仮説(オスカー視点)
俺たちはそろって首をかしげた。
「まず気になったのは赤毛の子供、というところだが」
俺が言うとオズワルドが苦笑した。
「店主によると、子供は男子ではなく、女子でしたね」
「しかし……」
サイラスがまだ首をかしげたままため息をつく。
「ルカ王子はまだ十歳です。地位にも財産にもよらず、ただ美貌だけでオーシャンティア王の寵愛を受けた側室の産んだ第三王子であれば、少女と見紛うような美少年である可能性があります」
「男子が女のフリをしている?」
「変装は逃亡の基本でしょう」
騎士家に育った俺には、まったく考えつかない手段だ。
「だとしたら、姉を名乗っていた女性がコレット姫様でしょうか?」
「しかし、彼女の髪はストロベリーブロンドだ」
多少赤みが勝ってはいるが、陽の光を受けて淡く薄紅に輝く髪を見て『赤毛』という者はいないだろう。それに、店主も「ふたりとも燃えるような赤毛」と言っていた。
「……染めて色を変えていたらどうです」
ぽつりとサイラスがつぶやく。
それこそ俺には想像の及ばない手段だ。
「コレットが……女が髪の色を、染める?」
あの見事な金をわざわざ別の色で汚すなど、ありえない。
「変装は逃亡の基本です。姫君の金の髪は特に目立ちますから」
「隠そうとして、別の色に染め変えたとしてもおかしくない……か」
「コレット様の髪は色が淡いぶん、他の色に染めやすい。赤ならなじみやすいのではないでしょうか」
「銀の髪の神官のことは、どう説明する?」
サイラスは懐から手配書を出した。
「逃亡中の人質の中に、ノーザンランドの要人が何人か含まれています」
「北方の民は、色の薄い者が多いからな。その中のひとりか?」
俺は今までの話を頭の中でつなぎ合わせる。
「総合すると……女装した赤毛のルカ王子と、髪を赤く染めたコレットが、神官を装った銀髪のノーザンランド人を連れて、国境を目指していることになるんだが」
「……」
サイラスとオズワルドは、返事をためらった。
その気持ちはわかる。
出来上がった絵が荒唐無稽だったからだ。
「これは『ルカ王子が女装』し、『コレットが髪を染め』て、『銀髪の男を連れていた』場合にのみ成り立つ仮説だ。憶測が多すぎる」
「彼らをコレット様たちだ、と結論づけるのは危ういでしょうな」
商人の姿の老兵は首を振った。
御者役のオズワルドは軽く手をあげる。
「しかし、国外を目指す人々の流れを追うのは悪くない方針だと思います」
「なぜそう思う?」
「私たちと同様に、コレット様もこの国には土地勘がありません。探されているとわかっていても、街道から大きく外れるようなことはしないでしょう」
「知らない土地で道に迷ったら、それこそ身動きが取れなくなるからな」
「そこで、屋台の店主の言っていた移動方法です。人に紛れるために、乗り合い馬車や、隊商など、庶民の乗り物を利用している可能性は大いにある。私たちは国境に向かって移動し、すれ違う乗客を調べるのです。コレット様たちが変装をしていても関係ありません、幼馴染であるオスカー様なら、お互いに顔を見れば本人だとわかるのですから」
「当たってみる価値はある……か」
俺はうなずく。
「他に手がかりもない。とにかく行動しよう」
俺たちは街の出口へと足を向けた。
そこには、隊商を装うために用意した馬車が預けてある。長距離を移動するなら、やはり自分たちにも馬車が必要だ。
「この料理はどうする?」
俺は聞き込みのために買った炊き込みご飯を抱えなおした。十人分とあって、結構な量だ。今日の昼飯にするとしても、食べきれるだろうか。
「そうですね。貧民エリアの適当な子供にでもあげてしまいましょう」
サイラスはきっぱりと廃棄を宣言する。
「自分たちで食わないのか? なぜ」
「その料理の主な材料は、東方から最近入ってきたというコメです。オスカー様はもちろん、私も食べたことがありません。異国の地で食べなれないものを食べて、腹を壊しては作戦行動に支障が出ます」
「わかった」
少しもったいない気もするが、仕方ない。
俺は屋台の店主に心の中だけで謝罪した。
「念のために、口にいれるのは食べて大丈夫と確信の持てるものだけにしてください」
「そうだな……」
離しながら大通りを急いで歩いていると、ざわ、と急に街が騒がしくなった。
「うん?」
何事かと足を止めて振り向く。
通りを行く人々はある一点を見て、口々に何かを囁いていた。
彼らの話題のもとが何なのかは、すぐにわかった。彼らの視線の先から女がひとり現れたからだ。
大きな黒い馬に乗った、黒髪の女だ。
一目で異国の民とわかる象牙の肌に黒い瞳。鮮やかな赤い花が刺繍された上着を羽織っている。彼女はスカートのかわりにゆったりとしたズボンをはいて、男のように堂々と馬にまたがっていた。
「エメル様だわ」
「やはりお美しいわね」
彼女を見た女たちが、うっとりと囁く。
その名前には聞き覚えがあった。
恥知らずにもコレットとの婚約破棄を宣言してきたアクセル王子が、花嫁として迎えようとしている女だ。
これが。
コレットから婚約者を奪った女。
「スニフ、ネイル、ついてきなさい」
エメルは後方に声をかけた。
従者らしい人物がふたり、それぞれ馬に乗って女に付き従う。
彼らはどちらも頭からすっぽりフードをかぶっていて、顔はおろか、男か女かもわからなかった。フードの人物のひとりの腰から灰色の毛の生えたベルトのようなものがはみ出している。妙なアクセサリーだ。
「オスカー様」
ぽん、とサイラスが俺の肩に手を置いた。
「お気持ちはわかりますが、今は……」
「わかっている。復讐よりもまず、先にやることがある」
俺たちはコレットの姿を求めて、また移動を始めた。
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