女神の「めいっぱい」の祝福(第二章完結)
「お前たち、ここに集まってたのか」
部屋に入ってきたのは、レイナルド兄様だった。その後ろには騎士団長のダリウス卿の姿もある。彼らはそろって、外套を羽織っていた。
「視察中に、サラが産気づいたと知らせを受けて、大急ぎで帰ってきたんだが……状態は?」
「今頑張ってらっしゃるところです」
「そうか」
レイ兄様はドカっとあいた椅子に座った。
ディーがレイ兄様とダリウス卿にもお茶を差し出す。兄様はぐいっとお茶を煽ったあと、息を吐いた。
「暗殺者を捕まえたとも聞いたが」
ジル兄様が礼儀正しくうなずく。
「はい、以前から城内で事故を引き起こしていた侍女を拘束しました」
「……情報はとれたか?」
「いえ」
ジル兄様は首を振る。
「拘束されたことに気づいた直後、自死を謀られました。生きてはいますが、尋問できるかどうかは、ちょっと……」
「ずいぶんと潔いな」
「おそらく、イースタンとアギトがらみです。死に方が偽イーリス姫たちとそっくりなので」
「あいつらか」
レイナルド兄様の顔が、苦虫をかみつぶしたようなしかめっつらになる。
「そのあたりの細かいところは、俺も見る。あとで詳しく報告してくれ」
「かしこまりました」
ジル兄様が頭をさげ、ふと会話が途切れた時だった。
隣の部屋から女性のうめき声が響いてくる。
「……大丈夫なのか」
「うーん」
兄に心配そうな顔を向けられて、私たちも困り顔になる。
なにしろこの部屋にいるのは、未婚男女ばかりなのだ。私もジル兄様も、もちろんルカもお産に立ち会った経験はない。唯一妻子もちなダリウス卿も、どう発言していいのかわからないみたいで、むっつりと黙っている。
「大丈夫だと思いますよぉ」
沈黙を破ったのは、ユルい声だった。
運命の女神が、ひとりだけ場違いなくらいのんびりとくつろいでいる。
「サラさんからは、死の運命が見えませんから」
「なるほど?」
そうだ、女神は私に縁のある者の運命がわかる。
お腹の中の赤ちゃんと重なってるせいでブレる、とは言ってたけど、彼女は一度も『サラさんに死の運命が見える』とは言ってなかった。
運命の女神が死を予言しないということは、つまり。
「コレット、お前何を見てるんだ?」
レイ兄様が眉をひそめた。
そういえばレイ兄様には女神のこととか、細かいことは報告してなかったなあ。ここに運命の女神がいるって、宣言しちゃっていいんだろうか。
ダリウス卿も信頼のおける騎士団長なんだけど。
「えっと……」
言葉を探して、言いよどんだときだった。
「ううううっ!」
隣の部屋から、ひときわ大きなうめき声が聞こえてきた。レイ兄様がたまらず腰を浮かす。
そして次の瞬間、ほぎゃあ、という大きな産声が響いてきた。
ああ、ああ、と赤ちゃん特有の泣き声が何度も続く。
「あ……」
バタバタと足音が響く。助産師たちが、部屋から出て来たようだ。
そのうちのひとりが、私たちのいる部屋のドアをノックした。
「失礼します!」
飛び込んできた助産師の顔は、興奮と喜びで真っ赤だ。
「お世継ぎが産まれました! 元気な男の子です!!」
「は……」
レイ兄様は、立ち上がったまま硬直してしまった。
ぽんぽん、とダリウス卿が後ろから肩を叩く。
「陛下」
「あ、すまん、ちょっと」
助産師が笑顔でドアを大きくあける。
「王妃様とのところへご案内します。王子殿下にお父様のお顔を見せてあげてください」
「父……そ、そうか。そうなるのか」
レイナルド兄様は、あわてて隣の部屋へと向かっていった。
私たちは座ったまま、兄様の背中を見送る。今は夫婦、親子水入らずで過ごすべき時だ。
「第一子で王子かあ。これでサウスティ王室は安泰だな」
ルカがほっとした顔で笑った。
ここまでつきあった以上、彼にも他人事とは思えなかったらしい。
「安泰どころの話じゃあありませんよ」
ディーの低い声が部屋に響いた。
彼はなぜか眉間にくっきりと皺を寄せて、サラお義姉様たちがいるはずの、隣の部屋につながる壁を見つめている。
そして、運命の女神もまた同じ方向を見つめていた。
「彼が王位を継ぐ限り、この国がなくなることはなさそうですねえ」
「なぜ、そう思うのです?」
ジル兄様は不思議そうに女神を見た。彼女はあいかわらずにこにこしている。
「だってあの子には、めいっぱい祝福を授けてますから」
「めいっぱい……?」
私は首をかしげた。
産まれたばかりの甥っ子に、女神が個人的に肩入れする理由なんてあったっけ?
