Deviance World Online ストーリー6『天使』
積乱雲の間、輝く太陽の下。
揺籃する巨大な卵と、その先にマーカーが表示されているアイテムがあった。
もはや考え直すまでもない、ソレがフラッグだろう。
「先制攻撃はお任せください」
「黒狼、手前は下がっておけ。儂が前衛を張る、武装がないなら手前は程の良い案山子だ。重ねて言わせりゃ、魔力はどうだ」
「安心しろ、船の動力とパスは繋いである。向こうの俺がどれだけ魔力を使おうが、まずまず尽きることがない」
「うむ、結構なことであるぞ!!」
次の瞬間、空間が震えた。
モルガンが全力で魔杖を運用し、周囲の空間すら軋ませるレベルで魔力を運用している。
『黒の魔女』、そう囁かれる実力は噂に違えることがない。
だがソレにしても、ここまで出来るようになっていたとは。
簡単と畏敬を込めながら黒狼は笑う、随分強くなった物だと。
「『雲雀の囀り、揺籃の調べ、琥珀の胎動、暗き目覚め』」
魔力が、益々膨れ上がった。
膨張し炸裂せんと広がる、モルガンが体得した魔力操作能力無しでは成立し得ない領域の神業。
或いはこれもあの戦いを経て未だ足りぬと自覚したからか、相応に鍛えられた技術は魔術としての粋に至っている。
もちろん、それでも理知と理解の範囲。
常識で測れるうえでの臨界でしかないが、だからこそ常識の中の埒外を発揮する。
「『束ねるは幻想、架空のおとぎ話とともにきっと私は囁きましょう』」
収束した魔力は形を形成する、ソレは槍か。
直感よりも予感ではあるが、おそらくこの魔術の原型となった代物も存在するのだろう。
あるいはこの魔術が原型となったか、もともとはキャメロットの一員ではあった彼女のことだ。
グランド・アルビオンの宝物の奥底で埋もれている知識を掘り出すのは、きっと簡単だっただろう。
「『久遠の平和を望みなさい、朝焼けの空のその果てに【いつか見えた希望の剣】』」
放たれた攻撃は、正しく絶大だった。
揺籃する卵を容易く貫通させ、勢いのままに空に一筋の線を残す。
直後、身もすくむ程の威圧感が全身を覆った。
「村正、任せた」
「任された」
次の瞬間、空を飛ぶ魔導戦艦の甲板を蹴り飛び上がる鍛治士の姿が視界に入る。
すでに動きは抜刀モーションに移行され、スキルを発動する条件は整い切っていた。
唯一の問題はその刃が届くほどボスが近くにいないこと、けれどもソレは武器の性能で対処できる。
「『抜刀』、『潟暗・裏打ち』」
刃を引き抜き、特殊アーツを発動する。
次の瞬間、空間に黒い斬撃跡が形成され卵から現れたソレの攻撃を阻害した。
恐らくは、腕の一本は持っていっただろうか。
「ちぃ、その体ごと切り裂くつもりだったが……。踏み込みが甘かった、か?」
「うむ!! 十分である、あとは余に任せると良い!! 叫べ、我が『トラゴエディア・フーリア』よ!!」
落下する村正を黒狼が回収し、その間にネロが剣を地面に突き刺す。
瞬間、擬似的に『黄金の劇場』が展開され黄金のバフが全員に降り注いだ。
ネロの持つその剣、『トラゴエディア・フーリア』はネロの擁する心象の鍵。
自分の在り方を直視できるのならば、このような限定的展開も難しくはない。
或いは、だからこそ本質が見え始めているとも言えるか。
「よ、っと。さすがロッソ謹製のスカイシューズ、市販品よりも高性能か?」
「はっ、あの傭兵の靴のほうがその何倍も高性能だろうよ。下手な褒め方はへそ曲がりな魔女の逆鱗に触るぞ、むしろ正面から煽ったほうが良い」
「そりゃ比べる相手が悪い、素材の質もそうだが北方の技術力が半端ねぇよ。というかレオトールの記憶の記録から色々伝聞したが、何をどうやったらあの環境で繁栄が許されるんだか」
「知らん、が知らんで済ませるわけにもいかん。唯一振りの頂に、あるいは手前のように本気で楽しみたいのなら考え続ける必要がある」
