第103話 ダブルヘッド 12
<ヴァーン視点>
そんな俺の驚嘆など知ったことではないとばかり、コーキの攻勢は止まらない。
小ダブルヘッドを助けるためにコーキに襲いかかってきた大ダブルヘッドに再び雷撃を食らわせ、首筋に斬りかかる。
「ギャワアァァ」
やったのか?
いや、今回は足りていない。
小ダブルヘッドに対した剣撃同様の一手だったが、今回は切断には至らなかったようだ。
それでも、大ダブルヘッドには相当の深手だろう。
「やっぱり硬いな」
コーキの口から洩れるのは、ダブルヘッドの皮膚と体毛の防御力に感心しているかのような一言。
「けど、これならいけるか」
首を斬られた痛みに頭を振りながら悲鳴を上げる大ダブルヘッド。
コーキがその首元に跳び込み、流れるように剣が打ち込まれる。
「グギャアァァァァ」
「これでも、駄目か」
コーキの口から小さな嘆息が漏れる。
かなり深い所まで剣が通ったみたいだが、切断には届かない。
さっきは一撃で切断したのに、何が違うんだ?
単純に大ダブルヘッドの方が硬いのか。
それとも、再生したばかりの頭部だから、強度が低かったのか。
「とはいえ、もう首の皮一枚といったところだろ」
そうだ。
その通り。
2撃で切断できなかったとはいえ、あと一撃当てれば切断されるような状態だ。
焦る必要なんかない。
が、苦痛にもがく大ダブルヘッドの傷を負った頸部に光が集まり始めた。
これはまずいぞ。
「コーキ、回復魔法だ」
「了解。けどな、そんなの待ってやる義理はないんだよ」
コーキの跳躍、そして三度目の剣閃が首元に躍る。
刹那、癒しの光が音もなく地面に転がり落ちた。
「……」
「……」
「……」
「……」
皆が固唾をのんで見守る先。
地上に転がる光が消えたあとに残ったのは……。
ダブルヘッドの切り取られた無惨な頭部。
「すげえや」
「すごいです」
「ちっ」
アルとシアの称賛の声。
そして、なぜかギリオンの舌打ち。
俺は溜息も出ない。
……。
ホントに凄いやつだ。
回復魔法中に仕留めてしまうなんてな。
でも。
「コーキ、まだ死んでないぞ」
ダブルヘッドは頭1つなくしただけで死にはしない。
「ああ、分かってる」
「再生にも気をつけろ」
頭部の再生もありえる。
まっ、コーキなら再生する隙なんか与えないだろうけどな。
「了解」
こちらに笑顔を向けた後、大ダブルヘッドの方に歩み寄っていくコーキ。
どうやら、大ダブルヘッドの方から片付けるつもりのようだ。
大ダブルヘッドの様子を見てみると。
戦意は失っていないようだが、後ろ足で少しずつ後退している。
これは勝負あったな。
で、小ダブルヘッドの方はと言うと……。
「嘘だろ」
そんな声が出るのも当然。
対峙するコーキと大ダブルヘッドを尻目に、躊躇うことなくテポレン山への入口へと走り、そのままテポレン山を駆け上がって行ってしまった。
……。
ダブルヘッドが逃げるって?
味方のダブルヘッドを置いて?
ひとりの冒険者に対して怯えるだけじゃなく、逃げ出すなんてことが……。
信じられないものを見てしまったぞ。
けど。
「おい、ギリオン」
逃げた方向に目をやりながらギリオンに喋りかける。
単頭の小ダブルヘッドなら、今の俺たちふたりでも倒せるはず。
いや、この傷じゃあ、きついか。
「間に合わねえ」
「……そうだな」
「それに、おめえのその傷じゃあ、テポレン山にゃあ行けねえわ」
ギリオンの言う通りだ。
ただでさえ、この傷でダブルヘッドを追跡するのは厳しいものがある。
そのうえ、テポレン山を登るとなるとな……。
「逃がしちまうな」
「しゃーねえ」
「ああ」
ギリオンとふたりして、遠ざかるダブルヘッドの背を目で追ってしまう。
しかし、あれだな。
死にもの狂いでテポレン山を駆け登るダブルヘッドのその姿は、哀れを通り越して、いっそ清々しく思えてしまうな。
とはいえ、さすがはダブルヘッド。
走る速度は相当なものだ。
簡単に追いつけるものではないな。
そんなふうに、俺とギリオンがテポレン山を駆け上がる小ダブルヘッドを眺めていたところ。
「うぉー、やった! やったぞ!!」
「コーキ先生、凄すぎです」
背後から歓声が上がる。
一瞬その声に過剰に反応しそうになったが、理由など分かりきっていることだ。
だから俺は慌てることなく、ゆっくりと振り返る。
そして、もう今さら驚くに値しない驚愕の眺めを楽しもうじゃないか。
「……」
ああ、そうだよな。
本当に予想通りだ。
俺の目の前に広がるのは。
2つの頭部が地面に転がり、漆黒の魔物が地に沈んでいる。
そんな光景。
そう。
ただ、それだけの光景だ。





