兄との再会
私は主操縦席の座席からユキヒョウの体を拾い上げた。抱きしめると温かく、とくとくという鼓動が伝わってくる。呼吸もちゃんとしているようだ。
「よかった……生きてる……」
ほうっ……と、自分でびっくりするくらい大きなため息が出た。
ディーがいなくなる。
そう思った瞬間、ぞっとした。
目覚めた時からずっとそばにいて、守ってくれた絶対の庇護者が消失する。その恐怖に背筋が粟立った。
私は、私が思ってたよりずっと、ディートリヒに依存していたらしい。
今もユキヒョウが何の反応も返さないのが怖くて仕方ない。
嫌だ。
行かないで。
側にいて、守って。
でも。
「ここまで、守ってくれたんだから」
私は顔をあげた。
ディーは私のためにギリギリまで頑張ってくれた。
ここからは、私が頑張らなくちゃ。
ディーを守るためにできることを考えよう。
「はあ……」
まずは大きく深呼吸。
それから、コクピットの前に広がるモニターに目を移した。
一応モニターとは言ってるけど、一般的なパソコンのモニターと、コックピットのモニターは仕様が大きく違う。半球状に湾曲したコクピットの壁いっぱいに液晶面が貼り付けられたものだ。肩や頭部に取り付けられた複数のカメラで撮影した画像を合成して映すことで、まるで大きな窓越しに外を覗いているような景色を映し出しているのだ。
外では、サウスティ騎士たちが遠巻きにこちらをうかがっている。
神の遣いと崇めていても、こんな巨大なものに近づくのは怖いのかもしれない。
その人の波が割れた。
騎士たちがあけた道を通って、ひときわ立派な鎧装束を身に着けた騎士が、馬に乗ってやってくる。その後ろにも体格のいい騎士が何人も付き従っていた。
騎士の姿を見て、思わず涙が出そうになる。
それは半年前、嫁入りの時に別れを告げたはずの、家族だったから。
「ジルベールお兄様……!」
私と同じ、きらきらと輝く金の髪に緑の瞳。
間違いない、二番目の兄、ジルベールだ。
運命の女神も、ジル兄様が戦場に来ていると言っていた。ワイバーンを撃退した巨大なロボットを見て、状況を確認しに来たんだろう。
「よ、よし、出よう」
ジルベール兄さまは、この世で一番信用できる家族のひとりだ。今なら確実に保護してもらえるはず。
私はタブレットを操作した。
がくん、とコクピットが下に移動する。
外ではジルベール兄様に向かってロボットが膝をついていた。
護衛の騎士たちが油断なく武器を構える中、ジルベール兄さまはじっと緊張した顔でこちらを見上げている。
「コクピットの開閉は……これ!」
もう一度タブレットを操作すると、モニターの電源が落ちた。ふっと一瞬辺りが暗くなる。でも、怖がる必要はない。すぐに、コクピットそのものが開くからだ。
ウイィ……とかすかなモーター音をたてながら、ロボットの腹部装甲が開く。
どよめきが直接耳に届いた。
完全に開いたコクピットから顔を出すと、外にいる兄様たちと目があった。
「ジルベールお兄様!」
私は、兄の名前を呼びながら、操縦席から立ち上がった。
子ユキヒョウと、タブレットを抱えてそこから降りる。
「と……っとっ!」
乗る時はディーに抱っこされてたから気づかなかったけど、人型ロボットのコックピットから降りるのって、結構怖いな?
