博物館 特務大尉
私『こちらが最後の展示室。特務大尉のコーナーになります』
『おお……これが特務大尉の戦闘服かあ……って言いたいところだけど知ってるぜ』
『有名な話だ』
『ねー』
A『うんうん』
私『ご想像の通り。戦時中は特務大尉が戦死する。もしくはM.I.Aになるという発想そのものが人類に無かったため戦時中に物品の保管はほぼされておらず、展示されている物は多くがレプリカです。それに戦闘服や銃器などは、機動兵器と違って完全に特務大尉専用のものはありませんね』
私『ただ勿論、展示物の中には本物が含まれています。特に注目を浴びているのは、夜明け勲章ですね。リヴァイアサン奪取作戦に参加した、たった十一人のためだけに作られた勲章で、これは特務大尉のものになります』
『すんげえキラキラしてるぞ……』
『各星系で産出する最も高価な宝石や金属を使われているとか』
『売ったら余裕で豪邸買えそうー』
A『だから警備員の人達がいるんだと思う』
私『特にこれは特務大尉の勲章ですからね。もし市場に流れでもしたら十一個中、最高値で取引されるでしょう。それと隣の勲章は通称、ワンマンアーミー勲章。一人で戦略を打破した者に……なんていう訳の分からない理由で作られたものですね。事実上完全に特務大尉専用ですので、希少価値で言えばこちらが高いかもしれません』
A『無くしたらまずいって特務大尉は思って、どこかに保管してたのかな?』
私『素晴らしい推測です。ついでに述べると居住地が定まっていなかった特務大尉は、勲章の扱いに困って広報部に丸投げ。個人の勲章が軍の金庫に保管されるという事態になりました』
『このずらーっと並んだの全部か?』
私『ええ。どこかの星を奪還したり、会戦に勝利する度に作られた勲章はほぼ総なめしているので、保管に部屋が埋まりそうな量を、どこかに丸投げしたくなった気持ちも分かります。ただ、これを一つ一つ説明していると時間が足りないどころではありませんので、流し見る程度にしておいてください』
『勲章で鎧が作れるって冗談を聞いたことあるけど、それどころじゃねえぞこれ』
『壁が勲章で埋まっている』
『あれはないの? あれあれー。丸太』
A『あれって噂じゃなかった?』
私『ああ……特務大尉が銃殺刑を執行された際に、代わりに丸太が撃たれたのですよ。ただ流石に、初代を含め歴代の丸太は保管されていませんでしたし、頭が痛くなるような代物ですので、レプリカもありません。もし展示されることがあれば、特務大尉の装備を身に着けた丸太が見られることでしょう』
『ええ……』
『歴代って……』
『見てみたかったなー』
A『なんだか冗談の話みたい』メモ・頼むから直接言ってやってくれ。
私『では次……そうか今は鋏があるのか』
『これは特務の私物か?』
私『当時のごく一部の界隈で有名になった鋏ですよ。珍しく特務大尉がセンターを訪れた際に散髪をしたのですが、かなり無茶をしたガル星人の攻撃をどういう訳か勘付いて、散髪用の鋏を持ち出し戦場に戻りました。その後、実戦で運用された鋏は持ち主に返却されましたが、元は別星系の方だったようで、戦後は多くの人間がそうだったように帰郷。そしてつい最近、博物館の存在を知り寄贈されたようですね』
『実戦で運用だってよ……』
『無茶苦茶だ』
『ほえー』
A『なんというか……なんだろう』
私『では真面目な解説をしましょうか』
私『特務大尉。本名、来歴は一切不明。突然、メル防衛戦という形で歴史に現れた特務大尉は……勝ちました。一切の誇張も比喩もありません。地上で勝ちました。センター近郊で勝ちました。海岸で、密林で、山脈で、雪原で、衛星軌道上で、星々の間で勝って勝って勝ち続けました』
私『逆にガル星人は宇宙を破壊しかけた最大勢力だったのに、末期では泣き言ばかりのログになっていました。有史以来、個人がここまで恐れられたことはないでしょう。戦略的に最重要な星を爆破してでも、特務大尉を殺そうとしたくらいですからね』
A『この論文……みたいなのはなんですか?』
