第104話 シアからの依頼
ダブルヘッドを1頭仕留めたところまでは良かったのだが、またしてもあのダブルヘッドに逃げられてしまった。
これで2度目か。
……。
しかし、凶悪な魔物とは思えないほどの逃げ足の速さだよな。
災害級という話はどうなったんだと思ってしまう。
と、それより、まずはヴァーンの背中の傷をみないとな。
「どうだ、そこまで酷くねえだろ?」
ヴァーンの背中の血をぬぐい、傷痕を見てみる。
「ああ、これなら俺の治癒魔法でも十分だ」
思っていたより浅い傷だ。
これなら俺の魔法でも効果が期待できる。
「ヴァーンさん」
「だから、大丈夫だと言っただろ」
「でも、私を庇ったせいで……」
俺の傍らにはシア。
ヴァーンの背中の傷を不安そうに見つめている。
「いや、あれは俺のミスだ。まあ、でももう済んだことだ。コーキ、頼めるか?」
「もちろんだ」
背中の傷に手をかざし、魔法を発動。
患部が淡い光で覆われ、修復されていく。
「これで、平気だろ。骨も問題なさそうだ」
「助かったぜ、コーキ」
「良かったぁ……。コーキ先生、ありがとうございます」
「シアが礼を言う必要ねえだろ」
「そうだな」
「でも」
「コーキのおかげで、もう俺は万全だ。それより、シア、お前が無事で良かったよ」
「ヴァーンさん……」
ふたりで見つめ合っている。
なんだこの空気。
「おい、おめえら、何いちゃついてんだ」
「なっ! そんなことしてねえだろ」
「そ、そうです。心配しているだけです」
慌てるヴァーン。
顔を紅く染めて俯くシア。
「けっ、動揺してんじゃねえか」
「……」
「……」
ほう、これは、これは。
そういうことか。
しかし、いつの間に?
「コーキも、その顔やめろよ」
おっと、顔が緩んでいたようだな。
「まっ、いいんじゃないのか」
「おい!」
「コーキ先生まで……」
「姉さん……」
「……」
微妙な空気になってきた。
しかし、さっきまでの戦闘の緊張感など全く残っていないな。
「ちっ、んな調子だから、ダブルヘッドにやられんだ。だいたい、あんな傷なんざぁ、唾つけときゃいんだ」
ギリオンが肩をすくめながら、呆れたような声を出している。
けどな、俺は知っているぞ。
ヴァーンが治療されている様子を心配そうに覗き見していたのをな。
隠れて見ていたつもりだろうが、バレバレだ。
やってることはシアと同じだぞ。
「うるせえ、お前もさっさとコーキに治療してもらえ」
「必要ねえ」
「まあ、そう言うな、ギリオン。また魔物と遭遇するかもしれないからな。治癒しておくぞ」
「ちっ、コーキがそう言うなら、仕方ねえな」
微妙な空気の中、ギリオンに続き、シア、アルにも治癒魔法を行使。
全員の応急処置が完了したところで。
「コーキ先生、お願いがあるんです」
さっきまでとは打って変わって、真剣な表情をしたシアが俺に話しかけてきた。
「お願い?」
「はい。いつもお願いばかりで、今日もここまで助けに来てくれた先生にお願いするのは、本当に、本当に心苦しいのですが……」
「コーキさん、おれからもお願いする」
アルもか。
「何のことか分からない。説明してくれるかな」
「はい」
今回シアとアルがふたりだけで常夜の森に来ていたのは、最近上達してきた冒険者としての腕前に増長したからではなく、大切な人を出迎えるためだったらしい。
つまり、シアとアルの主家である貴族家から貴人が今日やって来るというので、テポレン山の麓まで迎えに来ていたと。
そこで、ダブルヘッドに遭遇。
俺が撃退して難を逃れたが、逃げたダブルヘッドがテポレン山を登って行くのを見て、その貴人の身に危険が及ぶのではないかと心配になってきた。
ということで、今俺に助力を頼んでいる。
シアとアルの話を要約すると、こんなところか。
「なるほど、そういう事情だったんだな」
「はい……。お願いできないでしょうか」
ふたりがオルドウにやって来たのは、大切な人を迎えるための拠点を設けることが目的だった、というのは以前聞いた話。それが今日ということだな。
しかし、貴人がテポレン山を越えてオルドウにやって来るというのは、その時点でもう既に穏やかな話ではない。
これはもう、厄介な貴族家の問題に違いないだろう。
正直関わりたくない。
普通なら、即答で断るところだ。
でもな……。
申し訳ない気持ちとすがるような気持ちの入り混じったような複雑な表情で、俺を見つめるシアとアル。
その真っ直ぐな眼差しは……。
俺が断ったら、ふたりでテポレン山を登る気なんだろうな。
……。
仕方ない。
「分かった。受けるよ」
「先生、本当ですか?」
「本当か?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
「助かる!」
そうと決まったら、さっさとダブルヘッドを追いかけようか。
「コーキ、しかたねぇ、オレも一緒に行ってやらぁ」
テポレン山に入ろうと足を踏み出す俺に、ギリオンが話しかけてきた。
恩着せがましく喋ってはいるが、ギリオンとしては中途半端な形で終わったダブルヘッド戦の鬱憤を晴らしたいのだろう。
やる気満々という顔をしている。
まあ、気持ちは分かるがな。
「やめとけって。コーキのおかげで、かなり楽になったんだろうけどよ。お前まだ完調じゃねえだろ」
「こんなもん、まったく問題ねえわ」
ギリオンもヴァーンも応急処置をしたから大きな問題はないだろうが、テポレン山に登るのは賛成できないな。
それに、オルドウに戻って、一応しっかりとした治療を受けた方がいいと思うぞ。
「いやいや、どう考えてもコーキの足手まといだろ。ただでさえ足が遅いのに、その身体じゃあな」
「……問題ねえ」
「ったく、コーキに迷惑かけるだけだろうがよ。まあ、お前に赤鬼や剣姫、幻影の動きができれば別だけどな」
「んだと!」
「無理だろ」
「てめぇ、このやろぉ! オレはいつか幻影ヴァルターにも赤鬼ドゥベリンガーにも剣姫イリサヴィアにも勝つ男だぞ。その時になって吠え面かくなよ」
「ってことは、今は無理だろ」
「んのやろう! ぜってぇ、吠え面かかせてやるっぜ」
「ああ、お前が勝った暁にゃあ、喜んで吠え面かいてやらぁ」
ホント、仲が良いのか悪いのか。
いやまあ、仲は良いんだろうけどさ。
しかし、こいつら空気を読めないよなぁ。
そこで、シアが焦った顔しているじゃないか。
これは急いで行ってやらないとな。
「ここは俺に任せろ。ギリオンはオルドウに戻って治療してもらった方がいい」
「ちっ、コーキまで」
ということで、時間がもったいない。
さっさとテポレン山に登るとしよう。





