第108話 セレスティーヌ 4
セレスティーヌ様と少々堅苦しいやりとりを続けた後。
ここに至るまでのお互いの事情を簡単に話すことになり、それぞれの経緯を理解することができた。
セレスティーヌ様の話は、まあ、何と言うか、想像以上に重い内容で、今回のテポレン越えも非常に切迫したものだったみたいだ。
シアとアルが詳しく話せないのも納得の内容といえるな。
そんな話を聞いた後で、お疲れ様でした、大変でしたね、などという言葉は軽すぎて口にできない。かといって、かける言葉も見当たらず、口をつぐんでしまう。
セレスティーヌ様も地面に目をやりながら物思いに耽っている。
実家のこと、護衛してくれた騎士のことなどを考えているのだろうか。
「……」
沈黙が続いてしまう。
彼女にとってはこういう時間も大事なんだろうが。
でも、そろそろ出発しないとな。
「そろそろ出発しようと思うのですが、動けそうですか?」
「……え、はい、大丈夫です」
考え事をしていただろうその顔は青白く見える。
元々が透き通るように白い顔色なのだが、疲労のためか心労のためか、今は血の気をなくしたような顔色に見えてしまう。
うーん、大丈夫なのか?
ここまで本当に大変な目にあったのだから相当疲労は溜まっているだろう。
本来なら、身体を休ませてあげたいところだが……。
正直言って今の状況の中、崖下でゆっくりしている時間はなない。
日暮れまでに山を下りないと野宿確定だしな。
それはセレスティーヌ様も望むことではないだろう。
セレスティーヌ様の体調を考慮すると、この時間からの下山はかなり厳しいものがあるが、やれるだけやってみよう。
「では、私が護衛しますので、まずはテポレン山を下りるとしましょうか」
「ええ、分かりました。よろしくお願いいたします」
さてと、その前に。
まずはシアとアルに、セレスティーヌ様を保護したことを伝えないとな。
魔力を練り、上空に向けて発射。
上空で、少し大きめの炎を花びらが開くように展開する。
バーーーン!
結構な音が大空で鳴り響く。
今回初めて作った魔法だが、形といい、音といい、花火そっくりのものができあがったな。
うん、我ながら上手く作れたと思う。
この炎の大きさと音から、今後合図として使うのに重宝する魔法になりそうだ。
「あの……その魔法は何なのでしょう?」
隣にいるセレスティーヌ様が驚いたように問いかけてくる。
「この魔法は、麓にいるシアとアルへの合図です。セレスティーヌ様を無事保護した際に上空に打ち上げると決めていたものですから」
「そうなのですね……。綺麗な魔法です」
「ええ……」
これを見たら、シアとアルも安心するだろう。
それに保護が遅れた際には、セレスティーヌ様とともにテポレン山で野宿する可能性もあると伝えている。
この合図を確認さえしていれば、セレスティーヌ様のことは心配だろうが、夜の森にとどまることなく、いったんオルドウまで戻ってくれるはずだ。
あんな場所でシアとアルを一晩中待たせる訳にはいかないからな。
いくらギリオンとヴァーンが一緒にいるといっても、2人とも万全ではない。
その上、4人全員が疲労困憊している状態なのだから。
さて、それでだ。
まずは、どうしたものか?
セレスティーヌ様をテポレン山の麓まで連れて行くと約束したものの、まずはこの崖下から脱出しないといけないのだが。
「……」
10メートル以上あるこの崖を登るのは容易じゃない。
俺ひとりなら何とかなるかもしれないが、セレスティーヌ様のことを考えると崖を登るという選択肢は選びづらい。
なら、土魔法で土を大量に出して崖上まで移動。
という作戦も可能ではあるが、この高さとなると何度魔力を使い尽くせば崖上まで届くことやら。
これも、保留だな。
となると、崖下を探索して他の道を探すのが妥当か。
道を探しても見つからないようなら、ここに戻って来て登るなり、土魔法を使うなりすれば良い。とまあ、そんな感じで進めるしかないか。
とは言ってもだ。
順調に事が進まなければ、今夜は野宿になるかもしれないな。
セレスティーヌ様には申し訳ないけれど。
その可能性は高いかもしれない。
「セレスティーヌ様、この崖下を少し探索して麓への道を探しましょう」
半刻以上道を探したが、セレスティーヌ様が通ることができるような道を見つけることはできなかった。
もう、今から道を見つけたところで、夕暮れを前にテポレン山を下山することは叶わないだろう。
一応、エンノアの皆さんのお世話になるということも考えたが、エンノアの人々は外の人を歓迎していないようだし、それにレザンジュとは問題もあるようだからな。
レザンジュの貴族を連れて行くというのもはばかられる。
……。
とはいえ、野宿か。
それとも、エンノアか。
時間的にも……そうだな。
やむを得ない。
セレスティーヌ様には我慢してもらおう。
今夜は野宿だ。
「セレスティーヌ様、申し訳ないのですが今日中に下山することは難しくなりました。なので、野宿の準備をしたいと思います」
「そうですか……。分かりました、お任せします!」
野宿の話を聞きわずかに落胆したような顔を見せながらも、次の瞬間には笑顔で答えてくる。
大貴族の令嬢だというのに。
しかも、こんな儚げな容姿をしているのに。
立派なもの。
気丈なものだ。
「では、いったん先程の場所まで戻りましょう」
「はい」
テポレン山の山際から覗く陽はかなり傾いてきている。
急いだ方が良いだろう。
「……」
「……」
ふたりで戻る道中に、ほとんど会話はない。
当然のことながら、セレスティーヌ様の雰囲気も軽いものではない。
だからという訳ではないが、こちらとしても今夜のことを考えると気が重くなってくる。
今さらではあるが、貴族の未婚女性とふたりっきりで野宿なんてな。
本当に、大丈夫なのだろうか?
不敬罪とか?
ないよな?
そんな重苦しい雰囲気の中。
探索に出る際はかなり警戒していたセレスティーヌ様も、復路となると気が緩んでしまうのだろう、注意力が散漫になってきたように見える。
もちろん、蓄積した疲労もあるのだろうが、足の運びがおぼつかない。
それでも、気丈な態度を崩さず歩を進める様子は立派の一言だ。
とはいえ。
「この辺りは道幅が狭いので気をつけてください」
この崖下は崖上に比べると道らしき道もない。
それでも無理やり歩く傍らには斜面やら断崖やらと、かなり危険な場所と言える。
特にこの辺りは道幅が狭い。
足元も緩い。
注意が必要だ!
俺の言葉に軽く頷くセレスティーヌ様。
セレスティーヌ様の緊張と疲労、それに怪我による体調不良は理解していたつもりだが、彼女のしっかりした振る舞いを目の当たりにして、諸々見誤っていたのだろう。
「えっ、きゃあぁぁ」
「危ない」
地面にせり出した丈夫な木の根に躓き転倒するセレスティーヌ様。
倒れる先は植物が生い茂る斜面。
引き寄せようとするが、間に合わない。
このままじゃ、転がり落ちてしまう!