私『ガル星人が作成した特務大尉の論文。とでも言いましょうか。人類だけではなく、ガル星人が滅ぼした様々な種類の生物を参考にして、導き出したのは人間ではないという結論です。もし特務大尉が平時にスポーツでもしていれば、世界記録を全て塗り替えたことでしょう。それだけ異常極まる身体能力だったのです』
私『特筆すべきはやはりリヴァイアサン奪取です。ガル星人にすれば艦隊を丸ごと失った上で、天文学的コストを投じて作り上げた芸術までも零れ落ちたのですから、衝撃は想像を絶するものだったでしょう。反抗時代までガル星人は人類に対して攻勢に出ることが出来ず、特務大尉は戦略的な時間的余裕まで齎しました』
私『同時に特務大尉は完全にアンチェインと化します。命令違反・無視は当たり前。独断専行は日常茶飯事。今まで散々人類連合のことを褒め称えてきましたが、その超巨大な軍事組織がたった一人に振り回され、陥落寸前に陥ったのは特筆すべきでしょう』
私『そして大敗走時代。反抗時代。最終局面に至るまで、最前線で勝ち続けた男の背に向けられた願いや祈りは、想像を絶するものがあります。恐らくなろうと思えば神の代わりにすらなれた。この宇宙時代にですよ?』
私『とはいえ残念ながら、最終決戦において特務大尉はガル星人本星の爆発に巻き込まれました。状況を考えると戦死したのは間違いありませんが、そのあまりの名声からM.I.Aに認定されています。今も軍籍はそのままで、公的には人類連合軍特務大尉のままですね』
『はー……』
私『えーっと時間は……ギリッギリか。皆さん、長い……というか慌てた時間、お疲れ様でした』
『なんか……やっぱりすげえよな』
『ああ』
『ねー』
A『うん』
私『ははは。まあ、明らかに人類の物差しからはみ出している男ですからね。戦争当時に慣れている人間でもなかったら、うまく飲み込めないものですよ』
『だなー……ちょっとトイレ』
『同じく』
『私もー』
A『あ、じゃあ私はベンチに座ってるね』
私『……ワープがあるといはいえ、メルからは心理的に遠かったでしょう』
A『そうですね。パパとママたちの修学旅行は近くの惑星だったから、親戚でセンターに来たことがあるのは、ひょっとしたら私だけかもしれないです』
私『ご実家はパン屋だとか?』
A『お爺ちゃんがそうです。近所でも評判なんですよ』
私『それはそれは』
A『それにしてもセンターのAIって凄いんですね。感情豊かっていうか……』
私『ああ、不良品みたいなものなのでお気になさらず。普通のはもっとまじめで、必要なこと以外は喋りませんよ』
A『お爺ちゃんも、凄いお喋りなAIとお話したことがあるみたいです。私がもっと子供の時……なんだったかな。なにかの拍子に言ってたような』
私『ほう』
A『あの時は……お爺ちゃんの仲のいいお友達の話……って言ってたかな?』
私『なるほど……ふむ……そう、ですか』
A『ごめんなさい。偶に関係ないこと言い出しちゃって。でもその方がいいかなーって思っちゃうんです』
私『いえいえお気になさらず。中々興味深いお話を聞けました』
『戻りー』
『待たせた』
『お待たせー』
A『あ、それじゃあ行こうか』
私『では最後のコーナーをご案内しましょうか』
『最後?』
『うん?』
『なになに?』
A『え?』
私『貴方方ですよ。全ての組織、民間、部署、新兵から元帥、特務大尉に至るまで、彼らが守った未来そのもの。生まれてきてくれてありがとうございました。以上、これにて当博物館の案内を終わらせていただきます』
◆
「あ、お爺ちゃんただいまー」
「お帰り。どうだった?」
「凄い都会だった! あ、写真も撮ってきたよ! えーっと、これ見て! バハムートと記念写真!」
「これか。雑誌の写真以外で見るのは初めてだ。手に持ってるのは?」
「なんだかお喋りのAIが案内してくれたんだ。その端末だよ」
「そうか」
「お爺ちゃん、なんだか嬉しそうだね」
「うん? さて、いいところにきた。閉店作業を手伝ってほしい」
「はーい!」
「始まったら終わる。当然の話だ」
「お爺ちゃん、なにか言ったー?」
「いや、なんでもない」




