Deviance World Online ストーリー6『バカヤロウ』
空気は依然重い、招かれた部屋の中央。
長方形の机の対面に座る其々3人は重々しく互いを睨んでいる、もっともさっきまで殺し合いをしていた癖に平然と話し合いを続けられても困るのだが。
茶器が静かに擦れる音がした、ソレもまたただの自然音に混ざるのみ。
「……息苦しくて仕方ないね、要件があるのはソッチだろゥ? 早く話して欲しいモンさ」
「こっちはこっちでリーダー死んでるの、大問題よ。その話を持ち込んできたのはアイツだし、私達で勝手に話は進めれないわ」
「なーんだい、つまらん奴らだね。長が居なけりゃ動かないとか、海の藻屑でもそんな事はない」
「そもそも我々は目的を共有している集団ではありません、ここの目的を達成するために過程を共有している組織ですので。指示系統は明確化していますが、同時に個々人の意図でその指示は無視できます」
協調性のカケラも無い、と文句を言う様に舌打ちをする。
再び無言、気まずい沈黙が流れて行く。
モルガンが紅茶に酒を入れる音が聞こえた、水の滴る音だ。
ワイルドハントはインベントリから干し肉を取り出すと噛みちぎり、クッチャクッチャと咀嚼する。
村正もソワソワとし出した、多分そろそろ刀を作ろうとしているのだろう。
あるいはワイルドハントのサーベルを刀に作り直したいと思っているのか、多分ロクな内容じゃ無い。
「ん? そういや、アンタ。村正かい、随分と雰囲気が変わって驚いたよ」
「は? ああ、手前にも顔を覚えられていたのか」
「覚えるも何もだ、市場に流通してる刀の殆どがアンタの作った代物なんだ。是非ともアタシの所に千本ぐらい降ろして欲しいねェ、装備を完全に一新させたい」
「嬉しい話だが断らせてもらう、新しい炉は未だ火の入りが悪いんだ。だがまぁ、あと二月もすれば問題ないだろう」
その時には是非、その言葉にワイルドハントは破顔し違えるんじゃ無いよと詰め寄った。
そして再び訪れる無言、ワイルドハントの側にいる側近2人は『まただよ』と呆れた空気を醸し出している。
そして暫しの時間が流れ、とは言えども数時間とかではなく数分だが。
部屋の扉が、勢いよく開かれた。
「姉御!! ヤッベェです!!」
「なんだい騒がしい!! 要件を言いな!!」
「船に攻撃が当たられましたッ、相手は……。キャメロット、キャメロットのトリスタンです!!」
「…………、ナニ?」
魔力が溢れ出している、結果として周囲の小物がグラグラと動き彼女の怒りを伝えていた。
感情とは魔力を動かす最も直接的な要因だ、昂れば昂るほどに魔力は荒れ狂う。
だからこそ魔力が荒れているのはさほど問題ではない、だからこそ真に恐ろしいのは。
「報復戦だ、勿論。アンタらも手伝うんだろうね? まさか、イヤとは言わせないよ」
そんな狂犬相手に、今から自分たちの条件を突きつけなければならない。
ただその一点において、肝が冷えるほどの恐ろしさを感じている。
* * *
血管を浮かべている彼女は、それはもう恐ろしいに決まっている。
喉から言葉を出そうとしても、やはり上手くは出てこない。
怒れる人間を宥めるのは相応に覚悟が、そしてリスクが伴うモノだ。
「何を言ってやがる、今は手前が下だ」
だからその言葉に慌てる、穏便に話を纏めようという努力を完全に打ち砕かれた。
出鼻を挫かれたというわけだ、瞳孔を広げ眉を顰め。
相手の出方を伺うために、そして態々煽るような真似をした彼の意図を探るためにも言葉を飲む。
「あ゛あ゛ァッ? なら協働はナシで良いんだねェ!? 口を縫い付けておきな鍛治士風情が、そもそもだ。長がいなけりゃ話が進まんだと? ハッ、随分と緩い組織じゃないか!!」
「ただ働きなんざ我慢被る、無茶を言うなら道理を通せ。力でも良い、だがそれを出来なかったからこうして椅子に座ってんだろうが。間違えるな、今は儂らが手前に頼んでるんじゃない。手前に利を匂わせてるんだ、違えるなよ? 儂としてはキャメロットに話を持ち掛けても良いんだ」
ダンッ、と音が響き机からミシミシと聞こえてくる。
彼女は、ワイルドハントは村正の髪の毛を掴み顔面を近づけ。
まるで今にも接吻するかと言うほどの距離だ、目と目が歯と歯がぶつかりそうな距離だ。
