということになるんじゃないか。
これは嬉しい誤算だな。
この法則をうまく利用すれば時間を有効に使える。
異世界間を往来する身としてはありがたい。
もちろん、これらの法則はまだ確定したわけではない。
それでも、これが正しいような気がする。
まっ、1刻の経過を調べればすぐに分かることだ。
夕連亭での朝食は、異世界間移動の場所と時間の法則について一応の考察ができたことで、ゆっくりと落ち着いた気分で味わうことができた。
ウィルさんや、ウィルさんのお母さんとの会話も弾み楽しいひと時だったな。
昨夜の食事といいこの朝食といい、オルドウの食事は思っていたより悪くない。非常に美味というわけではないし、現在の日本の食事より上だなんてとても言えないけど、それなりに美味しくいただけるのはありがたい。
朝食後、夕連亭に5泊分の料金を追加で支払い部屋に戻る。
当分は、オルドウにおける拠点をこの宿にして過ごそうと決めたからだ。
部屋に戻り街に外出する身支度を整える。
と言っても簡単なもの。ほんの数分で用意完了。
今はエストラル時間の4の刻(8時)。こちらでの滞在は残り42時間の予定。エストラル大陸時間の今日と明日をこちらで過ごし、その後帰還する予定だから時間は十分だ。
それでも、こちらの世界に来たばかりの俺にはすることが多くある。
限られた日数でこなしていくとなると、かなり忙しい。
まっ、慌てずゆっくりとやっていこうか。
今日は初期の準備と幾つかの確認をするとしよう。
ということで、午前の早い時間は買い物にあてる。
先日買えなかった品を買うべく、武器屋、防具屋などなど、いくつかの店を巡り歩く。
概ね順調に買い物は進んだので、次は人目のつかない場所に移動。
幸いなことにオルドウの街外れに丁度良い場所があったので、そこで魔法の確認をしたのだが、特に問題はなかった。
40歳まで30年間積み上げてきた魔法の熟練度が20歳に戻ることでどうなったのか不安だったのだけれど、特に衰えていることもなく40歳時と変わらず使いこなすことができたんだよ。
ホント、これで一安心だ。
20歳に戻って、40歳時に比べれば筋力は多少見劣りするものの、身体の軽さ、瞬発力、視力など、良化したものの方が多い。その上、魔法の熟練度も変わらないのだから、非常にありがたい。
筋力にしても、これから鍛えなおせば良いだけの話だ。
時間を確認すると、昼時だったので軽く昼食をとるために街中に戻る。
時間といえば、腕時計をこちらの時間に対応させておいたので、鐘の音が鳴るたびに時間の比較を簡単にすることができた。その結果、1刻が2時間なのは間違いないということが分かった。
1刻が2時間にぴったり一致するというのは都合が良すぎると感じるが、それも神様的な力で何とかしてくれたんじゃないかと納得しておくことにする。
そう。
俺を20年前に戻してくれたことといい、セーブの力といい、時間を操ることができる神様なんじゃないかと思っているんだ。
さてと、昼食後はこの世界における俺の実力を調べようと思っている。
これからこの世界で様々な冒険をするつもりだが、まずは自分の実力を知ることが肝要だからな。
まあ、魔法の実力の測り方はまだ分からないが、武術などは調べやすい。
方法は簡単。武術道場で稽古をつけてもらうつもりだ。
ウィルさんに聞いたところ、オルドウで市民に開放されている道場と言えば剣術道場くらいだそうなので、今回はその中でもウィルさんおすすめのジルクール道場に伺うことにした。ちなみに、ジルクールとはこの国の剣術流派のひとつで、身分に関わらず指導してくれる良心的な流派らしい。
ウィルさんに教えてもらった道を進む。
昼前に少しばかり降った雨の影響か、朝より湿度が高いようで、こうして歩いていても汗ばんでくる。日本と同じくオルドウも今は夏らしい。異世界間の温度変化による体調不良など気にせずにすむのは助かるが、こう暑いのは心地よくない。
汗を拭いつつ、歩を進めていると、それらしき建物が見えてきた。石造りの建物が多いオルドウの中では珍しい木造の平屋で、日本の道場に近い雰囲気がある。
木剣を叩き合うような音がするのを耳にしながら、道場の正面へと回る。
そこには、ジルクール流剣術オルドウ道場という看板。
うん、なかなか好い。
日本人好みの風情がある、などと感心しつつ中に入らせてもらおうと入口に手をかけようとしたところ、
「おわぁ~」
叫び声をあげながら、ひとりの男が入口から飛び出してきた。
いや、叩き出されたのか?
思わず身をかわした俺のさっきまでいた場所に、その男が膝をついている。
「うっ」
「ギリオンさん、3度目はないですよ」
その男に対して棘のある声が放たれるや、すぐに入り口が閉められてしまった。
「くそっ!」
悔しそうに地面を手で殴っている。
うーん、困った。
非常に間が悪い。
この状況では道場に入りづらいものがある。
何が起こったか詳しくは分からないが、トラブルがあってこの男が叩き出されたというところだろうから。
時間をおいて再度訪問すべきかな。
なら、
「大丈夫ですか?」
「うん? 誰だぁ、アンタ?」
傍にいる俺にようやく気づいたように顔を向ける。
「こちらの道場を訪ねてきた者です」
「腕試しなら他所でやんな。あいつは簡単に相手できる剣士じゃねえぞ」
「いえ、私は少し稽古をつけてもらおうかと思って訪ねてきただけなんですが……」
「なんだぁ、レイリューク目当てじゃねえのか」
「はあ、レイリュークさんですか?」
「知らねぇのかよ」
「はい、レイリュークさんとはどなたでしょう?」
「今この道場にはな、いたっ」
そう言いながら立ち上がろうとしたのだが、脚を怪我しているのか右脚に体重をかけた瞬間悲鳴を上げる。
「ああ、ここにいると迷惑でしょうから、場所を移しましょう。手を貸しましょうか?」
「いらねえよ。さっさと行くぞ」
まずはこの人に話を聞いて、その後また道場に来ることにするかな。





