Deviance World Online ストーリー6『五分五分』
話は進んでも時間はすぐには経過しない、もしもすぐに時間が消えるというのならば其れはきっと黄金にも勝る体験をしている時だけだろう。
すくなくともだ、今の待機時間は黒狼にとっては苦痛となんら変わりない時間に他ならない。
欠伸を吐き出すようにしながら、間違いなく退屈を持て余している黒狼は目を擦る。
「村正、街に行くか?」
「藪から棒に一体どうした? 別に構いやしねぇが、手前が町に下りたいなんざ随分と珍しい」
「暇なんだよ、あと経験値が欲しい。レオトールの肉体を得た影響で経験値プールがアホみたいに大きくなってる、スケルトンの時ならもう既に30にはなってるだろうに現状のレベルは僅か3だぜ?」
「阿呆の手前には丁度良い、戦闘技術を磨く良い機会だろうよ」
なかなかに村正も言葉のナイフが鋭い、胸を押さえてウッとふざけながら突き刺さった正論から目をそらす。
生き残る力は十二分にある、とは思うが同時に『顔の無い人々』を使用した際の無鉄砲さや純粋な技能でトップに輝いているバケモノと比べれば黒狼の技量は数段劣る。
少年漫画向けの考え方をすれば努力、つまり修行パートがなさすぎるというわけだ。
言い訳はしない、ソレは確かに事実でありだからこそ戦闘技術を武装の幅でカバーするという結論を出した。
武器はいい、使い手を選ぶことはあっても力を出し渋ることはない。
もしも出し渋ることがあるのならば、ソレはきっと担い手が悪いのだ。
「だがレベルを上げるにしてもどうする? 今の手前が苦戦するレベルの相手はこのイベント内にはさほど居ないだろうよ、あの天使擬きは例外としてだ」
「良いとこ突くねぇ、さすが。悪い話だが今のプレイヤーは良くてもボス級とタイマンが限界、ボス上位やレイドボスにはイベントギミックなしで勝つ方法は生憎と無い。俺が、俺たちが割とアッサリ黒騎士に勝てたから勘違いするかもしれないが。結局『月女神』と『太陽神』の助力に加えお前とネロの心象世界の展開、モルガンとロッソの二人が徹底的に魔術を利用し周囲の魔力属性濃度を低下させたからこそ初めて勝てた話だ。それはほかのレイドボスにも言える、ヒュドラは『太陽神』が。そしておそらくヘラクレスは『黄金の王』からの補正があったんじゃないかと俺は睨んでるね、まぁヘラクレスに関してはレオトールの規格外がいたからっていう明確な理由もあるが」
「手前のステータスでもか? 数値だけでみりゃぁ手前は間違いなくプレイヤー最強だろうよ」
「買い被りだな、実際にはアルトリウスはおろかガスコンロ神父にも大きく劣るだろうよ。基礎ステは高いが爆発力がない、レオトールと同じ弱点だ。レオトールは爆発力の無さを数多のアーツで補い、複数の武装をストックすることで様々な盤面に対応した。反対に俺は自力が抑々なく、武装に関してもより特化させて爆発力を補おうとしている。この時点で一手も二手も遅れてる、そこに本来アイツが習得していたはずのアーツやスキルなどを加えれば100か200か」
レオトールの肉体は、この世界でも比類なき最上級の肉体だろう。
だからこそ誰も扱えない、マッハ4をも出せるモンスターマシンがあったとしても乗り手がいないのと同じだ。
地面を走るという制約があり、道と言う制限がある中ではどれほど優秀な素体でも人間の臨界という限界によって夢想を実現することは阻まれる。
その肉体の組み方から理論値までも自ら作り上げたかつての最強、あるいは北方の傭兵ならば造作もなく制御するだろうがマシンだけを奪い取った黒狼では不可能。
所謂、此処が才能の限界。
「完成されたビルドを持てない俺に対して、ビルドを構築し完成させ始めてるガスコンロ神父やアルトリウスは必然強いに決まってる。そんな二人でもボスやレイドボスを極少数で倒すのは不可能だろう。ガスコンロ神父はまだ付け入る隙はあるが、アルトリウスにはない。アイツは俺と同類だ、だからこそ天敵でもある」
「なるほど? つまり奴は遊びのない手前ってわけか、なら確かに厄介だろうよ。手前が儂にした仕打ちを、奴もやるときにはやるというわけだな」
「信条が違うからソレはナイナイ、だがある意味ではそれ以上のクソみたいなことをするだろう。俺と同じだ、行動するときに一々正義とか正しさとか。或いは悪行とか悪意とかを考えることはない、ただタブーを設けるだけ。そのタブーを回避した結果にその行動が正しい、あるいは悪いものに変化する。そしてその行動が一見正しければ」
「愚衆が祭り上げる、と言う訳か。村永宗淳の言葉だが『真に愚かなのは思考しないことではない、半端に思考し自らの中に整合性のとれない正しさを見出した時だ』という言葉がある、まったくそう言う訳という事だ」
もしくは『賢人アルソリューの船は空を飛ぶ』と黒狼は返した、いかに長が賢くとも乗り手が愚かであればソレは泥船だ。
そして人間とは過去に学ばない生き物でもある、少なくとも過去に学ぶのなら戦争を何度も繰り返したりはしないしゲームは悪だという風潮が最近沸き上がってきた。
マザーコンピューターによる人類の保全機構を忌み嫌い、結果として古い社会形態を形成するコロニーもある。
噂によればソコでは電脳麻薬が流行しているらしい、脳回路を焼き切り現実と非現実の境を曖昧にするというのにも関わらずだ。
人は常に愚かであり、結局は学習することなく同じ愚を繰り返す。
これは万人に当てはまる話であり、黒狼とて例外ではない。
ソレに、黒狼も例外とは思っていない。
「まぁ話を戻して、この退屈な時間をどうしようかねぇ」
「手前と戦ってもいいが、儂の心象は不安定な所が多い。本気で戦うのであれば、儂は不適合だ。となればこの血盟に手前と張り合える近接職は存在しない、か」
「前衛不足に泣けるぜ、やっぱり今からでもモルガンに近接戦闘を仕込まねぇか?」
「10歩走ればVRにもかかわらず息が切れる女に何をやれと、其れをするぐらいなら手前が分裂し殺し合うほうが随分とましだ」
その手があったか、と目を輝かせる黒狼。
自分と実力が拮抗しているのは誰でもない、自分自身だ。
となれば自分自身で殺し合いをするというのも悪くないだろう、ほらドッペルゲンガーも殺し合いをするっていうし。
そう言う訳で早速とばかりに死体生成器に向かい自分の死体を作ろうとする、完全な黒狼を形成しないのならば割と早く完成する。
DNA単位で同一の黒狼を形成しようとするからリスポーン時間と同じ時間がかかるだけで、大体黒狼なら『顔の無い人々』の対象範囲。
スキップしながら消えていった黒狼を細目で睨みながら、村正はため息と懸念を吐き出す。
「手前は自認するほど弱くねぇだろうが、儂の目から見れば五分五分で勝てる。そんな風に思うがねぇ、何でそこまで警戒する?」
結論だけを言えば、黒狼が正しく村正が間違っている。
村正は『騎士王』アルトリウスの恐怖を知らない、或いは『騎士王』アルトリウスの真の強さを。
彼は敗北を知っている、彼は勝利を知っていて。
彼は何ら特別ではない、ただ誰かより少し一歩先を行くだけだ。