高さがあるし、普通の車と違って捕まるところも足を乗せるところもついてない。
しかも両手はユキヒョウとタブレットでふさがっている。
「コレット!?」
金髪の青年が走り出す。
私がコケる寸前で、お兄様が体を受けとめてくれた。
「あ……ありがとう、お兄様」
「お前、コレット……? コレットなんだな?」
抱きとめた今でも、目の前の光景が信じられないらしい。顔をこわばらせたままの兄に向かって、私は笑いかけた。
「そうだよ。ただいま、お兄様」
「コレット……よく生きて……!」
ぎゅうっと抱きしめられた。
すぐ傍に家族がいることを実感して、私も胸がいっぱいだ。
私を抱いていたお兄様は、はっとしたように少し体を離すと、まじまじと私を見た。
「だが、無事というわけでもなさそうだな。あの綺麗だった髪が……誰がこんなことを」
「これは、自分でやったの。追手の目を引く長い金髪は邪魔だったから」
「それは切られたのと同じだろう。他に怪我は?」
「ないわ」
「そうか……」
ほう、とお互い安堵のため息を漏らしてから、目を見合わせた。
騎士たちが、私と兄様をじっと見つめている。
神の遣いから、ユキヒョウを抱えたお姫様が出てきたら、事情を知りたくなるよねー。
「コレット、無理しなくていい」
「ううん、これは私がやるべきことだから」
私は兄さまから一歩離れて、騎士たちに向き直った。
望むと望まざるにかかわらず、私は運命の女神の聖女になった。世界を救うためには、これから嫌が応にも人前に立たなくちゃいけない。
兄の後ろにいてはダメだ。
背筋をのばして、大きく深呼吸する。
落ち着け。
今まで紫苑の記憶にひっぱられてたけど、本来コレットは大国サウスティの王族として育てられたお姫様だ。
嫁ぎ先では単なる王子妃としてではなく、二国間をつなぐ外交官の役割を果たす予定だった。人前でのふるまい方は教えられている。
「サウスティの騎士よ、悪しきワイバーンから国を守るための戦い、ご苦労でした」
王女然とした言葉に、騎士たちがざわつく。
「私は、コレット・サウスティ。あなたがたが仕えるサウスティ王家の末姫です」
私の宣言にさらに騎士たちがざわつく。
言ってはなんだけど、今の私の格好はボロボロだ。着ているものは粗末だし、髪だって短い。情報伝達が未熟なこの世界では、そもそも深窓の姫君だった私を見たことのある騎士が少ない。突然の宣言だけでは、信用できないんだろう。でも、直前にジルベール兄さまに抱きしめられる姿を見ているから、否定もできない。
そう思っていたら、騎士のひとりが私に向かって膝をついた。
「皆の者、頭が高い! コレット姫様の御前なるぞ!」
低く、大きな声が響く。
騎士たちは反射的に声に従い、そろって膝をついた。
「騎士団長……」
最初に膝を折ったのは、オスカーの父、騎士団長ダリウス卿だった。軍のトップが認めたのなら、その下の騎士は全員従うほかない。
タイミングぴったりの援護射撃に、心の中でお礼を言ってから話し始める。
「私はイースタンの第一王子アクセルに嫁ぐため、かの国に向かいました。しかし、それは彼らの罠! 結婚式の直前に裏切られ、人質として捕らえられました」
裏切り、人質の言葉に騎士たちが緊張する。
自国の姫に対する仕打ちに怒りを覚えているんだろう。
「しかし、運命の女神は私を見捨てませんでした。この世界を救う聖女たれ、と天啓をもたらし、奇跡の力を授けてくれました。私がイースタンの手を逃れ、ここまで戻ってこられたのは、ひとえに女神の加護によるものです」
騎士たちがどよめく。
普通の状況なら、何をバカなことをと言うところだろう。
でも彼らの目の前には、異常な化け物を撃退した、奇跡のロボットがいる。
「この白く輝く鎧も、女神から賜ったもののひとつです」
私はディーを抱えなおすと、タブレットを操作した。
コクピットが閉じて、巨大ロボットは元通り直立する。
「あなたがたを襲った悪しき魔物を倒すため、女神の力で顕現させました。危ういところでしたが、わが国に仕える騎士たちを守れてよかった」
私がほほ笑むと同時に、騎士団長が声をあげる。
「コレット様が女神の聖女とは、なんとめでたい! みな、姫様を称えよ!」
「コレット様万歳!」
「女神様! 聖女様!」
騎士団長の声にあてられて、騎士たちが口々に叫び出す。
あまりに声が大きすぎて、耳が痛いくらいだ。
ちょっと待って。
聖女としてある程度認められたいとは思ってたけど、ここまで盛り上がる必要はないんだってば。
全員、戦闘からの生存ハイになってない?
どう収集をつけようかと思っていたら、馬の蹄の音が割ってはいった。
ドドッ、ドドッ、と重い音が近づいてくる。
馬に乗っているのは、黒髪に琥珀の瞳をした大柄な青年。
オスカーだ。
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