結局人間は考える葦でしかない、村正がそのような諦めを口にすれば黒狼は少し苦笑した。
頂や極み、或いは究極に至るという事は見えないモノを見て知りえないことを思考するということ。
言い換えれば、見えているものだけが真実でないと理解することは頂に上るのに必須と言えるほどに難しいという話でもあるわけだ。
そして理解できない、見えないモノを見えないものとして扱うのも話としては間違いである。
見えないから見えないままでいいというわけではない、理解できないから理解しないままでいいというわけではない。
極めるというのは、いわば無明の霧を抜けることにすぎないのだから。
「まぁ、何でもいいさ。とりあえずは、アイツを殺すことを考えようか」
応、とは返さない。
返す必要はない、あるいは返す時間すら惜しい。
視線を上げる、渦巻く魔力が伝えていた。
相手はどれ程までにも、強敵であると。
空中から甲板へ、両足を地面につければ迫る攻撃を刃で受け止める。
火花が飛び散った、村正は眉を顰めながらも的確に処理を行う。
「『ダークバレッド』、ってヤレヤレ」
「有効打には、成り得そうにありませんね」
「おいっ、手前らも攻撃しろ!! 馬鹿どもっ!!」
暢気に相手を品評する二人に対して、村正が顰め面をしながら刃を刺す。
攻撃は苛烈だ、けれども村正が裁けないほどではない。
迫りくる一撃一撃を刃で返しながら、反撃しろと黒狼に叱責した。
「へいへい、『スラッシュ』」
改めて、敵の姿を見る。
二本の腕、二本の足、片手に剣を片手に盾を。
白銀の軽鎧を身にまとい、両翼を背に掲げる姿は戦天使にも見えるが……。
だがモルガンも黒狼も、その知識から否定する。
これは神話などに登場するワルキューレではない、と。
「従来の敵ともナニカ違うな、コレ。どっちかというとシステマチックな印象を受けるが……、どうだモルガン?」
「同じくです、少なくともこのボスは運営が意図して配置した産物でしょう」
「なんでもいい、一先ずは斃す。異論は、ねぇだろうが? 手前ら」
応、と応じる必要もない。
或いはその余暇など在りはしない、何せ鼻先に空気が焦げる匂いがした。
視界の中に輝く光が見える、おそらくは電撃でありこの匂いはプラズマによって発生しているのか。
一気に離れ、空中から雷撃の槍を放とうとしているのが見える。
「対処します、追撃を」
「凪げ、『風斬挟』」
雷は放電させればいい、水鉄砲のような大した攻撃力のない一撃で電撃の収束をかき乱せば村正が追撃として特殊アーツを発動させる。
一気に薙ぎ払う一撃、斬撃が波状に広がり動きを制限させる。
とはいえソレは平面上に放たれる攻撃、空中に飛び出てワルキューレはその攻撃を回避した。
「とはいえ、戦闘思考は下手だな手前」
「所詮、モンスターってわけだ。ズルズル続けるのは俺もあまり好きじゃないんだよ、一気に殺すぜ? 『カズィクル』」
黒狼が技を放つ、武装は黒狼にかなり削られたが技はその限りではない。
レオトールから引き継いだアーツの数々が、或いはスキルが今の黒狼を支えている。
上空へ飛んだワルキューレに対して、黒狼は槍を投擲した。
投げられた槍は村正の攻撃を回避するのに意識を向けていたワルキューレに突き刺さる、次の瞬間には内側から杭が生えて血しぶきを上げ。
そのまま、真っ逆さまに落下した。
「……、おい。安心は、どうにもできそうにないぞ? コリャ」
「同感だ、簡単に殺されてくれたら一安心だったんだが……」
「仕方ありません、レイドボスでないとはいえ相手はボス。弱いわけが、無いのですから」
険しい目を向け、静かに息を吐く。
そして静かに息を吐けば、再び浮き上がってくるワルキューレを見た。
不死のギミックが組み込まれているようには思えない、おそらくは死ぬことで進化するタイプのモンスターか。
いずれにせよ、ここからが本番だというのは間違いがないだろう。




