Deviance World Online ストーリー6『三つの四つ目』
本質的に重要なのは、黒狼の目的とモルガンの目的の違い。
そして血盟の目的が異なる事、この事実が黒狼の計画。
そしてその事実を秘匿する理由に繋がる、とはいえだ。
「ここを選んだ理由とは」
「神父なんだ、罪を聞くのには慣れてんだろ」
「別に私は真っ当な神父という訳ではありませんが、まあいいでしょう」
態々他人に聞かせる必要も無い、結局はその計画の8割も遊び心だ。
ただし残る2割は戦意沸る黒狼の敵意から生まれるモノであり、確実に殺すという殺意の表明でもある。
少なくとも、ソレほどまでに黒狼はアルトリウスを倒すと志していた。
「まぁ、座れよ。立ち話もアレだ、それ座れよ。ここまできて随分と、疲れてるんだろう?」
「指図される謂れはありません、殺すなら殺しなさい」
「話が見えてきませんね、最初から話してもらっても?」
「構わねぇぜ? とは言え、話すと長くなる」
話は、ベータ版まで遡る。
物語の発端はモルガンが旧グランド・アルビオンの湖に訪れた事だ。
ソレによりモルガンは先史文明の最後の生き残り、ヴィヴィアンと接触し聖剣伝説の真の姿を知る事となる。
「ふむ、質問です。今の口ぶりだと現在のグランド・アルビオンとベータ版のグランド・アルビオンは全くの別物だと言う風に聞こえますが」
「はい、全く異なるモノです。古い伝承、とある民謡によれば遥か昔に数千に及ぶ異邦人がこの大地に訪れました」
「そして様々な文化や文明の残り香を残し消えた、同時に暫くして遷都が行われた所までは間違いないな」
そう、遷都が行われた。
ここはベータ版で探索が行われた世界では無い、全くの姿形を変えたある種の異世界だ。
と慣れば、神父の脳内には疑問が宿る。
この世界は単純に演算された世界であると決めつけて良いのだろうか、いやそうでは無いはずだ。
ハッとして黒狼を見る、黒狼は神妙な面持ちで肯定した。
「この世界は単純に演算されたゲームでは無い、と」
「演算された世界だとは思うぜ、ただしこの規模の世界を作るのに何年の演算が行われてるのかって話だな。世界最強のスパコンを使って人間の感覚をほぼ完全に騙せる世界を作るのに3年は必要とされてる、ここまで完璧に全てを騙してくる世界の場合は何年かかる?」
「軽く見積もって20、いや50?」
「何方もノー、答えは1000年だ」
まさかと顔を歪める神父に、黒狼は凡そだがなと返す。
実際に同様の見解を『探究会』も『狐商会』も有しており、だからこそ至った推論に真実味が増してきた。
もしかすれば、運営すらも現状の事態を管理しきれていないのでは無いかと言う。
強ち、間違いでは無いはずだ。
辻褄は合う、目の前にいる害悪プレイヤー筆頭や世界経済に食い込む女などを見ればとても盤面を制圧できているように思えない。
否、そもそもソレ以前にどれほどの間ワールドクエストが停止している?
運営が想定していたルートは既に、その全てが潰えてるのでは無いか……?
