雪那
「雪那が死にかけたことで、お父さんは育児能力を問われることになった。本当に雪那を育てていけるのか、って行政からたくさん調査が入ることになったの」
「家庭内のことに、そんなに関わるの? 行政が?」
「紫苑の生きてた国は、そういう決まりだったの。特に、父親だけの家庭だと厳しくみられることが多いみたい。雪那を孤児院みたいな施設にいれたほうがいいんじゃないか、って話も出てた。でも、その方針に一番反発したのが雪那だった」
入院したと聞いてお見舞いに行ったら、そこにいたのは児童相談所の職員相手に熱弁を振るう幼児だった。
「まだたった五歳の子が、法律や制度を持ち出して、父親の養育には問題がないって、ひとつひとつ理詰めで説明しててさ……いやーあれは、今思い出してもシュールな光景だったわ」
「異世界ってすごいな。こっちの幼児には、逆立ちしたって真似できない芸当だ」
「あはは、あっちの世界の子供にだってできないよ。雪那が飛びぬけて優秀だっただけ」
雪那は本当に小さなころから頭がよかった。
不器用な父親との二人きりの生活で、それでもなんとかいやっていけてたのは、雪那が特別聡い子供だったおかげだ。
「それで、男の子の主張は通ったの?」
「全然だめ。どれだけ筋が通ってても、所詮は五歳の子供の言うことだもん。父親をかばえばかばうほど、『子供に苦労させてる』って印象になっちゃって、ますます児童保護施設に預けようって話になっていっちゃうの」
「つらいなあ、それは」
「そこで、間に入ったのが一緒にお見舞いに行ってた、私のお母さんだった。一旦落ち着いて、話を整理しましょうって、その場でカウンセリングを始めたの」
実はうちのお母さんは、元小学校の養護教諭だったんだよね。子供の心のケアの専門家だ。
「その後、大人たちの間でどんな話があったのかはわかんない。中学生の私には難しすぎたから。でも、長い話し合いのあと、雪那は元の家で暮らせることになって、お父さんが仕事でいない時間帯は、花邑家で面倒を見ることになってた」
「君の家と一緒に育てることになったんだね」
「うん。だからご近所さんで、弟分」
私は、十五歳の時に出会った、五歳の男の子のことを思い返す。
「雪那はね、すごく頭がよくて、すごくかわいかったの」
私はそばでおとなしく控えているユキヒョウを見る。
「ディーそっくりの、きらきらの銀髪と透き通るようなアイスブルーの瞳をしてて、まるでお人形さんみたいだった。でも、性格は勝気で頑固で面倒くさくて! しょっちゅう喧嘩もしたなあ。それでだいたい私が負けてた」
「かわいがってたんだね」
「毎日一緒に遊んでごはんを食べて、本物の兄弟以上に同じ時間を過ごしてた。小学生になったあとも、自分が大学生になったあとも、面倒を見て……」
そこで言葉がつっかえた。
私と雪那はいつも一緒だった。
でも、ずっと一緒にはいられなかった。
「私が二十歳の時に、十歳の雪那を連れて買い物に出たの。コンビニで商品を選んでたら……突然強盗が入ってきた」
「あ……」
何の話をするのか、気づいたジル兄様が声をもらす。
女神は私の転生の話だけじゃなく、その死因も兄様に伝えていたから。
「その強盗は、最初から様子がおかしかった。金を出せって言ってる割には、店員の話を聞かないし、手当たり次第に棚にぶつかってるし。関わったら危ない、って思って雪那を連れて距離を取ろうとしたんだけど……突然『子供がいる!』って言って向かってきて、刃物を振り下ろされて」
「……」
「紫苑の記憶はそこでおしまい。自分はいいからとにかく雪那を守らないと! って気持ちだけが強烈に焼き付いてる」
女神も言っていたじゃないか。
紫苑の死因は御近所さんを強盗からかばっての刺殺だって。
私は雪那を抱きしめて、そのまま刺されてしまったのだろう。
「ひどい、経験をしたんだね」
