暗殺者を捕まえろ
「ジル兄様、あそこ!」
中庭に出ると、護衛の騎士や侍女を連れて歩く、サラお義姉様の姿が見えた。厳重に守られている彼女の姿をみて、ほっと息が出る。
ディーがさっと振り向いた。
「メイ、侍女は?」
「ええっと」
ふよふよと浮きながら、女神が視線をさまよわせる。
「早く」
「だから、私と邪神の力は相性が悪いんですってば。見えにくくて……」
「おい、あれ!」
なぜかついてきてたルカが声をあげた。
彼の指さす方を見ると、植え込みに隠れるようにして、侍女がひとり立っている。ブラウンの髪をきっちりまとめた年かさの侍女。女神が言い当てた通りの容姿だ。
あれ? でもこの侍女って、さっきも見たような。
「なんで俺についてた侍女があんなところにいるんだ」
だよね?
ルカ王子づきの侍女として、さっきまで部屋にいた女性だよね。私が入ってきたから、気を聞かせて席を外してくれてたけど。
だからって、お義姉様のところに行ってこいとは誰も言ってない。
「メイ?」
ディーがもう一度女神に声をかけると、女神は目を細めて侍女を凝視した。
「あの人です、運命が見えないの」
「確定ですね。ちょっと君!」
ジルベール兄様が声をかけた。
侍女はびくっと体を震わせ、そして走り出した!
「おい!」
侍女にこちらの静止を聞く様子はない。まずい。こちらの意図に気づかれた。
彼女は一直線にサラお義姉様へと走っていく。護衛の騎士や侍女たちが、いっせいに不審者に向かってふりかえった。
「お前……!」
しかし、彼らは武器を構えることはできなかった。
「あああああっ!」
侍女が髪を振り乱しながら叫ぶと、ばたばたとその場に倒れていく。
何が起きたかはわからない。
しかし、彼女が原因なのだけはわかった。
きっと関係者たちの記憶を奪っていた力をどうにかして、彼らの意識までも奪ったのだろう。
正体がバレた暗殺者は、なりふり構わずお義姉様に向かっていく。
「ディー!」
私の叫びに反応して、ディーが走り出した。
走りながら、子ユキヒョウはするすると輪郭を変えていった。真っ白な毛並みは、白い神官服へ。もこもこの四肢は、すんなり伸びた大人の男性の手足へ。
人へと姿を変えたディートリヒは、人間離れしたスピードで侍女へと迫る。
でも、人間離れしているのは侍女も同じだ。
獣じみた動きで、サラお義姉様へと向かう。
「来ないで!」
お守りを握りしめてお義姉様が叫んだ。彼女の手が一瞬虹色に輝く。
その瞬間。
「ぎゃんっ!」
びたんっ! と侍女が地面にたたきつけられた。
「え……?」
石畳の隙間に、足をひっかけてコケたらしい。
信じられないことに。
そして、コケて地面に激突した拍子に、侍女の手から武器がすっぽぬけた。金属でできたナイフっぽいそれは、ごん、がん、と中庭の隅に置いてあった農具にぶつかる。武器が当たった農具が倒れ、横にあった木材を倒し、さらにその横にあったテーブルが倒れた。乗っていた花瓶がシーソーの要領でふっとばされ、城の窓に当たり、そこから転がっていって屋根板にぶつかり、連鎖的に次々と屋根板が外れたかと思うと、すぐ下の物置に当たってバウンドし……最終的に、侍女の上に瓦礫がいっせいに降り注いだ。
「ぎゃあっ!」
突然起きた予想外の状況に、受け身を取ることもできずに侍女は倒れ伏す。
「サラお義姉様!」
すぐそばにいたサラお義姉様は全くの無傷だった。周りで倒れている侍女や護衛にも、被害はない。重なった不運は、すべて暗殺者の侍女にだけ降りかかっていたのだ。
「どういうこと?」
「細かい事情はあとで。とにかく、犯人を拘束しましょう」
ディーが気絶している侍女の腕を持ち上げて、縛り上げる。
今は何が起きたか分析するよりまず、危険人物の排除だ。
「……これで、よし」
気を失ってる間に、侍女は両手足を拘束されてしまった。これでもう襲ってくることはできないだろう。
「彼女は俺が身柄を引き受けよう。倒れた人たちの介抱は……」
「呪いの解除は、私におまかせですよ」
ふふん、と笑って女神が前に出た。
「いたいの、いたいの、とんでいけ~」
相変わらず気の抜けるようなおまじないを口にする。
しかし、セリフがふざけていても、効果は絶大だったらしい。
騎士たちは次々に目を覚ました。
「あれ……?」
「なんでこんなところで?」
困惑しながらも、体を起こし始める。
暗殺者を拘束しながら、ジルベール兄様がにこっと笑いかけた。
「皆、ご苦労。ちょうどサラ義姉さんを襲う暗殺者を捕まえたところだ」
「え……?」
「暗殺者!?」
騎士たちが驚くのも無理はない。意識が途切れたと思ったら、なぜか王子と王女が侍女をひとり拘束してたんだから。
騎士たちへの説明は兄にまかせて、私はお義姉様に駆け寄る。
「お義姉様、お怪我はありませんか」
「え、ええ……あなたたちが駆けつけてくれたから」
サラお義姉様は紅い瞳を周りに向けた。
「でも、どうして突然、彼女が倒れたのかしら」
「それはちょっと私にもわからないです」
一瞬、ディーが何かしたのかと思ったけど、そうでもなさそうなんだよね。連鎖的に物が倒れてた時も驚いてたみたいだし。
「細かいことは、部屋に戻ってから……」
「つっ……」
今まで呆然と立っていただけのサラお義姉様がしゃがみこんだ。
「お義姉様?」
大きなお腹を押さえて、大きく息をつく。
その顔は真っ青だった。
無事に見えてたけど、実はさっきの襲撃で何かされてたんだろうか。
「今、お医者さんを呼びますね」
ふるふる、とお義姉様は首を振った。
「い、医者も……だけど、産婆を呼んで」
「えっ……」
よく見たら、しゃがみこんでいるお義姉様のドレスの裾が濡れていた。
「産まれる……」
「わああああああ」
私たちは、慌ててお義姉様を離れに担ぎこんだ。
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