第102話 ダブルヘッド 11
<ヴァーン視点>
防具らしきものをほぼ装備していない軽装の冒険者が、剣を片手に俺たちとダブルヘッドの間に立っている。その姿、見間違えることなどありえない。
「ああ」
遅すぎるぜ……。
でも、ホント、助かった。
今残っている僅かな力を込めていた身体が弛緩していく。
まだ戦いは終わっていないのに、緊張感が抜けていくようだ。
それだけコーキの実力を信じているということなのだろう。
自覚していた以上に。
けど、どうしてここに?
今日は常夜の森に入っていなかったはずなのに。
「コーキ、おっせーぞ!」
「悪い」
「まっ、今回だけは許してやらぁ」
「そりゃあ、どうも」
「んで、どうしてコーキがここにいんだ?」
当然、ギリオンも同じ疑問を抱いているか。
しかし、こいつの声からも悲壮感がきれいさっぱり消えているよ。
余裕すら漂い始めている。
げんきんな野郎だ。
まあ、俺も人のこと言えないか。
「ギルドでダブルヘッドの話を聞いたからな」
「ん? ギルドでもう情報が出てんのか?」
そんなに情報が早いのか。
「そうだ。しかし、ギリオンもヴァーンもやられたなぁ。命に別状はないみたいだけど」
「なんとかな」
「はん、こんなの大した傷じゃねえわ」
強がっているが、結構な傷だぞ。
ギリオンも俺もな。
「ヴァーンの背中の傷はどうなんだ?」
「多分、深くないはずだ」
緊張が解けると急に痛み出したけどな。
「そうか、あとで治療してやるから少し我慢しろよ」
「ああ、問題ねえ」
「シアとアルも無事そうだな」
「はい! コーキ先生」
「ああ」
ふたり共に、さっきまでとは明らかに顔つきが違う。
元気が戻っている。
「とりあえず一安心だ。じゃあ、話はこれくらいにしてダブルヘッドの相手をするか」
「オレもやんぜ」
「無理すんな、ギリオン。ここは俺に任せろ。他のみんなも自分の身を守ることを優先してくれ」
まさか、ひとりでやるつもりなのか。
ダブルヘッド2頭の相手を。
いくらコーキでも、無謀じゃないのか。
「コーキ、さすがに危険だ。俺らが援護する」
「ん~、危なそうだったら頼む」
その言葉と共に、こちらに手を振りながら、ゆっくりとダブルヘッドに向かって歩を進めるコーキ。
その言葉にも動きにも、全く力みがない。
とはいえ、気合は入っているようだ。
集中しているのに、気負いのようなものが全く感じられない。
ダブルヘッド2頭を相手にして、どんだけ精神が強いんだよ。
こいつこそ、バケモンだぜ。
対するダブルヘッド。
さっきから、こちらを襲う気配が全くない。
コーキと俺たちが喋っているのを眺めているだけだ。
で、今はというと。
1頭目の大ダブルヘッドは威嚇するように唸りながらコーキを睨んでいる。
相手が相当の実力者だと気付いているのだろう。
俺とシアを攻撃するべく目の前にいた2頭目の小ダブルヘッドは……。
はぁ??
なんだ、そりゃ!
近づくコーキから離れるように後退していく。
明らかにコーキを見て怯えているぞ。
どういうことだよ?
コーキに何かされたのか?
まさか、さっきまでの単頭は……。
コーキに斬られたのか?
そういうことなのか。
そんな俺の疑問など知る由もないコーキがお得意の雷撃を2頭に放つ。
いつもながらの無詠唱で予備動作もない。
そんな魔法が近距離から無造作に繰り出されたのだ。
2頭のダブルヘッドは逃げることもできず、その身に雷撃を浴びる。
「ギュワアン」
「ギャアァン」
今のはかなりの威力の雷撃だった。
俺が見たことのないような威力だ。
とはいえ、一撃でそれかよ。
俺の魔法とは大違いだぜ。
頼りになる味方だが、同じ攻撃魔法の使い手としては少し落ち込んでしまいそうだ。
で、警戒して後退する大ダブルヘッド。
さらに怯えを増したように、その場で震えている小ダブルヘッド。
コーキは一足飛びに小ダブルヘッドに接近。
そのまま剣で首筋に斬りかかった!
赤黒く湿った体毛が大きな防御力を持つダブルヘッド、その剣だけでは難しいだろう。
そう思ったのだが。
「ギャアァァァァ」
「マジかよ!?」
傍らのギリオンからこぼれ出る驚愕のつぶやき。
そりゃ、そうだ。
あれだけ俺とギリオンの攻撃を防いでいた体表、漆黒に濡れた体毛、そこにコーキの剣が難なく通ったのだから。
そして……。
ドスン。
地面へ落下する左の頭。
「すげぇ!」
「先生、すごい!」
アルとシアからは感嘆の声。
純粋で羨ましいことだ。
こっちは感嘆する前に驚愕で声も出ないってのにな。
コーキが剣、魔法ともに相当な実力を持っているというのは分かっていた。
だから、こうして安心できたんだ。
けど、どこまでの腕なのかは測りきれていなかったようだな。
まさか、ここまでのものだったとは……。