「だから私は子供を……」
「だったら、なおさら君は落ち着かなきゃ」
ぐっ、と肩を強く掴まれた。
「誰かを救いたいなら、その気持ちに振り回されちゃいけない。自分で自分を支えられないんじゃ、誰にも寄り添えないよ」
「う……」
「そうですよ」
ぽん、とディーが私の膝に前脚を置いた。
「己の身も守れない者が、ただ凶刃の前に飛び出しても意味がない。何も考えずに、子供をかばった結果どうなりましたか?」
「それは、雪那が生き残って……」
「姉のように慕っていた女性を目の前で失った少年が、心にどれほどの傷を負ったと思います」
いつもの前脚ぽんじゃない。
爪が出ていて、ちょっと痛い。
「私が襲撃者に腕をちぎられたのを見て、この先平気な顔で生きてられる気がしない、って言ってたじゃないですか。同じ思いを、また周りにさせる気ですか」
私は首を振った。
助けなきゃ、行動しなきゃ、っていう衝動はまだある。
でもそれはそのまま解放していいものじゃない。
コントロールすべき感情だ。
「だったら、まず一度深呼吸してください。落ち着いて、自分のできること、できないことをわけてください。あなたが望むことなら、いくらでも協力しますから」
「はい……」
私は、大きく息を吐いた。
すう、はあ、と何度も深く呼吸する。
息をするごとに、ざわついていた気持ちが落ち着いていくのがわかった。
「よくできました」
くしゃ、とジル兄様が私の頭をなでた。
兄様も、ディーも、いつもの優しい顔だ。
「サラ義姉さんのことは、一旦俺に預けてくれる? 少し情報を集めてみるから」
「お願い、ジル兄様」
「大事な家族のためだからね」
にこっと笑ってジル兄様が立ちあがった。調査をするためだろう、颯爽とドアに向かっていって、かけていた鍵を外した。
そしてドアをあけて、騎士と鉢合わせしそうになった。
「わっ!」
「すみません!」
ちょうどノックをしようとしていたらしい。
ドアの外で、オスカーが手をあげたポーズのまま、固まっていた。
「ジルベール殿下、申し訳ありません」
「ごめん、俺も不注意だった」
ふたりはお互い謝りながら距離をとる。
「どうしたの?」
私は部屋の奥から声をかけた。
今日のオスカーは、いつもよりちょっとかっこいい。実家に戻って、しっかり身だしなみを整えてきたんだろう。立派な騎士の外套がよく似合っていた。
「陛下が、ディートリヒを呼んでる」
「私ですか?」
ディーがきょとんとした顔になった。
「対ワイバーン防衛策について、直接話が聞きたいそうだ」
「しかし、コレット様のおそばを離れるわけには……」
「行ってきなさいよ、ディー」
レイ兄様は国王だ。騎士たちを統べる王として、最新兵器の情報は掴んでおきたいはずだ。
「ちょうど、代わりの護衛も派遣されてきたことだし。ね、オスカー?」
使用人ではなく、わざわざオスカーが伝えに来たのは、そういう意味だろう。見上げると、幼馴染の騎士はぎこちなく笑う。
「ああ、剣にかけて、コレットを守ると誓う」
「……」
ディーはじっとオスカーを見上げたあと、ふっと視線をそらした。
「わかりました。コレット様のお望みのままに」
「よろしくね」
「何かあったら、呼んでください。普通では声の届かない場所でも、あなたが望めば伝わります」
そう言って、従者は音もなくドアの隙間から出ていった。
子ユキヒョウを見送って、オスカーがこちらを振り返る。
「暇なら、中庭にいかないか? ちょうど季節の花が見ごろだって、庭師に聞いたんだが」
「いいわね! 気分転換になりそう」
ついさっきまで、重めの話をしていたから、綺麗なものを見てリフレッシュしたい。
私はオスカーのエスコートで中庭へと向かった。
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