それだけ顔を近づけながら、彼女は青筋と共に浮かべた笑みで囀る。
「アンタ、良い度胸してるねェ? 気に入った。アタシ相手にそこまでの啖呵を吐くやつなんざ早々居ない、居ても凄めば大抵逃げてく。ここまでしても動じない輩は初めてさ、ソレに……。何て言ったか? 利を匂わせるって?」
ブチブチと音が聞こえる、髪の毛が余りの力で引き抜かれている音だ。
なのに村正は一切動じない、一ミリも動かずただ静かに睨み返している。
馬鹿にすんじゃないよ、言葉にはしないまでも確かな意志と殺意を感じさせる彼女に対して村正は一歩も引かずに睨み返しているのだ。
空気が凍り付いている、或いは時が止まった炎のように熱を伴いながら。
「……、随分と肝が据わっているようだねェ」
「噛みついてこない狂犬ほど怖くない物はない、結局その言葉も虚仮脅しでしかないだろうが。手前は結局腹の内が読めねぇ怪物には嚙みつかねぇ、これ以上なく合理的な人間なんだからな」
次の瞬間、銃声が鳴り響いた。
村正の胸に穴が開いている、であるのにもかかわらず即座に戦闘態勢にはいったロッソを村正は静止し。
改めて静かに、そして堂々と『ワイルドハント』をにらみ返す。
「交渉は後だ、家の長が戻ってきてから改めてにしよう。それとも手前は遣られっ放しを許容できる性分なのか? 先にキャメロットへ報復を行うのが、海賊の流儀なんじゃねぇのか?」
「チッ、野郎ども!! 甲板へ出な!! 客人は此処で持て成しておけ。話はまたあとでにしようじゃないか、アタシらに喧嘩を売った事実を後悔させるのが先だ!!」
へい、と大声の返事を耳に入れながら深く皺を刻み込んだ彼女はそのまま部屋を出ていく。
彼女の後ろに付き添っていた二人のクランメンバーもだ、村正の言葉通り報復戦をしに行ったらしい。
緊張の糸が一気にほどけた、全員が息を吐き出し胸の中の閊えを取る様に目線をさまよわせる。
村正とて例外ではない、彼も相応に。
或いはそれ以上に緊張していたのは間違いのない事実である、さっきまで強がっていたのはソレも彼なりの虚仮脅しでしかない。
だが賭けに勝ち、交渉と言うテーブルは保ったまま黒狼が戻ってくるまでのわずかな時間は確保できた。
「さすがです、よくやりましたね」
「有難いわ、あのままじゃ私たちもこき使われてたし」
「別にそう難しい話じゃねぇ、彼奴だって血盟の長だ。安易に状況を決定するのは決して血盟のためにはなりゃしねぇ、今交渉を行ったのは結局負い目と儂らが使い捨てるには相応に強いからだろうよ。死んでくれりゃ万々歳、死ななくても相応に疲弊させれば交渉なんてする必要なんざねぇ。何せ殺せばいいんだから、さすがは海の女だ」
「はい、とりあえずヒールです。その交渉を成すのはロッソでは無理だったでしょう、良くも悪くも貴女の弱点です。一見正論を与えられてしまえば、その正論に対して言葉を貧する。特に力を見せつけられれば穏健な手段に逃げようとしてしまいます、私とて言えた口ではありませんが貴方の行う交渉では相手に利がありすぎます」
モルガンの言葉に顔をゆがめながらそうみたいね、と返すロッソ。
反面、村正は冷めた目でモルガンを見ている。
言いたいこととしてはお前もさほど変わらねぇだろ、という内容か。
実際問題、モルガンは思慮深いにもかかわらず視野が狭く見え透いた落とし穴にはまることが多い。
もちろん、彼女の頭脳さえあれば十分リカバリーできるがその結果として本来達成できるはずの事柄まで捨てることになっているのもまた事実に他ならなかったりする。
最も足る例は前回のイベント、そこでヒュドラを倒しえないと断じたことか。
「まぁ、何でもいい。ひとまずは、だ。あの大馬鹿者が戻ってくるのを待つとしようか、儂は彼奴や手前らほど思慮深くは無ぇ。こんな交渉なんざ、二度と御免だ」
胸からあふれる血液の跡を見ながら、村正も目をつむる。
回復魔法で外傷は消えたが、ソレだけだ。
ダメージが完全に癒えている訳でもないし、今すぐ癒えるということもない。
眠る様に目を閉じれば、そのまま大きく息を吐く。
早く戻ってきてほしいものだ、一見馬鹿に見えるがその実馬鹿げたことを大真面目に実践してくる愚か者が。




