Deviance World Online ストーリー6『ワイルド・レディ』
海の上、防水用の魔法術式を何十にか展開して船を浮かべながら復活した黒狼はうーあーとつぶやいている。
モルガンは紅茶を飲んでいた、今回はアルコールを入れていないらしい。
ネロはなぜか歌っている、村正は船の中にある工房にこもっていた。
「で、惨敗って笑えるわね。普通にワルプルギスの中にある『音響装置』、起動させればいいじゃない?」
「設計にかかわってるのならわかってんだろ、有効なダメージに到達するより先に自壊する。正直、実用範囲にはまだまだ足りないな」
「だからこその貴方の勝利条件、って言う訳ね。案外貴方のことだから対策し終わってるとか思ってたわ、これだから秘密主義者は嫌いなの」
「無理無理、準古代兵器の出力を舐めたらいけねぇよ。アルトリウスのアレはおそらく完成品だろうが、俺たちのは使ってみた感じ未完成品。出力の上限を消して自壊するまで行使できる類の代物だ、少なくともリアルの技術を転用して作成した防御機構でも自壊するだろうな」
黒狼は静かに自分の推測を語り、ロッソはソレに対して頷きという形で同意を示す。
超弩級魔導戦艦『ワルプルギス』に内包されている唯一にして絶対の兵装、準古代兵器『音響装置』。
ほかの兵装は個人で運用できるようにもなっているが、この兵器だけは唯一の例外だ。
この兵器だけは船に備え付けられている以上、準古代兵器単体では運用できない。
反面、相応の成果を叩き出せるのは間違いないのだが……。
「ま、今は使えないな」
「そうねぇ、何の対策も施せていないのならあの兵器はこの船まるごと自壊させかねない。使えないのは必然かしら、それはそうとして。貴方は何で生き返ってるの? 『顔の無い人々』で増殖しているのならその間システム的な要因であるリスポーンは使えないはずじゃない?」
「あー、厳密に言えばリスポーンじゃない。そもそもこの船を作った時に余った素材ってどこにあるか、覚えてるか?」
「馬鹿にしないで頂戴、クランの共有インベントリに……。ああ、つまり自動で自分を組み立てる術式を組んだのね?」
ああ、と静かに肯定する。
改めて再確認するが、黒狼は現在『顔の無い人々』という魔術を用い二人に分身している最中だ。
そのため片方が死んでももう一人のほうに意識が収束し、死亡判定を行われることがない。
言い換えればリスポーンすることはないのである、とここまで聞けばさも素晴らしいチートではあるが実際はそうもいかない。
この魔術には複数の欠陥が仕込まれている、それも簡単には突破できない類の。
「そもそも『顔の無い人々』は世界に対して嘘を押し付ける魔術だ、その時点でロッソの方式を組み立てる魔術やモルガンの法則の穴を突く魔術とは訳が違う。だから従来の魔術とは違い致命的な穴も多い、それこそこの魔術を用いている間は世界のルールの強制力が働かないとかな?」
「具体的にはリスポーンに決闘、あとは対価魔術とかも関連するかしら? その条件なら。なるほど、随分と厄介な魔術じゃない。すくなくとも、私なら採用しないわね」
「無法だが、無法だからこそ罷り通らない法もある。普通は同一世界に同一人物が二人以上存在することはできない、ドッペルゲンガーは知ってるな?」
「所謂有名な都市伝説ね、けれど実際にほぼ同一の遺伝子で作り上げた人間と顔を合わせさせたら殺し合いを始めたわ。持説だけどカスルブレホード波による精神の感応から自我境界が曖昧になり自己存在の定義から殺さなければならないと認識する、こんなところかしら」
カスルブレホード波、それはこのゲームなどのフルダイブ型VRを行うのに必要不可欠な脳波の一種とされている。
もっともその実態は全く異なるものであるとロッソは予測しているし、また黒狼も肯定こそしないがいぶかしんでいるところはあった。
何せ脳波にしては余りにもご都合主義がまかり通る代物なのだ、この波形が独特な形で感応すれば最悪自己境界線が曖昧になる。
