第10話 再び 5 ※
客や店員と話ができそうな店に入って情報収集したところ、ここはエストラル大陸中央にある王国キュベリッツ内にあるオルドウという大都市だということが分かった。王国内でも交通の要衝に位置するこの都市は温暖な気候で過ごしやすいということも相まって、多くの人が暮らす王国有数の大都市らしい。
確かに、大通りでは歩く人からも通り沿いの店からも大変な活気が感じられる。
でも、そんなことより。
オルドウという名称に聞き覚えがあるな。
これは……。
やはり、あの時訪れた街に違いない。
たとしたら、リーナやオズに会えるかも。
さすがに、それは難しいか。
ふたりが今もここに住んでいるかは不明だし。
……。
でも、もし会えたら。
話したいこと聞きたいことが沢山ある。
ふたりは今何をしているのか?
魔球合戦はまだやっているのだろうか?
ん、待てよ。
あれから10年も経っているのに、ふたりの姿を認識できるのか?
……。
リーナの赤髪は珍しい色だった。
あざやかな朱色に近い赤。
そんな髪色だったと思う。
オズと同じような金色の髪を持つ人は、今この辺りを歩いている人の中にも結構いるけれど、あのあざやかな朱色の髪を持つ者はひとりも見かけない。
だったら、可能かもしれない。
そんなことを考えていたからだろうか、多くの人が行き交う通りの向こうに赤髪の人が目に入ってきた。
まさか!?
いやいや、そんな都合の良い話はないよな。
とは思うけれど、口が勝手に開いていた。
「リーナ!」
名前を呼んでみる。
が、ここからは届く訳もない。
歩いている多くの人の間を縫うようにして進み、リーナらしき女性が歩いていた辺りまで急ぐ。
「リーナ……」
けれど、そこに到着した時には周りにリーナらしき赤髪の女性の姿は見当たらなかった。
諦めきれず、その後もしばらくは周りを探してみたが、やっぱりそれらしき女性の姿を確認することはできなかった。
これはもう仕方ない。
あの女性がリーナだったとは限らないし、仮に彼女がリーナだったとしても今から探し出すのは不可能に近い。
この街にいるのなら、縁があるのなら、また会うこともある。
そうだろう。
と思うものの、その後の数分は少し暗い気持ちになってしまった。
せっかく異世界の街を歩いているのに、足取りも重かったかな。
そんなことじゃいけないと、気分を変えて歩くことさらに数分。
異世界の街を歩いているという興奮がよみがえってきた。
このオルドウという町は異世界らしい情緒もあるし活気もある。
いいな。
やっぱりいい。
「なかなか良い場所に転移できたんじゃないかな」
鬱蒼とした山中だとか、孤島や砂漠なんていう生存が難しい場所じゃなくて良かったよ。
おかげで、異世界生活を無難に始めることができそうだ。
まあ、人の立ち入らないような場所で魔物とのサバイバルなんていうのもロマンがあるけど、それで死んでしまったら意味がないからな。
そもそも、戦闘面における今の実力がどれほどのものなのか見当もつかない。
体術や刀剣の扱いは30年みっちり鍛えてきたし、魔法も使いこなせてはいると思うけれど……。
この世界でどこまで通用するのかは未知数だ。
でもさ、この世界って魔物とかいるんだよな?
