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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第3章  救出編
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第107話  セレスティーヌ 3 ※



 ということで、若干遠慮しながらも横たわる女性の肩に手をのせ、軽く揺らしてやる。


「もし? もし??」


 これで意識が戻ればいいのだが……駄目か。

 目を覚ます素振りがない。


 もう一度だけ、少し強めに揺らし。


「大丈夫ですか?」


 すると。


「うっ」


 小さな声が口から洩れ。

 そして……。


 ゆっくりと瞼が開かれ、覗き込んでいた俺の顔を彼女の瞳が捉える。

 焦点があっていないのか、何度も瞬きを繰り返す。


「んん……えっ?」


 瞬きが止まり、こちらを見つめる目が大きく見開かれる。


「良かった、気が付かれたのですね」


 安堵の溜息がもれてしまう。

 これで、シアとアルの悲しむ顔を見ないですむな。


「あ、あなた誰ですか? ここは? えっ、魔物は?」


 混乱したように、矢継ぎ早に問いかけてくる。

 当然だ、こんな状況で平静でいることなどできないだろう。

 でも、今は先に容体を確認しないと。


「安心してください。あなたを助けに来た者です。魔物も近くにはいません。それより、身体は平気ですか? どこか痛いところはありませんか?」


「助けに……?」


「ええ、そうです。詳しいことはのちほど説明します。それで、痛む箇所はありませんか? 頭は打ってませんか?」


「あなたが? えっ?」


 明らかに、こちらのことを不審に思っている。

 まっ、この状況なら仕方ないな。


「どこか痛むところはありませんか?」


 けど、まずは身体の状態を調べないといけない。


「その……脚と腰が」


 彼女も理解しているのか、こちらを不審に思いながらも答えてくれた。


「脚と腰が痛いのですね。それだけですか?」


「あとは頭も痛いです」


「頭もですか」


 脚と腰だけならまだしも、頭痛がするというのは問題だぞ。

 場合によっては、まずいことになる可能性もある。


 早く治療したいが、俺の治癒魔法でどこまでの効果があるものか?

 あやしいものだ。

 しかし、今すぐ治療するとなると、それしか術はない。


 いや、待てよ。


 あれがあるじゃないか。

 そう、常夜の森でもらったあの薬が。


「これを飲んでください」


 小瓶を取り出し、手渡す。


「これは何ですか?」


「回復薬です」


 もしくは治癒薬とでも呼べばいいのか。

 とにかく、こいつはゾルダーから受け取った高級な治癒回復薬の入った小瓶だ。


「飲めば良いのでしょうか?」


「はい。頭を強く打っていた場合でも、これさえ飲んでおけば大丈夫です」


 この薬は服用もできる。

 これを飲んでおけば、脳内に出血があったとしても大丈夫なはず。


「私がいただいても、よろしいのですか?」


「ええ、もちろんです。半分程度飲んでみてください」


「……ありがとうございます」


 軽く頭を下げた後、小瓶を口元まで運び……。

 少し躊躇っているな。


 信用しがたいのは分かるが、ここは飲んでもらわないと困る。


「大丈夫です。ただの回復薬ですから」


 語気を強めて勧めると。


「……はい」


 ゆっくりと回復薬を口に含み、瓶から口を離す。


「……苦くないです」


 味を確かめ安心したのだろう。

 再度口に運んでそのまま半分の量を飲み干してしまった。


 よし!

