かえりたい
「ええと……それで故郷ってどこにあるの?」
「イースタンとアギトの国境の北、お前たちが霊峰と呼ぶ山の中だ」
私は頭の中に地図を思い浮かべる。
「北東の方角ね……ここから向かうとしたら、一旦北に出てノーザンランド経由で向かうのが安全かしら」
「何度か関所を越えることになりますね。特殊な見た目の彼らが通行できるでしょうか」
サイラスが心配げに獣人たちを見る。フードとマントを着せれば、耳もしっぽも隠せなくはない。けど、関所の取り調べでネコミミがバレたら、面倒なことになるだろう。
「ジル兄様にお願いして、身分証を発行してもらいましょう。ノーザンランドは友好国だし、王弟直筆の添え書きがあれば、深くつっこまれたりはしないんじゃない」
わざわざ路銀まで持たせて送り出しておいて、途中で捕らえられたりしたら寝覚めが悪い。帰すと決めたからには、しっかり帰ってもらわないと。
「うぅ……!」
ざっ、と灰色の毛並みの獣人が跪いた。黒の毛並みの獣人も同じように跪く。
「ありがとう……異国の姫君よ。あなたの慈悲に心から感謝する。この恩は末代まで報いると誓う」
「そこまでしなくていいわよ。集落で元気に長生きしてくれればそれでいいから」
「獣人の能力を欲しがるものは多いんだが。欲がないな、姫君は」
「戦力は間に合ってるからね」
若手最強騎士オスカーと、人外神官ディーのふたりを従えておいて、これ以上望む力なんてない。
「では、彼らの帰郷の手配は引き続き私が担当しましょう」
「ありがとう、サイラス」
つくづく、老騎士の手際のよさに頭があがらない。
王城に戻ったら、その分追加ボーナスを出さなくては。
「身分証の件は、私が直接ジル兄様にかけあうわ。えっと……身分証に書く名前は、スニフとネイル……でいいんだっけ」
私はエメルが口にしていた名前を思い返す。
「うぅ!」
ブンブン、と灰色の毛並みの獣人が首を振る。黒の毛並みの獣人も嫌そうに顔をしかめた。
「それはあいつが勝手につけた名前だ。俺は大樹の庵のアインス、こいつは、泉の守のドライだ」
「呼び名とは別に名前があったのね」
「俺たちは、家族の中に生まれた順に名前を付けるんだ。俺は大樹の庵の一番目、ドライは泉の守の三番目」
「なるほど?」
一郎、次郎、みたいなものだろうか。
でも集落全体でその名づけだと、そこら中アインスだらけになるのでは。でも、長く続く名づけなら、文化として守るべき何かがあるのかなあ。
しかし、彼らを捕まえたアギト国に、文化を配慮する意識はなかったらしい。
「あいつら、捕まえた奴隷がアインスやツヴァイばかりだからって、勝手に呼び名をつけやがるんだ。逆らえないからって、バカにして……!」
それでつけたのが「スニフ(くんくん)」に「ネイル(爪)」なのか。ネーミングセンスもなにもあったもんじゃない。彼らを同じヒトとして扱う意識がないのがありありとわかる名前だ。
「安心して。サウスティが発行する身分証には、ちゃんとアインスとドライって書いてあげるから」
「うぅ……」
灰色の毛並みの獣人、ドライはごそごそと服の中を探ると、何かを取り出した。手の平にのせて、私に差し出す。
「何これ?」
それは小指の先くらいの黒い塊だった。黒曜石のような輝きと鋭さを持っている。
「ドライの爪だ」
「ふえっ!?」
そんな大事なものいきなり出さないで?
爪はちゃんと指先につけておいて?
私の驚きようがおもしろかったのか、黒の毛並みの獣人、アインスはくつくつと笑う。
「大丈夫だ。以前エメルにはがされたのをとっておいたやつだから。ドライの手には新しいツメがある」
「それなら安心……とはならないんじゃないかな?」
生え替わったあととはいえ、いきなり生爪渡されても困るんよ。
「何もかも奪われた俺たちに、ささげられるものはそれくらいしかない。持っていてくれ、それを見せれば、どの獣人でもあんたの言葉に耳を傾けるだろう」
「生爪はがして拷問した犯人とか思われない?」
「う……」
ドライは、私の手にそっと黒いツメを握らせる。
大丈夫、と言いたいらしい。
「わかりました……ありがたく、受け取ります……」
私はされるがまま、ドライの爪を手に握りこんだ。
彼らは元奴隷。
貴重品はおろか、身分を証明するものすらない。
そんななかで精いっぱいのお礼として渡されたものを、拒否できなかった。
見た目が爪っぽくないのがせめてもの救いだ。
「まずはごはんを食べて、少し休んでちょうだい。故郷に帰る体力をつけなきゃね」
「う!」
初めてドライがにこっと笑った。
髪が伸ばしっぱなしでボサボサだからよくわからなかったけど、もしかしたら素顔は結構かわいいのかもしれない。
「アインス、ドライ。私についてきてください」
サイラスが声をかけると、ふたりは素直に後をついてテントから出て行った。
私も立ち上がる。
「ジル兄様と話してこなくちゃ」
獣人ふたりの願いをかなえるため、私は兄の天幕へと向かったのだった。
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