「ここから先は推論だが、神の見えざる手が描いたシナリオは征服王にグランド・アルビオンが滅ぼされる。って所だと思う、まぁ根拠はないが。過半数のプレイヤーが無秩序的に行動するのではなく、同じ一定の方向性を見据えて行動するのが最も望ましい状況だったんじゃねぇの? だが俺のせいでその思惑は崩された」
「破壊者、古い過去の記録に記載されておりました。全てを収め全てを支配し全てを失った英雄たちの王、遥か古い記録に確かな記載がありました」
「今この世界は完全に不安定な状態だと、ですがソレが貴方たちの目的とどう関係あるのですか」
「落ち着け、話はまだ前提だ。本題にすら入っちゃいない、その思惑が崩されたことは余談だが無駄話でもねぇよ。だが確かにお喋りが過ぎたな? 話の筋を少し戻してだ。重要なのは、モルガンはベータ版でヴィヴィアンと出会ったこと」
その時に、彼女は一つの英雄譚を知ることになる。
即ちアーサー王伝説を、この世界における真の聖剣を有する担い手を。
騎士王アーサー・ペンドラゴンを、モルガンは知ってしまった。
彼女はこの上なく理想の王を知ってしまった、世界のために献身し国家のために命を捧げた王を見た。
今尚、楽園でその命を魂を削り世界を守る騎士の姿を見てしまったのだから。
聖剣すらなくただ己の気高い精神だけで、この国の澱み全てを受け止めてきた王を知った。
モルガンは恋慕したのだ、これ以上なく高潔な騎士に。
彼の有する、この世界へ。
モルガンの願いは単純かつ単調なモノ、ただアーサーが苦しむ世界を終わらせることのみ。
そしてアーサーを騙るかのように聖剣を掲げる男を排斥する、ただそれだけに執心している。
おそらくその本心すら、本人は理解しないまま。
故に彼女は滅ぼすのだ、グランド・アルビオンを。
「まぁ、止めたけど」
「ほう?」
「無作為なテロは何ら面白みがない、ソレは流石にやる気はねぇよ。だがアレは違う、アレはもっと純粋にその先を考えていない。その行動を行った結果に被る結果を、或いは残る死骸の山から目を背けている」
ソレは、黒狼にとっても都合の良い話ではないのだ。
確かに無作為かつ無差別的な虐殺は、その一瞬だけならばとても楽しい話だろうが。
けれどもその先にあるのはどうしようもない破滅だ、何ら生産性のない悪夢だけが残るだろう。
自由、いや楽しさとは秩序と拘束によって生まれるモノだ。
ゲームでならば運営が設けたルール、この世界ならば国家と言う統率。
そのどうしようもない鎖を欺き、自分が働く行為にこそ快楽と愉悦を見出したとしても。
ただ無意味な破壊には何ら興味がわかない、ソレは面白味のない悪行だ。
「その点でモルガンの目的を捻じ曲げた、国家を亡ぼすことからアルトリウスの打倒。最低限でも聖剣の奪取、つまりは」
「血盟キャメロットの崩壊、ですか。少しづつ話が見えてきましたね、では彼女を連れだしたのは」
「はい、『黒の魔女』あるいは『妖精女王』の再来であるモルガンの暴走を防ぎ国家を維持すること。ソレを交渉材料としこの男は一つの対価を求めました、私の命を」
「いや、事実上の死だ。殺せば確実にアルトリウスの敗北条件が整ってしまう、そうすると俺じゃアイツに勝つ手段が消え去り敗北を受け入れることしかできなくなるだろうよ」
黒狼の警戒心にガスコンロは深く肯定した、同意見だ。
この戦いで黒狼は手を抜く気がない、与えられたすべての力を総動員し可能な限り徹底的に全力を尽くすだろう。
つまりは無制限に増える『顔の無い人々』を用いて、だ。
そのうえで、黒狼はアルトリウスに負けると判断した。
五分五分ではなくそれでもまだ負けると確信しているのだ、ただのプレイヤーに。
けれども数多のレイドボスを相手にしその最後まで誇りを貫いたレオトール・リーコスへ、最後の切り札を切らせるほどに強く誇り高い男を。
どうしようもなく、黒狼は警戒している。
「なるほど、彼女の目的は分かりました。では貴方の、不死王たる貴方の目的は?」
「復讐、って言ったら笑うか?」
「納得しましたとも、なるほど」
「否定しろよ、面白味がない」
実際、動機はそれ以上なく理由もそれ以上なかった。
モルガンについていく以上の理由は結局ない、唯一存在している復讐というのも夕飯のメニューで魚と肉を選ばされた時に渋々出てくる肉の選択程度の重さだ。
けれども、羽毛に重さがある様に。
その軽い動機も、決して重みがない話でもない。
悪意とは結局、そういうものなのだから。
「俺の目的はアルトリウスの撃破、そしてクランの勝利によって得られる命令権の行使。その先で手に入れたいのは秘匿された三つの内の四つ目、聖剣の鞘こそ俺の目的だ」