 これで大丈夫。

 仮に強く頭を打っていたとしても、問題ないはずだ。


 しかし、今回は思いがけずゾルダーに助けられたな。

 あいつがシアに手を上げたことは許せないが……。


 今回のことは、シアの望みを叶えたことにもなるんだよな。


 まっ、この女性がセレスティーヌ様であればの話だが。


「では、脚と腰を少し見せていただいても?」


 こちらは重傷に見えないが、あの高さから落ちたのだから油断していいものではないだろう。


「いえ、それは……」


 戸惑うように俯きながら答えてくる。


「先ほどの治癒回復薬はそちらの怪我にも効くと思いますが、傷みが酷いようでしたら治癒魔法で応急処置もいたしますので」


「あの、殿方に肌を見せるのは……」


 俯いていた顔が真下を向いてしまう。


「ああ」


 そうか。

 貴族家の女性が男性に肌を見せるというのは非常識なことなんだな。

 けど、今回は問題ない。


「言葉が足りず申し訳ありません。服の上から治癒魔法を使わせていただきます。それなら、問題ありませんよね」


「……はい、そういうことでしたら」


 了解してくれたので、さっそく服の上から治癒魔法をかける。

 俺の治癒魔法でも、痛みを緩和する効果くらいはあるだろう。


 まあ、今回は回復薬を服用済みだし安心だな。


 ちなみに、これは密かに感じていることなのだが、俺の治癒魔法の効果が少し上がっているような気がするんだよな。


 最近、治癒魔法を使う機会が多かったからなのかどうなのか。

 いずれにしても、治癒魔法の腕が上がっているのなら、ありがたい。


「いかがですか?」


 あっという間に治癒魔法が終了。


「ありがとうございます。少し楽になりました」


 ほんの僅かだけれど微笑みを浮かべながら答えてくれた。


「効果がありましたか、よかった」


 初めて気を許したような表情を見せてくれたな。


 しかし彼女、少し落ち着いてみると……。


 シアとアルから容姿や特徴について聞いてはいたけれど。

 これは想像以上だぞ。


 まず、全体的な印象は白。

 とにかく、白いという言葉がすぐに頭に浮かんでくる。

 そして、その白さを成す造作に目がいくのだが……。


 清らかな新雪のように白く透き通った肌。

 腰まで伸ばした絹糸のように滑らかな白銀の髪。

 しっとりと濡れたような艶を見せる薄紅色の瞳に長い睫毛。

 すっきりと形よく整った鼻梁。

 潤いを含んだ桜色の唇。


 一目見ると一瞬で惹きつけられてしまうような美しさが、至上とも思える美が、確かにそこに存在している。

 テポレン山での過酷な逃避行が彼女に落とした陰など、全く気にならないくらいに。


 ……。


「これなら歩くこともできそうです」


「あっ……ええ、それは良かった。回復薬と治癒魔法の効果があったようですね」


 こんな状況だというのに、年甲斐もなくつい見惚れてしまったようだ。


「薬と治癒魔法をありがとうございました」


 感謝を告げてくれるその所作も美しい。

 このあたりは高貴な生まれの生粋のお嬢様という感じがする。


「いえ、本当に大したことではないのですが……。感謝の言葉、ありがたくいただいておきます」


「治療に関しては、本当に感謝しておりますので」


 感謝してくれているというのは言葉だけではないようだ。

 とはいえ、まだ警戒心は解けていないか。


 ああ、そういえば、自己紹介もまだだったな。


「申し訳ありません、まだ名乗ってもいませんでしたね」


「……」


「私はコウキと申しまして、シアとアルから依頼を受けてあなたを迎えに来た者です。セレスティーヌ様ですよね」


「えっ!?」


 よほど驚いたのか、目を丸くしている。


「そうだったのですね。シアとアルの依頼で」


「はい」


「そうでしたか。そうとは知らず、失礼な態度をとってしまいました。申し訳ございません」


「いえ、こちらが名乗り忘れていたのが悪かったんですよ。それより、セレスティーヌ様で間違いありませんよね」


 もちろん、この容姿と受け答えから既に確信を抱いているが。


「はい、シアとアルからお聞きのこととは存じますが、わたくしはセレスティーヌ・キルメニア・エル・ワディンと申します。この度のこと、心から感謝申し上げます」


 先ほどの感謝とは異なり、左手を胸に添え片膝を軽く曲げながらの美しいお辞儀。

 きっとレザンジュ王国の正しい作法なのだろう。


「頭をお上げください。もう、さきほど感謝の言葉はいただきましたので」


「最前のお礼は治療に対するものです。こちらは私を迎えに来ていただいたことへのもの。どうかお受け取り下さい」


 シアとアルの依頼という言葉は、効果てきめんのようだ。

 こちらの身元に対する不審が完全に払拭され安心したのだろう。

 先ほどまでと比べ、余分な力が抜けているように思われる。


 もっと早く伝えるべきだったな。


「……そうですか。では、お受けいたします」


「はい!」


「こうしてお受けしたからには、セレスティーヌ様を必ずシアとアルのもとまで、お連れいたしますよ」


「コーキ様、よろしくお願いいたします」






挿絵(By みてみん)

セレスティーヌ キャラクターデザイン画

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― 新着の感想 ―
[良い点] コウキも男性ですからね。それはいくつになっても仕方ないかと思います。大事なのは一線を超えないことです。そこは理性が勝っているようなので大丈夫そうです。貴族女性らしい恥じらいや負傷への対応も…
[良い点] ハンマーの話は『橋の上から水中に飛び込んでも、最初にハンマーで水面を叩けば死ぬことはない?』という都市伝説を実証する実験だったのですが…… オチをいまいち覚えていないのですが、死なないかも…
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