兄の疑念
「こんなに速く走ってるのに、全然ゆれを感じないね。雲の上を飛んでるみたいだ」
大型車両を運転する私の横で、ジルベール兄様が声を弾ませた。好奇心旺盛な兄は目をきらきらさせながら、窓の外の景色を眺めている。
出発直前に声をかけてきた兄は、あれよあれよという間に乗り込んできて、結局一緒に乗っていくことになってしまった。
ちらりと横を見ると王子様らしい軍服に身を包んだ金髪碧眼の美青年が、シートベルトを締めて助手席におさまっている。
シュールだ。
「指揮官として、帰城の隊列をみてなくていいの?」
運転しながら訪ねると、ジル兄様はにこっと屈託なく笑った。
「俺は、王族の権威を示すためのお飾り大将だからね。具体的な指示出しや兵の管理はダリウス卿にまかせたほうがいい。兵もそっちのほうが気楽だろうし」
自分で自分のことをお飾りと言ってしまってるけど、いいんだろうか。
確かに、ジルベール兄様は貴族間の調整を得意とする政治家タイプで、最前線で兵を率いる騎士タイプじゃないけどさ。
「それに、王都に戻る前に一度、妹とふたりきりで話したかったからね」
「え……」
「行軍用のテントのじゃ、誰が聞いてるかわからないでしょ。その点、この車の中なら安心だ」
『……ジルベール殿下』
ぼそり、とディーの低い声が割って入った。
車内で直接発した声じゃない。ロボットのコクピットからスピーカーを通して届けられたものだ。
同席はしてないけど、声は聞こえてるっていう意思表示だろう。
「ああ、ディートリヒとは会話がつながってるんだ。まあいいか……君なら、コレットを悪いようにはしないし、他にも漏らさないだろうから」
「ジル兄様?」
言葉の端々に不安なものを感じて、私はちらりと兄を見る。それじゃまるで、妹相手に他には聞かせられない話をしようとしてるみたいなんだけど。
「コレット。俺はね、戦場で再会してからずっと尋ねたかったことがあるんだ」
「……何、兄様」
「君は、本当にコレットなのか?」
「……!?」
思わずアクセルを全力で踏み抜きそうになり、直前で思いとどまった。
「にい……さま……?」
息苦しい。心臓がドクドクを早鐘を打っていて、今にも張り裂けそうだ。
兄に。
家族にそんなことを言われるなんて。
「私、は私……だよ?」
ジル兄様は苦笑する。
「もちろん、君を妹だとは思ってる。少し痩せて髪が短くなったけど、そのかわいい顔は間違いなくコレットだ。オスカーやルカ王子と話している姿は、イースタンに旅立つ前とまったく変わってない」
「だったら……」
「でも、ディートリヒと話す君は違う」
断言する声は硬い。
「俺の知らない顔で使命に立ち向かい、俺の知らない言葉で話す。今だってそうだ」
ジル兄様はハンドルを握る私の手をじいっと見つめる。その目は真剣そのものだ。
「俺の妹は体を使うことは苦手で、乗馬がとても下手だ。こんな風に大きな鉄の塊を自在に操る術はもってなかったはずなんだ」
車内に、兄様のため息だけが静かに響く。
「……俺は、君をどうとらえればいい?」
「それは」
言葉が、出なかった。