神様は魔物が存在すると言っていたような気がするが。
10歳の頃も今回も、いまだ目にしていない。
魔法が存在する世界なのだから魔物なんかも存在するって思っていたけれど、そうとも限らないのか。
街から出ていないのだから、魔物に遭遇しないのも当然なんだろうけど。
まっ、それも近い内に分かるか。
とにかく、今の俺は分からないこと、知らないことばかり。
異世界に来て浮かれていたけど、まずはこちらの世界の基礎知識を学ばないといけない。
積極的に行動を始めるのはそれからだ。
その後、いくつかの店に入って品物を物色しながら買い物と情報収集をしていると、日が傾いてきたようで、結構な店が閉店の準備を始めだした。時間も日本時間の4時。今日の活動時間は12時間の予定なので日本に戻るまではあと5時間だ。
今回は異世界間の移動の仕様を調べるため日本に戻る際は宿屋から戻るつもりなので、時間に余裕があるうちに宿を確保しておこう。
大通りにある宿屋にすべきか、それとも通りから外れた場所にある宿屋にすべきか、判断基準がない。
となると、実際に泊まるわけでもないし、立地的に便利な大通り沿いを選ぶべきか。
そう考えて目星をつけていた宿屋に向かっていると。
鼠色の帽子と外套を身につけた女性が重そうな荷物を抱えたまま俺の横を歩いていたのだが、突然よろめいたかと思うと道端に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
俺の目の前で座り込んでしまった女性。
顔色も良くないし、放置できないな。
「ありがとう、でも大丈夫です。ちょっと疲れてしまっただけですので」
「とても平気そうには見えませんよ。良ければ、お荷物お持ちしましょうか? 目的地までお持ちしますよ」
「いえ、本当に平気です。あっ」
そう言って立ち上がろうとするが、やはり足もとがおぼつかない。
思わず手を差し伸べる。
「すみません」
しかし……。
座り込んで俯いている状態ではよく分からなかったが、こうして見てみると非常に美しい女性だ。暗い色の帽子と外套が美貌を目立たせないようにしているが、帽子からのぞく艶やかな金髪、美しい碧眼の整った容貌、決して隠しきれるようなものじゃない。
意識して見れば一目瞭然。
「いえ……」
見惚れそうになったところで、視線を戻す。
「あの、荷物?」
「ええ、良ければお持ちしますよ。こちらも今は手が空いていますので、遠慮なさらないでください」
手を差し伸べた際に預った荷物。今のこの婦人には少し重すぎるだろう。
「……ほんとにいいのですか?」
「気になさらないで下さい。では行きましょうか」
ご婦人の荷物を持って一緒に歩き出そうとすると。
「あの……すみません。道が分からないんです」
「ああ、そうでしたか……」
こちらもこの街には疎い異世界人。自分から声を掛けながら困ってしまったが、幸いなことに目的地までの道のりは簡単に判明した。
通りを歩く人に聞いて回ったところ、目的地の場所がすぐに分かったからだ。
さらに幸運なことに、思っていたより近かったのですぐに到着することができた。
「夕連亭でしたよね、ここみたいです」
目的地はこのご婦人の子供さんが働いている夕連亭という宿屋だった。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえいえ、無事に到着できて良かったです。では、私はこれで」
あいさつして大通りに戻ろうとしたのだが。
「えっ? お母さん!?」
夕連亭の入り口から中背痩身の男性が出てきた。
「ウィル……元気にやっていましたか?」
「母さん、急にどうしたんですか?」
目を見開いて詰め寄る男性。
息子さんなんだ。
となると、すごく若いお母さんだな。
「ちょっと時間ができたから、あなたの顔を見ようと思ってね」
「それなら、知らせてくれたらよかったのに」
「突然来てあなたを驚かしたかったのよ」
「……。それで、母さんが出て来て家は大丈夫?」
「みんなが見てくれてますよ」
「そうか、ならいいんだけど。とりあえず中に入って」
「仕事の邪魔じゃない?」
「少しだけなら平気だから。それより、ベリルさんにあいさつした方がいいよ」
しかし、お母さんに続き子供さんも美形だ。母親譲りの碧眼にプラチナに近い金髪。髪色は異なるが艶のある髪質はよく似ているように思う。その美しい長髪を後ろで束ねているのも、とても似合っている。
男性のこの髪型、街を行きかう人々の中で何度か見かけたのだけれど、こちらの男性の間では長髪を束ねるのが流行っているのだろうか。
俺より10数センチ背が低そうなのだが、姿勢が良いせいか、もっと高く見える。
というか、これは品があるんだな。
その眼、髪、整った顔立ち、それに佇まい、その雰囲気に至るまで、凛とした空気を漂わせている。
だから、スマートに感じるんだな。
そんな美しいふたりを感心しながら眺め、立ち去ることもできず会話を聞いていると。
「ウィル、こちらは大通りで迷っていた私を案内してくれたコウキさん」
俺の名前については、この宿屋に来る途中で既に伝えている。
「あっ!? そうでしたか、母がお世話になり、ありがとうございました」
うん?
