Deviance World Online ストーリー6『敵』
船の中で目が覚めた、リスポーンというには少し異なる嫌な目覚めだ。
肉の塊からドロリと地面に崩れ、無理矢理に体を動かし立ち上がる。
魔術として展開してる『顔の無い人々』と魔術と錬金術の混合として発動している『顔の無い人々』、その二つの大きな違いは肉体の有無だ。
前者の『顔の無い人々』は影から肉体を作る関係上、過剰なまでの魔力消費を求められる。
反対に後者の『顔の無い人々』は魔力消費などの燃費が非常に良い代わりに、存在としての判定がNPCに近い。
つまり黒狼というアカウントに記録を残せても、リスポーンは出来ないということだ。
「まぁ、だからこその裏技だが」
グランドアルビオンに残った、所謂本体に思いを馳せる。
考え方としては天才、あるいは究極のバカの領域だ。
自分の精神をコピーしペーストし、自分自身を増殖させるなど。
哲学的ゾンビ、と言う言葉を知っているだろうか?
古くからあるSFでよく語られる存在だ、見た目や行動の他に発言から身体を形作る物質にいたるまでの全てが普通の人間と全く同じように見えるが感情をはじめとした内面的な意識を一切持たない存在。
所謂、ココロを持たない存在とでも安易に語ってしまおう。
そして正しく、今の黒狼の肉体は哲学的ゾンビと言える。
「心象世界、自己を自己と規定する内面世界。ただソレをコピーできるのは、まさかの話だよ全く」
「そろそろ復活したかと思えば、独り言ですか」
部屋に入ってきた彼女を見る、モルガンだ。
呆れ半分、興味半分でコチラを観察してくる。
鬱陶しい事この上ないが、気持ちが分かるからこそ拒絶はできない。
彼女は心象世界を魔術の最終地点と断じている、気にならない訳がないだろう。
「……、不思議ですね。やっていることは私と同じはずなのに、貴方の方が数段悍ましく感じるのは」
「所謂、アイデンティティの喪失だからな。もしもリアルでできちまったら、その瞬間にこの世界に生きる全ての人間は存在する理由を失う」
「哲学的ゾンビに精神を与える、笑える話だ。けど思いの外、簡単に成功しちまった」
「人間と、つまりプレイヤーとNPCの境界線が無くなったことを意味していますからね。ステータスにすら記載されていない内部データ以外で我々と彼等の違いは存在していないと言うことに他なりません」
黒狼の『顔の無い人々』の術式を描いたのは他ならないモルガンだ、神々が用いる術式。
即ち権能を分解し解析し言語を易化させ整列させて、おおよそ冒涜に等しい行為によって黒狼の『顔の無い人々』を成立させている。
そもそも根本にある術式はモルガンが、より正確にいえばアルビオンの妖精の女王であった湖の守り手『ヴィヴィアン・ル・フェ』がモルガンへ肉体を託すために用いた肉体置換の術式だ。
この魔術の効果は事実としては正確ではないものの、サーバー上に存在する自分のアバターデータを書き換えるモノ。
この魔術によりモルガンはNPC『ヴィヴィアン・ル・フェ』の肉体を有する事ができている、同じく黒狼もまた同一の術式を流用し『レオトール・リーコス』の肉体を体得できていると言うわけだ。
最も要求される前提条件やその他の様々な仕様から本来は安易に使用できる代物ではないと言うことは明記しておく、黒狼がレオトール・リーコスの肉体を会得できたのも結局は重ね重ねの幸運と僅か一時ばかりとはいえ黒狼の魂の質量が神に至ったからだ。
そんな規格外の術式に、黒狼は幾つかの。
所謂、エクストラスキルを利用して最悪の魔術を完成させた。
用いたスキルは『呪術』に『錬金術』、『顔の無い人間』『闇魔法』『暴走』『造形』『深淵』etc etc。
彼はバカだったのです、アホみたいなスキルを詰め込んだ結果に生み出したソレは愚かと言うべき話でもある。
