偽花嫁の顛末
「……!」
彼女の名前を聞いて、私は息をのんだ。
イースタンの第一王女、イーリス。アクセルの妹で、嫁いでいく私と入れ替わりに、ジルベール兄様の妻となるためにサウスティ入りしていた。
イースタンとサウスティで戦争が起きたとなれば、私と同様に彼女もサウスティ側の人質となるはずだった。
「イースタンから宣戦布告状が届き、コレットを人質にするとの連絡が届いた直後、私はイーリスを拘束するよう命令を出した」
それは国王として、当然の指示だ。
「どうなり、ましたか」
じわ、と手に汗が浮く。
レイナルド兄様の顔はこわばっていて、明らかにいい報告をするための表情じゃなかった。
「騎士が部屋に入った時には、すでにこと切れていた。イーリス姫が連れてきていた侍女も、護衛騎士も、全員示し合わせたかのように、同時に自死している」
「……」
「人質として利用されまい、との行動に見えるが……妙な点が多くてな」
ふう、とレイナルド兄様は息をついた。
「まず、死に方があまりに潔すぎる。本国から連絡があったとしても、姫君がそう思い切りよく死ねるものだろうか。いやそもそも、死を命じられるとわかっていて、嫁いでこれるものだろうか」
レイナルド兄様は、さらに眉をひそめる。
「寝泊りしていた部屋にも不審点が多い。所持品を改めてみたところ、薬物や隠し武器など、姫君らしからぬ物騒な品物がいくつも発見された。彼女が持参品としてこちらに献上してきた品々からも、毒物が発見されている」
レイ兄様の話を聞いている私たちも、しかめっつらになる。
アクセル王子がサウスティとイースタンの婚姻をまともに結ぶつもりがなかったのは知ってたけど、まさかそこまでやってたなんて。
「死んだ女の行動が、事前に調査したイーリス姫の人物像とあまりにかけ離れている。何があったかまではわからないが、最低でもあの女は姫君とは別の人物だったのではないか、というのが私の結論だ」
お前ならどう見る、と視線を向けられて私は顔をあげる。
「お兄様の推論はあたっています。サウスティに送られたイーリス姫は偽物。本物は、いまだイースタンの王城にいらっしゃいます」
「断言する根拠は?」
「脱出の折に、直接お会いしましたから」
私は続けて言葉を重ねる。
これだけは、ちゃんと伝えなくては。
「実は、王城から逃げ出す私に手助けをしてくれたのが、イーリス姫だったのです。路銀や変装用の衣装など、旅に必要なものを一通り用立ててくださいました」
「敵国の姫が、お前を助けた?」
レイナルド兄様が目を丸くする。他の家族も同じようにきょとんとした顔になった。
「イースタンの王族全員が、戦争に賛成しているわけではないのです。イーリス姫は、結婚式を利用して人質を集めた兄を批判していました」
「だとしたら、この国に影武者が送り込まれたのも……」
「アクセル王子の独断です。イーリス姫本人は、ジルベール兄様との婚姻を望んでいました。しかしイースタンを出る直前に、軟禁されてしまったようです」
「なるほどねえ」
ジルベール兄様が、へにゃっと眉を下げて笑った。
「ようやく腑に落ちたよ。何度も手紙を交わしていたのに、会ってみたら全然印象と違ったから。手紙の交流なんてこんなものかと思ってたけど、全然別人だったわけだ」
「イーリス姫は、兄様のことを知的で落ち着いてるって。兄様みたいな人に嫁げたら、どんなに幸せだろう、って言ってた」
リビングにきまずい沈黙がおちる。
国同士が対立している今になって、彼女が善人だと聞かされても、もう遅い。
「戦端が開かれた以上、もうイーリス姫とジル兄様の縁が結ばれることはない、と私も思います」
本人の意志はどうあれ、イースタンは我が国に偽花嫁を送りつけてきた。
これほどの無礼を働いた国の姫を、受け入れることなどできない。
それは私だってわかってる。
「でも、戦争はイーリスの意志ではありません。アクセル王子の野心であり、イースタン王宮を洗脳した、アギト国王女エメルの悪意です」
私はソファから立ち上がった。
「これから、イースタンとの本格的な戦闘が始まると思います。王城に攻め入ることもあると思います」
兄に、サウスティ国王に深々と頭をさげる。
「ですが……イーリスだけは、彼女だけには刃を向けないでくださいませんか。敵だらけのイースタンで、彼女だけが私に手を差し伸べてくれたんです。城を出る前に、女神の加護を分けてきたから、彼女は今も正気でいるはずです」
兄様は、何も答えなかった。
リビングを再び重い沈黙が支配する。
私は、いてもたってもいられなくて、声をあげた。
「兄様」
「戦争に絶対はない」
「……それは」
「イースタンと対立しているのは、うちだけじゃない。王城に最初に乗り込むのが、サウスティとは限らない」
「そう、ですね……」
イースタンは、北のノーザンランドにも南のオーシャンティアにも戦争をしかけていた。近隣のどの国が、どう攻め入っていくか、まだ状況は明らかになっていない。
レイナルド兄様は、はあ、と重いため息をついた。
「だが、我らサウスティの騎士団は、うちの末っ子王女が受けた恩を、仇で返すことはない、とは言っておこう」
「お兄様!」
私はがばっと顔をあげた。
レイナルド兄様は、困り顔で額に手を当てている。
「お前の『お願い』にはかなわんからなあ……それに、イーリス姫のおかげで帰ってこれたのは、事実のようだし」
「お兄様、大好き!」
「だが期待しすぎるなよ? さっき言ったように、こっちの手の届かない事態が起きる可能性は高いし、現場の騎士が首尾よくイーリス姫を保護できるかわからない。あくまでも、努力目標だ」
「それで充分です!」
それでも、サウスティ軍を統べる国王に、イーリスを積極的に害さないと約束してもらえたのは大きい。
いつかのための、大事な一歩だ。
「俺からの話はこれで終わりだ。今日はもう疲れただろう、戻って休むといい。食事は部屋に運ばせる」
「ありがとうございます、お兄様」
ずっと旅してきた私たちはもうへとへとだ。
家族は大事だけど、大仰な食事会をするほどの体力は残っていない。人目を気にせず部屋で食事できるのはありがたかった。
「では、休ませてもらいますね」
私たちはそれぞれ、用意された部屋へと向かった。





