事の顛末
「はあ……」
椅子に座り込んだ姿勢で、私は何度か目のため息をついた。外はもうとっぷりと日が暮れている。すぐ隣の部屋では、サラお義姉様の世話をするために、産婆さんや助産師さん、お医者さんなどが入れ替わり立ち代わり、出入りしていた。
親族として離れまで駆けつけてはみたものの、未婚で出産歴のない私には何もできることはない。
ただただ、控室の椅子に座って、無事を祈るだけだ。
「どうぞ」
低い声とともに、ふわりといいにおいが立ち上った。
目の前のテーブルに、お茶の入ったカップが置かれる。顔をあげると、美青年バージョンのディーがにこりと微笑みかけてきた。
見かねて、お茶をいれてくれたらしい。
「ありがと、ディー」
「ルカ王子もいかがですか」
「ん……ちょーだい」
勢いのまま、離れにまでついてきてたルカにもお茶が出される。
ふたりでカップに口をつけると、同時にゆるんだため息が出た。
「さすがディー、お茶まで完璧においしい」
「こんなに茶がうまいと思ったの、初めてかも」
「お粗末様です」
謙遜しながらも、従者はドヤ顔だ。
「緊張していて、水分補給をすっかり忘れていたでしょう。こういう時こそ、しっかり飲んで、食べなくてはいけませんよ」
「はあい」
ディーの言うことはもっともなので、素直に返事をする。
サラお義姉様だけでも手一杯なのに、私たちまで倒れたらお医者さんも迷惑だもんね。私たちもしっかりしないと。
「君たち、ここにいたんだね」
ひょこ、とジルベール兄様が部屋に入ってきた。
ディーがすっと振り返る。
「ジルベール殿下、お疲れさまです。ちょうどお茶をいれたところですが、召し上がりませんか」
「助かる~……俺にも一杯ちょうだい」
へにゃ、と眉を下げて笑うジルベール兄様の前にも、カップが置かれた。
「いいお茶だね。なるほど、こういうことをしてもらえるなら、人間の姿も悪くないなあ」
「おほめにあずかり、光栄です」
ディーの返事に、ジル兄様はまたへにゃっと眉を下げた。
「こっち来て大丈夫だったのか?」
ルカが不思議そうにジル兄様を見た。兄様は困り顔で肩をすくめる。
「王子として、サラ義姉さんを襲った侍女の尋問をするつもりだったんだけどねえ」
「何かあったの?」
「というか、何もないからこっちに来たんだ」
お茶を飲んで、さっきの私たちみたいに大きなため息をつく。
「侍女を牢屋に運んで、意識が戻ったところで質問を始めたんだけどさあ……彼女、自分が捕まったって気づいたとたん、急に様子が変わっちゃって」
「変わった?」
「いきなり人形みたいに無表情になって、そこから何の反応もしなくなっちゃった。声をかけても、頬を叩いても、リアクションゼロ。意識はあるみたいだけど、まともなコミュニケーションが成立しないんだ」
「それは困るわね」
むう、とジル兄様は眉をひそめる。
「演技でやってるのかな、って思って、すこーし……手荒な手段もとってみたんだけど、それにも反応がなくてねえ」
手荒な手段、については追及しないでおいた。
ファンタジー世界の尋問に、人権意識などあるわけがないから。
「それも呪いの類かもしれませんねえ」
いつの間に出現したのか、女神がのんびりと会話に参加してきた。
ちゃっかり、ジル兄様の隣に座っている。
ディーが無言で女神の前にもお茶を置いた。彼女はにこにこ顔でカップを手にとる。
「うぉっ……女神がいんのか」
ルカが顔を引きつらせる。彼にとっては、突然ティーカップが浮いたようにしか見えなかったらしい。
「侍女が何の反応もしないのは、呪いのせいじゃないかって言ってる」
「俺もその可能性は考えてた」
ジル兄様はちらりと女神に目を向ける。
「女神様は呪いを解くお力も持ってらっしゃるんですよね。あとで、侍女を見ていただくことは可能でしょうか?」
「いいですよ~」
「侍女の頭の中身が無事ならば、ですが」
ディーがひっそりとつっこみをいれる。私は従者の顔を見上げた。
「無事ならば、ってずいぶん不穏なこと言い出すわね」
「当然の可能性です」
ディーは小さく息をついた。
「あの侍女は、人の記憶や意識を操作する力を持っていました。おそらくですが、捕まったと気づいた瞬間、その力を自分に向けたのではないでしょうか」
「自分で、自分の意識を壊した?」
「だとすれば、突然無反応になったことに説明がつきませんか」
私はうなずく。
自意識が壊れたのなら、反応できなくなってしまうのは当然の話だ。
「……生きてはいますが、自死したようなものですね」
「むむむ……それだと、治療するのは難しいかもしれませんねえ」
女神は眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた。
ジル兄様が目を見開く。
「そうなんですか?」
「私の力でやれるのって、人に取りついた邪神の呪いを引っぺがすところまでなんですよ。呪いで壊された脳や魂を治すのはちょっと……」
言われてみれば、獣人の服従の呪いを解いたときも、彼女は呪いの話しかしてなかった。
意識を取り戻した獣人たちが、理性的に私たちと会話できてたのは、呪いにはかけていても、頭の中までは壊していなかったからなんだろう。
「でも、これはあくまで推測ですからねえ。一度しっかり状態を確認して、できることがないか調べてみましょう」
「ご協力、感謝します」
女神の言葉に、ジル兄様がにっこり笑う。
そこに、ゴンゴン、とちょっと強めのノック音が響いてきた。
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