その術式の効果は主に二つ、肉体を形成し肉体に黒狼という精神を構築する心象世界を与えること。
つまりは哲学的ゾンビを作りソレに魂を与えた、ただそれだけの話だ。
「うぃー、あー。腰が痛い、何でだろ」
「生成ミスじゃ無いのですか? 出なければリアルの体の疲労がコチラへ逆流しているか、気にするほどのことではありませんね」
「ソレもそうか」
装備を着つつ、目を細め。
欠伸をしながら甲板に出る、そこには腕を組んだ女海賊と男2人。
つまりはワイルドハントとその部下が立っていた、全員眉間に皺を寄せ待たされていることに半分ぐらいはキレている様子だ。
ソレを見ながら黒狼は少しテンションが上がる、面白くなりそうだと。
「交渉を始めようか、『ワイルドハント』のドレイク」
「名前を名乗りな、ソレが船の上での礼儀だよ」
二度、彼らは対面する。
ただ先ほどとは異なり、武装を持たず言論によって。
* * *
潮風が肌に触れる、塩っぱい風だ。
髪の毛がガサガサになりそう、なんて感想を抱きながら目の前の女を見た。
一目見ればわかる、コイツは厄介な人間だと。
「改めましては初めましてだ、俺はノワール」
「嘘だね、アンタはそんな名前じゃ無い」
「チッ、黒狼だ。言っとくが今度は嘘じゃねぇぞ、あと公表するのも辞めて欲しいな」
「どう言った裏技だい? 人格の分裂なんて、そう簡単にできるもんじゃ無いはずだ」
顔の前で手を振る、無理だというジェスチャーだ。
そもそも黒狼以外の誰かでは再現性があるものでも無いし、それ以上にモルガンとロッソの協力がなければ展開するのは不可能な代物。
重ねて、最大級の秘匿でもある。
安易に明かすことはできない、倫理的にも戦略的にも。
「残念だね、ソレで。アタシに協力して欲しいって話だが、見返りに何をくれるんだい?」
「キャメロットの旗を、お前もいい加減鬱陶しいと思ってんだろ? このキャメロット一強の時代がさ」
「栄華は得てして終わるもの、永遠の黄金の輝きはあり得ないって話だねぇ。あの鬱陶しいアルトリウスに痛い目を見せたいのは事実、けど勝つ算段はあるんだろうね?」
「アルトリウスがいない時点で勝ったも同然だ、確かに13円卓は強いがソレはプレイヤー全体で見ればの話。上位5%の中でなら下から数えりゃ早い実力、所謂アレだ。有名実況者だからと言って、実力があるわけじゃ無い」
一芸に秀でた化け物を多く擁しているが、平均的な実力はトッププレイヤーの中では程々だと認識している。
少なくとも、アルトリウスを除けば『脳筋神父』たるガスコンロ神父などの極めた存在には劣るに決まっていた。
そのガスコンロ神父ほどの実力を持つ怪物など、キャメロットにはいない。
ソレは必然、キャメロットの十三円卓が脅威では無いことも示している。
「戦いは絶対的な個人か、それを凌駕する軍隊によって決まる。リアルと違う最高にイカれたゲームバランスだ、だから基本的に弱者である俺たち個人が組織に勝ることもできる。お前も同じく力で全てを制した側の人間だろ? 分かるはずだ、俺の理屈が」
「少し黙れ、アンタの言葉は詭弁と嘘塗れで聞くに堪える。聞けば聞くほど耳が腐りそうだ、自分の言葉で喋ったらどうだい?」
「キャメロットに腹を見せて服従しているお前がか? その言葉を言っていいのは実力がある奴だけだぜ?」
黒狼の煽りを涼しい顔で流しながら、メリットとデメリットの算盤を頭で弾く。
キャメロットとの敵対は、相応に致命的だ。
何故ならばその時点で個人間の問題ではなく血盟と血盟の問題に発展する。
そしてキャメロットは背後にグランドアルビオンという国家が存在する血盟、大規模団体になればなるほど共存の道を選ばなければならない。
敵なのだ、本人たちに何らその意図がなくとも。
自由を無法を遊びを貫き通すのならば、キャメロットという血盟はどうしようもなく強大な敵なのだ。
なろうチアーズプログラムを行いました。




