Deviance World Online エピソード6 『開戦』
結局、黒狼の鍛錬はうまくいかなかった。
よく考えられていない思いつきが実を結ぶなんてことなど殆ど、ソレがよくわかる話だ。
まぁ上手くいくときがあるからこそ、この世界は合理的な文言で説明できないのだが。
「ってそんなことはどうでもいいんだよ、重要なのはイベントに関すること」
今回のイベントはフラッグを取り合う性質上、クラン同士の戦いがより強く出るという事は説明したはずだ。
そうして運営はクラン同士による抗争の激化を狙っているとも、実際に幾つもの小規模クランが『ゴールデン・ハイド』や『キャメロット』に戦争を仕掛けたという話は掲示板で盛り上がっている。
もっともその殆どはそのクランの最高実力者が出るまでもなく解決され、或いは多少強かったとしても双方のトッププレイヤーによって制圧されている。
それは即ち彼らの盤石さを示すと同時に、乗り越えるべき壁の大きさを訴えていた。
「だからこその奇襲作戦ってわけか、随分思い切ったことをする。戦力を分散させても負けないと確信を持ってるか、俺たちを負けさせることが目的か」
「手前が決断した話だ、結果が何れにせよ儂は従う」
「同じく、例え不服でも貴方の選択は絶対です。論理なき理由ならば拒否をしましょう、ですが道理に適っているのならば拒否する理由はありません。加えて言えばあの女は狐です、共に行動する事は全力で拒否させてほしい所ですね」
「確かに、怪しさ満点って所だな」
言葉を返しつつ、黒狼は仮面を装備した。
『姿隠しの仮面』、モルガンが陽炎から購入したゴミ装備の一つ。
その役割は鑑定系列スキルの無力化、ではあるが無力化する際に互いのステータスが参照される。
しかもステータスの一項目などではなく、合計値が参照されるという使い所に困る一品。
黒狼レベルで合計値が高ければ使い所を選ばないものの、モルガン程度ならキャメロット13円卓には看破されてしまうだろう。
「まぁ色々使えるものも貰えるから有難いんだけどさ、俺のインベントリをゴミ箱か何かと勘違いしてないか?」
「まさか、まだ使えるアイテムを渡しているつもりですよ? 本当のゴミは危なっかしくて使えません。ほら、このように」
遥か大空、闇夜に紛れるように飛ぶワルプルギスから一メートル四方の個包が投下される。
直後、幾重に重なる爆発音と共に汚い花火が浮き上がった。
通称モルガン爆弾、ロッソに対抗心を燃やした結果完成した爆発するゴミ。
回復薬を作る過程で様々な薬を混ぜた末に完成した代物であり、ワルプルギスの一角を破壊した爆薬の余りだ。
その威力はベータ版においてとある錬金術師が調合を間違え爆発させた結果に城壁の一部を完全に破壊した事件の規模威力と同等の破壊力を有している上にインベントリに入れて運ぶ以外の方法で僅かな衝撃でも与えた場合その爆発が発生するという優れ物。
犯人はそんなつもりが無いと主張しているがロッソ曰く、意図的でなく作れたのなら才能以外の何物でも無いと述べている。
そんな激ヤバ爆弾が爆発している様を上空から見下ろしつつ、黒狼は剣を片手に持ち宣言した。
「来るぞ」
直後、糸の矢が飛んでくる。
キャメロットが13円卓の1人、遊鳴の騎士トリスタン。
相当な高度にいるはずの黒狼たちワルプルギスを狙撃したのだ、その技術は驚愕そのもの。
だが当然失速する、はじき落とすのはたやすい。
「けっ、やられっぱなしは性に合わねぇ」
「ま、そりゃそうだ。というわけで反撃、するぞ」
「空間魔術で落下距離を圧縮します、着地は各々でお願いしますね」
次の瞬間、三人は一切のためらいなく飛び降りた。
