Deviance World Online ストーリー6『トリスタン』
モルガンは、息を切らしていた。
「おのれ、憎きトリスタン。勇敢なるパーシヴァルよ、なぜ今だに死なない!!」
「負けるわけにはいかない、それが理由だとも」
魔杖から放たれる攻撃は100を優に超えた、トリスタンとパーシヴァルが行う攻撃もだ。
けれども状況は逼迫にして硬直、盤面が大きく動くことはない。
モルガンの弾幕が尽きることの無いように、二人の防御が終わることもないのだ。
「……憎き円卓め、そこまでして私の道を阻むか。それほどまでに過去を犠牲とした正しさを、偽りだらけの聖杯を尊ぶと言うのか!!」
「何を言っている、裏切った貴方に語る正義も何もないだろう」
「ええ、降らない論争でしたね。結論はすでに、出ているのですから」
情動と平静、振り切れた感情の変化こそが魔女モルガンの本質でもある。
あるいは狂気と正気、焦りに急かされ偽らざる本音が揺らぎ漏れていた。
認めない、否定してやると言う本音が。
「いいでしょう、時間をかけるのは得策ではありません。ただ確実に殺しましょう、私の体へ纏なさい。『式装陸式:冥土』」
インベントリの中から、巨大な金属の箱が現れた。
蒸気と共に熱を噴出しながら展開される。
中からは白熱したガトリングと金属のファンネルが現れ、モルガンのドレスと結合した。
式装陸式『冥土』、黒狼らが開発した装備の一つ。
その武装には圧倒的な破壊力も絶対的な攻撃力も存在せず、ただモルガンが持つ弱点を補うことに特化された専用装備とも言える式装だ。
すなわち鎧、近接戦闘能力が皆無ともいえるモルガンの弱みを防御力でカバーし魔力を礎に発射される弾丸を力とする暴君の武装。
両腕の鎧部分と接続された機関銃の銃身が回転をはじめ、無数の弾丸が射出された。
「『フェイルノート』」
「物量を裁ける武器ではないでしょうに、その弓を与えたのは誰だと思っているのです?」
「哀れだ、その侮りで命を落とす貴方が」
次の瞬間、モルガンの両腕が切り落とされた。
まぁ、残等と言ったところか。
魔術師として半ば特化したステータスをしている彼女のVITは高くない、底上げされたステータスとは言え近接職には大きく劣る。
特殊アーツを発動した13円卓の一撃を、受け止められるだけの代物ではない。
「『ハイヒール』」
「猶予があるとお思いで、『聖血の一撃』」
「くっ」
当たり前の話だが、円卓を軽んじているのは黒狼だけだ。
またその理由としても黒狼にはレオトールから受け継いだ莫大なスキルに圧倒的なステータス。
そしてこれ以上なく頼れる仲間がいるからこそ、舐め腐った態度を取れる。
高々魔術師風情、圧倒的な火力も絶対的な武力も超越的な武装もないモルガンでは円卓下位とでも言うべき彼らを相手に善戦することも厳しい。
モルガンと、トリスタンにパーシヴァルの間にさほど大きな溝は無いのだから。
「貴方には聞きたいことが山程、それこそ地下に突如として現れた湖や宝物庫の最奥に出現した竜。それに終幕を模る獣の事を聞かなければなりません」
「知らないと、私が答えれば」
「あり得ない、貴方はその事実を知っているはずだ。そうでなければ何故、旧アルビオン王国の歴史書を持っていた」
ニヤリと、笑った。
モルガンは笑みを溢しながら、優しい目をパーシヴァルに向ける。
そこまで辿り着いたのかと、そう言うように。
「失敗しましたね、私は魔術師。真っ先に切り落とすべきは、この舌だったと言うのに」
「貴方は何もできない、そうさせな……ッ!?」
「コレは式装ですよ? 一撃で私を葬らなかった事を後悔なさい、そして私の前へと平伏すが良い」
銃身が、回転を始める。
乱軌道を描き無作為的に弾丸が発射され、定まることの無い狙いが周囲全てを撃ち抜いた。
意識外から放たれた攻撃に二人は一瞬硬直し、防御の姿勢をとる。
その一瞬こそが命取りになるとも、最高位の魔術師相手にその一瞬を晒したことを後悔する間も無く。
モルガンは術式を、展開する。
「『右は左に、灰は炎へ』」
何も、この短期間で何もしていなかったわけでは無い。
むしろ重ねた努力は黒狼よりも遥かに上だ、ただ無作為的にレベルを高め職業を開花させんとする黒狼よりも。
ただ脳髄に莫大な量の術式を書き込んだ、モルガンの方がよほど。
「『可逆的に舞い戻る、即ち空間』」
暴れ回るマシンガンの攻撃を無理矢理止めようと動くパーシヴァルは、トリスタンに止められた。
連射力が高すぎる、近づけはわずか1ダメージを数千ほど叩き込まれかねない。
一撃一撃のダメージは然程高く無く、この攻撃力が参照しているステータス合計値よりもVITが50か100も高ければ無力化できるだろう。
最もそれだけのステータスを持つ化け物は、唯一黒狼程度だろうが。
「『アルメイデスの産声さながら、メイアイヘンの抱情のように』」
式装は、ソレ単体で準古代兵器に比類するようデザインされた武装だ。
如何に黒狼らが作り上げた紛いモノであれ、そのデザインで作られている以上は相応のスペックを誇る。
必然的にモルガンが有する『冥土』もまた、それに相応しいスペックをしていた。
『冥土』の設計コンセプトは圧倒的なダメージ、同様のコンセプトで作成されたパイルバンカーとは異なりこちらはより純粋な物量による攻略を目指している。
結果としていくつもの制限が入ることとなり、モルガン以外では運用不可能なほどの消費魔力量に落ち着いているがもたらされる結果はより圧倒的。
秒間3000を超える弾丸を放つに至っている、この銃の前に立てばアルトリウスといえど無事では済まないだろう。
「『私の体は今甦らん、さながら不死鳥の如く【望まぬ棺の聖杯よ】』」
詠唱完了と同時に、モルガンの両腕が生えた。
切り離された武装は再度彼女の腕に装備されなおし、機関銃をつかみなおす。
まずいと顔を青ざめさせるトリスタンすらもお構いなしに銃口を突きつければ、モルガンはその引き金を引いた。
発射される弾丸の数は無数に、回避以外は無意味なDPSを発揮する。
一瞬にして溶けたHPを実感する間もなく、トリスタンは焼失した。
「『突進』」
「いいでしょう、痛み分けです」
だが、同時に。
モルガンも余裕の勝利というわけではない、一気に迫るパーシヴァルの槍を防ぐすべすら持たない彼女は一瞬にして押し込まれ胸を槍で貫かれた。
意地でパーシヴァルを倒しはしたが、言い換えればそこが限界。
再び大魔術を紡ぐ時間などなく、吐血とともに体は消失を始める。
「まったく、真実に近づきすぎですとも。ええ、本当に」
ただぼそりと、誰にも聞かせる気のない独り言をこぼしながら。
確かに彼女はポリゴン片へと、変化した。