こんな話はオカルトの領域であり、間違ってもサイエンスではない。
「ああ、さらに言えば俺の魔術は意図的にドッペルゲンガーを生み出す魔術ともいえる。何せ『顔の無い人々』と言う魔術で作成された俺はほぼ完全な俺自身ともいえるんだからな、普通に考えればそういう現象が起こるものだが。どうやら俺が獲得したエクストラスキル、或いは『筋肉こそは宇宙なり』と同質の性質を持つ『顔の無い人間』がそのデメリットを緩和した。やってる仕組みを完全に理解している訳じゃないから細かい説明はできないが、鑑定スキルからの情報を纏めれば『自己存在領域をスキルにより分割し、ほぼ同一存在に分割した自己存在領域をそれぞれの自分に与えることで【黒狼】としての自我と自認を与えるとともに黒狼という意識母体に波形による母体との接続を行うことでドッペルゲンガー現象を防ぐ』と言う事らしい」
「何それ、訳分らないんだけど。もう少しわかりやすく説明してほしいものだわ、まったく……」
「理解してないモノを説明しろって言われてもな……、ソレに魔術分野はお前らの領域だろ?」
「属性とそれに付随する心象世界、或いは魂に関する理論はモルガンの分野よ。私は魔力を前提としてソレを変換したり変形だったりする術式を展開するのが私の分野、出力される結果は似ているように感じるかもだけどやってることは全くの別物ね」
ロッソの言葉に分かってるって、と黒狼は返す。
実際にこのスキルや魔術を解剖し、実際に起きている事象を言語化するのならばロッソではなくモルガンに話を持っていくべきだろう。
しかしソレをしたとしてもだ、得られる答えはさほど多くはない。
確かに、そして間違いなく。
「神秘は神秘であるべきだ、と俺は思う。神は理解できない領域外の存在であるべきだし、人は人としてあがき続ける葦であるべきだとも思う。ソレと同時にだ、俺たちは神をも殺す超越的存在でなければならないとも思うし、すべてを理解する超越的な叡智を持つべきであるとも思う。だから何もかもを理解できるように解体するのは好まねぇ、敢えてお前に話を振ってるのもそこらへんが理由だ」
「無知ゆえの強さ、既知ゆえの弱さ。信仰における二律背反ね、神は存在するからこそ信じられ、神は不在だからこそ絶望する。なるほど、モルガンならば全部解明するでしょうね。貴方の術式も、貴方が見ようとしていない真実も」
「その結果に出てくる答えは少なくとも今はデメリットにしかなりえないだろうな、予感だが同じく事実だろ。少なくともキャメロットを倒すまではソレを明らかにするべきじゃねぇ、より具体的には『心象世界』とは何か『魂』とは何か。あるいは、エクストラスキルという規格外の能力とは何なのか、『水晶大陸』と言うイレギュラーは何のために存在しているのか」
「案外答えは簡単かもしれないわよ? 解明したときに、それこそ呆れるぐらいに単純な内容かもしれないわ」
その時はその時だ、そういうようにフッと口元をゆがめれば黒狼は手を太陽にかざす。
星は天高くで煌めいている、ソレはとても鬱陶しいぐらいに。
けれども日が終わればその星とて地面の下へと沈んでいく、それこそが絶対的な星の道理だ。
ならば、落とせない星はない。
「大体攻略法は考えた、そう言う訳で交渉しようぜ? あの空にお高く留まるワルキューレを倒すために」
「研究は半分ぐらい終わったし、少しぐらいなら手伝うわよ。モルガンとかいうてコミュ障のノンデリ無計画クソアマよりも私のほうが、よっぽど有能でしょうし」
「……、おや? 私の話をしましたか、気狂いの魔女モドキ」
「喧嘩はやめろって、どうせ面白くねぇんだから」
そういいながら近づく影に目線を向ける、まばゆいばかりの黄金の船だ。
その船の上、一際目立つ位置に一人のプレイヤーが陣取っているのが目に見えた。
黒狼は知っている、その女の名前を。
「血盟『黄金鹿の船団』の船長。名は確かドレイク、またの名を。その二つ名を『ワイルドハント』、良いじゃねぇか。随分と、盛り上がってきた」