ほんの一瞬、こちらを見て驚いたような表情を浮かべたような。
「コウキさん、こちら息子のウィルです」
「はじめまして、コウキと申します。縁あってお母さんをお連れしただけですから、気になさらないで下さい」
「そんな訳にはまいりません。お礼をさせていただかなければ」
気のせいかな。
穏やかな笑顔を浮かべているし。
「そうですよ、コウキさん。ワタシからもお礼をしないと」
「と言われましても、少しお付き合いしただけですし」
「それがありがたいのです」
押し問答の末、宿屋に併設している食堂で夕食をご馳走になることになった。少し道案内しただけなのに申し訳ない。それでも、夕食の場と宿を見つけることができたのは幸いだったな。
夕食には休憩を貰ったウィルさんが途中から参加してくれたおかげで、色々と有用な話を聞くことができ、正直かなりありがたかった。
オルドウについての話も非常に興味深く為になった。驚く話も多々あったが、最も驚いたのはお母さんの年齢が35歳ということだ。
とてもそんな年齢には見えない。
その落ち着いた雰囲気からある程度の年齢だと想像はついていたけど、外見だけから判断すると20代前半にしか見えないから。
ちなみに、ウィルさんは17歳。こちらも想像より若い。
この世界の人の年齢は日本人の俺には分かりづらいということが良く分かった。
「では、そろそろ休ませてもらいます」
異世界にも持ってきた懐中時計で時間を確認する。
腕時計も左腕につけているが、最初の異世界行にはこの時計も一緒に来たかったんだよ。
それで、今の時間は……そろそろ日本では9時頃か。こちらでの時間は分からないが、周りの様子を見るに21時から23時のあたりかな。24時間の区切りがあるとすればだけど。
ということで、部屋に戻ってから日本に帰ろうと思う。
1泊50メルクで借りた部屋は、簡易なベッドと椅子、机があるだけのシンプルな部屋だったが、結構な広さがあり、さらに清潔なことも相まって落ち着ける空間だった。
これは良い部屋を見つけたのかもしれない。
今後は当分ここを異世界の拠点にしようかな。
諸々の雑事をこなした後。
もしもの場合に備えて、夕連亭の皆さんへの書置きを机の上に残し、前払いの宿賃以外に5メルクを添え……。
この世界のチップって幾らくらいなんだ?
そもそもチップって概念あるのか?
まあ、置いてあって悪い気はしないよな。
5メルクでいいか。
よし。
これで、仮に俺がここに戻って来れなかった場合でも問題はないだろう。
と、そんな感じで全て終了。
あとは、魔力だが……。
おっ、完全に回復している。
どうやら、12時間もあれば十分に回復するみたいだ。
これは助かる。
これなら、12時間毎に異世界間を渡ることもできそうだな。
「では、帰ろうか」
日本では何時間過ぎているのか?
数年過ぎて浦島太郎状態とかはないよな。
いや、待てよ、今日の幸奈との約束の時間に間に合わないとか!?
それはまずい。
急に冷汗が出てきた。
今までは適当に付き合っていたんだけど、今日は約束しているからな。それに、昨日の幸奈の表情。約束を破るわけにはいかない。
とにかく帰ろう。
「異世界間移動!」
12時間ぶりのあの浮遊感。
そして……。
ここは?
うん、問題無い。
日本の自分の部屋に帰ってきた。
とりあえず、無事の帰還に一安心だが、それより時間だ。
部屋の置時計を確認する。
午前3時?
6時間しか経っていない!
懐の懐中時計と腕時計も確認する。
うん、どちらもさっき宿で見た時間と変わりはない。
となると、この置時計は明らかに懐中時計の示す時間とは異なっている。
「……」
これは、異世界と日本では時間の経過速度が違うと?
そういうことなのか。
それで、ここ日本では6時間しか経っていない?
いや、1日以上経過している可能性もあるか。
これ、どうやって確認すればいい?
家族は寝静まっているし、スマホもパソコンもない、新聞もまだ届いていないぞ。
「……」
朝刊が届くまで待とう。
「……ひとまず風呂でも入るか」
入浴後、4時頃に届いた新聞で確認したところ、数日経過していることなどなく6時間だけ経過していることが確定した。
時間に関しては、どういうことなのか疑問は残るが、経過速度が違うということは確実だろう。これもまた後々検証していくしかないな。
でもまあ、数日経過しているなんてことがなくて良かった。
これなら今日の夕方に幸奈と会えるからな。
ホント、よかったよ。
安心すると急に眠気が襲って来たぞ。
「大学に行く前に、少し寝ておこうか」