聖女の血縁だけど、そんなことしてもらえる理由が見当たらない。
はああ……とディーがまた嫌そうにため息をついた。
「コレット様は覚えてらっしゃるでしょうか。私の体の素体となった神官のことを」
「ああ……そういえば、アクセル王子に殺された神官の体を使って、ディーを作ったのよね」
「もともと体に宿っていた魂を、どうしたんでしたっけ」
「めいっぱい祝福を与えて輪廻の輪に戻したって……あれ?」
この世界には輪廻転生が現然たる法則として存在する。
死んだ者は、また新たな人間として生まれ変わるのだ。
殉教した神官もまた、いつかは生まれ変わる。
その誕生日が今日でも、母体がサラお義姉様でも、おかしくはない。
「え、あの王子の前世って、死んだ神官なのかよ?」
「ですです!」
ルカの問いに、こくこく、と女神が激しく同意する。
ディーが眉をひそめながら補足する。
「これだけ何度も命を狙われていて、王妃が怪我ひとつしてないわけですよ。お腹に宿した子供が、とんでもないレベルで運命の祝福を受けているんですから」
「もしかして、暗殺者がコケて瓦礫の下敷きになったのって……」
「お守りの効果もあったでしょうが、ほぼ祝福の加護ですね」
ディーは肩をすくめた。
「スキル:豪運。おそらく彼は運に関することで負けることはないでしょう」
「それは、与えていい祝福なのかな?」
人間はちょっとした不運や挫折を味わって成長するものだ。
何をやっても必ずうまくいく人生は、それはそれで危険なのではないだろうか。
「そこも含めて、悪落ちしないよう補正がかかってるはずです。ご心配なら、私も時々彼の動向はチェックしておきますよ。女神ひとりの価値観で祝福を与えたら危険なのは、重々承知しておりますから」
「お願い、ディー」
女神の力の制御なんてことができるのは、ディーくらいのものだろう。
ここは彼にがんばってもらうほかない。
「まあ、元気に育ってくれそうならそれでいいじゃない」
へにゃ、とジル兄様が力なく笑った時だった。
「コレット様、こちらにいらっしゃいますでしょうか」
コンコン、と小さくノックして侍女のひとりが入ってきた。彼女の手には銀の盆が握られている。その上には封書が一通、載せられていた。
「どうしたの?」
「ファトム教主国よりお手紙です」
「ふぁとむ……?」
確かに手紙の封蝋には、教主国を示す天秤の紋章が押されていた。
私は首をかしげる。
「なんで?」
深窓の姫君として育った私に、教主国との接点はほとんどない。公務としてたまに神殿で礼拝するくらいだ。
しっかり神官に祝福してもらったのなんて、生まれた時と成人式。それから台無しにされた結婚式の時くらいだ。
銀の盆を持つ侍女も困惑気味に眉をひそめる。
「なんでも、大至急の用件だとか。この手紙自体も、早馬で届けられました」
「よっぽどの重大事なんだね」
そこまでして伝えたいことがあった、ってことなんだろうけど。
やっぱり心当たりがない。
「開けてみたら?」
ジル兄様がのんびりと言った。
確かに、中を見ないと用件がわからない。
私はもう一度宛名を確認してから封書をあけた。そこには、美々しい筆跡で長々と文字がつづられている。
「うん……?」
読み進めるうちに、私はまた首をかしげてしまった。
「何て書いてあったの?」
ジル兄様が立ち上がって、私の手元を覗き込んできた。私は手紙をくるりと回して、兄様に見せる。
「ファトム教主国の選出した聖女を差し置いて、運命の女神の聖女を名乗るなどけしからん。異端審問にかけるため、サウスティ王女コレットを教主国に召喚する、だって」
「異端審問!?」
それを聞いて、一番驚いたのは運命の女神だった。
なんで女神本人がここにいるのに、異端審問にかけられなくちゃいけないんだよ!?
私たちはいっせいに顔を見合わせた。
というわけで、無理ゲー転生王女第二章完結です。
次章は、「ファトム教主国異端審問編」になります。女神から指名を受けて聖女になったのに、異端扱いされるなんてどういうことだよ!
次章もジタバタ奮闘予定なので、連載再開をお楽しみに!
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