Deviance World Online ストーリー6『計画』
黒狼の計画を語るためには、少し時間を遡らねばならない。
そう、アルトリウスと戦い敗北した瞬間まで。
喝采と侮蔑、その両方を耳にしながら表彰台に登る。
二位に甘んじることは恥であり、無様な姿でもあって。
けれども、改めて見定めるべき目標となった。
「貴方の戦いを表彰し、ここにこの剣を贈呈します」
「ああ、丁重にお断りしますよーっだ」
グランド・アルビオン王国、現国王ウーサーの妃。
その養女たるギネヴィア、彼女が持つ剣を受け取ることを拒否し囁けば壇上から飛び降りる。
受け取る気にもなれないし、受け取る理由もない。
それ以上の本音は、少なくともこの黒狼に存在しなかった。
「……受け取っていただかなければ」
「少し傲慢が過ぎるぞ、不死王。君はその勲章を受け取る義務があるというものだ、素直に受け取った方がいい」
「怖い怖い、そう目力を強めて荒ぶるなよ。自分の器が小さいですと、喧伝してるようなものだぜ?」
「その傲慢が既に輪を乱している、君一人の場じゃないのだから義務を果たすべきだ」
聖剣を首に突きつけられ、冷や汗を掻きながらも黒狼は嘲笑う。
その程度で止まる人間ならば、愉悦快楽のためにお前の敵となることは無いと。
さながら、笑うように。
「その義務ってのは、お前が奪った命より重いのなら考えてやる」
闘技場を後にする、もはや此処でやるべき事の全ては終わらした。
あとは決戦までの時間を潰すのみ、ただそれだけが全てだ。
闘技場を出て、街を歩く。
目眩く変化する様相は降らない絵画を見ているようで、美しさのカケラもない。
いやひょっとすれば酷く面白いかもしれない、先程の思考を訂正し瞬きをする。
「明日にでも滅ぶってのに、呑気に今日を過ごしてるのは面白いかもな」
「おや、私へ語りかけていますか」
「よっ、ファーザー・ガスコンロ。奇遇だな、こんな所で。それはそれとしてお前と一度、話したかった」
「告解ならば、相応しい所で。懺悔ならば、確かに聞きましょう」
王都、はずれ。
街を俯瞰できる場所にある寂れた孤児院、人影はなく子供の声も聞こえない。
住むべき人はおらず、神父だけが静かに座っている。
「神、っていうのは何だと思う?」
「現実であれば形なき偶像、主張なき代弁者。さながら祈りの形であり、信仰の形そのものであると。此方であれば……、害悪ですか」
「その心は」
「神は万能であり、また介入するという事があってはなりません。神は存在すること以外は赦されるべきではない、人は弱く大義を求めるのですから大義そのものである神が意思を持ち行動するのならばその時点で人にとっては過ぎたる毒だ」
そこまで言い切れば、インベントリからコップを取り出して黒狼に渡した。
黒狼も素直に受け取り、並々と注がれた牛乳を見た。
黒狼はある意味でファーザー・ガスコンロをこれ以上なく評価している。
ソレは彼の強さではなく、その在り方。
信仰という形の代弁者でもある神父でありながら、筋肉信仰を掲げるこの男のあり方に興味を抱いた。
あと普通に命を狙ったことに対してやり返した後も思ってる、やられっぱなしは気に食わない。
「その意味では、深淵の神々には好感が持てます。より絶対的で話が通じず、また干渉しない」
「待て、お前も深淵に辿り着いてんのか」
「数少ないプレイヤーだけですが、ですが貴方だけが真実に近しい訳ではない。探究会もおそらくは把握済み、貴方が起こした事件よりまるで止まっていた危機が動き出している。広く知れ渡るのも、遠い話ではないでしょう」
「やれやれ、怖い話だな。どれだけの人間が深淵スキルを持ってんのかすら定かじゃねぇのに、俺みたいに特殊なイベントを発生させてるプレイヤーも少なくねぇだろ」
ただでさえ自由に演算されている世界だ、探究会を除いた大手クランはこの世界で発生させているイベントを把握しようとすらしていない。
例外はワールドクエストぐらいだ、不特定多数を巻き込んだソレだけが数多の血盟が関心を寄せる。
あるいはレイドボスという存在、か。
「そういえば、私からの依頼をしたい。来るもの拒まずという話を聞いています、良いでしょうか」
「なんだ、血盟に入りたいのか?」
「生憎と私はこの地で生まれ落ちるキャスパリーグを見守る定めがある、と神が仰ってたので」
「神? ソイツは一体誰なんだ?」
黒狼の言葉に苦笑いをしながら、神父は告げる。
そこには懐かしいとも言える、だが初めて触れた気配にして魔力があった。
その名前を確か、ああそうだ。
「翼ある蛇、テスカトリポカの敵か」
「ソレもまた名前の一つでしょう、私はアルビオンの友と聞いています。真意は定かではありませんが、まぁ悪意はないでしょう。ソレに竜の鱗を用いたプロテインを下さるのでありがたい話、私が信奉する姿なき主ではありませんが筋肉を育む上では良いパートナーです」
「一言文句を言っておいてくれ、変な呪いを付けるなって」
「信託が降りました、あの邪神に言えとのことです」
同時に吐かれるため息、神とは降らないモノだと認識しているというわけだ。
酷く人間臭い言い分に辟易としながらも、神とはそういうモノだと言い訳し納得させる。
そして神父へ、言いたい事を言えと促した。
「そう大仰なモノではありませんが、ただ一つ。貴方が保有する『灰の盟主』が持つ武装を、私へと渡して欲しいだけですよ」
「何処から聞いたよその話、というか持ってるのは俺じゃない。そういう訳で残念ながら、ってな」
「では仕方ありません、交渉内容を変えましょう。面白くなりますよ、貴方は参加できませんが」
「ノッた、後で言いくるめてやる。ヤルよ、その武装は。ただコッチも、一つ条件をだ」
インベントリを開き一つの武器を取り出す、使い手は何処にも居ないというのに未だに脈動するソレ。
名を『白銀を纏う啜斧』、北方に行きたレオトール最大のライバルにして最強の近接者ブラスト・ブライダーが担った環境を汚染する武装が一つ。
魔力を喰らい尽くし、全てを白銀の霧に沈めるソレ。
「感謝します、ソレで条件とは」
「俺がここを去るまでは事を起こすな、ってだけだ。キャメロットは潰したいがグランド・アルビオンを滅ぼしたい訳じゃない、そらあれだ。遊ぶオモチャが壊れるのは嫌だろ?」
「全く失礼な物言いだ、だが分かりました。いずれにせよ、彼の覚醒も未だ未だ先の話です」
そう言い終わった直後、扉が開いた。
神父は来客の姿を見て目を広げ、黒狼はニンマリと笑う。
そりゃそうだ、だってそこに立っていたのは。
「待ってたぜ、来るのをさ」
「国が存亡する、一大事です。私の命次第で救われるのであれば、私はいつでも犠牲となりましょう」
グランド・アルビオン、王女。
キャメロットの最高位監督者にして責任者、あるいはこの国の中枢を担う才女。
そして今は、国を対価に命を求められる哀れな女性。
これより、黒狼の計画。
その全貌が露呈する、その悪意と共に。