空気がビュウビュウと吹き荒れ頬を撫でる、同時に地面から矢の雨が貫いて。
危険だ、即座に判断した黒狼が防御魔術を展開し迫りくるソレらを無力化した。
「『深き闇、一切の拒絶を【ダーク・ハイシールド】』」
「反撃に出ます、前に立たないよう」
「『抜刀』『勇猛果敢』『不知火・白虎』」
黒狼が防御しモルガンが開く、有象無象に用はない。
求めているのはフラッグとトッププレイヤーの首だけ、それ以外に用はないのだ。
魔力にモノを言わせた範囲破壊攻撃、その裏から躍り出た村正は生き残った敵の首を切り刻んだ。
一瞬にして地獄絵図に変貌したキャメロットの拠点、だが一方的な蹂躙は長く続かない。
そもそも矢を放っていたのは誰だ、そもそもここは誰の拠点であるのか。
長々と勿体ぶる必要などない、そこにいるのは13円卓が騎士。
「落ちましたね、モルガン」
「いいえ、私は最初からこうですとも」
音の刃、風切り音とともに斬撃が襲い掛かってきた。
それに対して防御魔術で対応、防ぎきれない攻撃は攻撃で押し返す。
13円卓の一人、遊鳴の騎士トリスタンの恐ろしいところは主に三つ。
一つ目はその圧倒的なリーチ、いくつかの前提を積む必要があるとはいえ数キロメートルを射程とする絶対的な範囲。
そして二つ目、その物量だ。
弓は戦の道具であると同時に、もう一つの側面も存在する。
それは楽器、弓は確かに武器であるが演奏を行うための楽器でもあるわけだ。
必然DWOでも扱いは同じ、そして魔力があるこの世界ではただの弓も楽器も存在しない。
たとえ弓にそんな機能など存在しなくとも、使い手次第で変貌する。
「私は、悲しい」
次の瞬間に、モルガンの防御魔術が砕かれた。
トリスタンの攻撃は音だ、音と不可視に等しい糸の矢。
その二つが交互に織りなす攻撃は、モルガンの防御魔術を容易く突破してくる。
レイドボスであれば防御魔術など意味をなさなかった、そういう意味ではトッププレイヤーの方が幾らも格が下がっている。
ただし下がっていても狂的なのは間違いなく、そして相手にするのは彼だけではない。
「遅れて申し訳ない、トリスタン卿。そしてモルガン殿、貴方の相手は私が努めます」
「確かに前衛を任せます、サー・パーシヴァル。彼女の技術は私よりもはるかに上、お菓子に惹かれる子供のように負けてしまいます」
「娯楽の中での騎士ごっこは楽しいでしょうか、終わらせて差し上げましょう」
ちらりと、モルガンは左右を見た。
黒狼と村正はガウェインとランスロットの二人を相手にし、拮抗している。
つまりは絶体絶命か、そう考える余裕がないはずなのに考えてしまう自分を笑いつつ。
息を鋭く吐いた、即座に練り上げる。
「『人馬一体』『縦横無尽』『騎士の騎馬戦』」
「『フェイルノート』、絶叫する」
正面から迫るは馬力を含んだ槍の一撃、防御魔術が決壊する。
目の前、一センチ手前で止めた槍。
けれども隙間から差し込まれた矢がモルガンの右眼球を穿つ、鮮血が飛び散るように貫かれた痛みを感じつつ自動回復に身を任せ杖を素早く動かしトリスタンを対象とした。
一拍後に衝撃が放たれトリスタンを貫き、追撃を放たんとするパーシヴァルの槍を空間魔術で固定すれば。
半歩後ろに下がり、杖の頂点に圧縮した魔力を開放した。
きらめくエネルギーの本流は確かに二人を捉えながらダメージを与える、正確に決まったのは間違いがない。
けれども倒せていない、防がれ対処されたと静かに反省しながらモルガンはより一層つよく杖を握った。
戦いはまだまだ始まったばかり、焦るべき時ではないと。
黒狼に関する描写を修正いたしました。




