Deviance World Online エピソード6 『楽しくない』
ネガティブな意見ばかりを出すのは気が引ける、けれども黒狼はやはり楽しいとは感じられない。
全力全霊を、自分の存在を対価として支払い世界に生き様を知らしめるような戦いこそが真に楽しいと感じられる戦いであるのならば。
この戦いはこれ以上なく、詰まらないモノでしかない。
主張する気もなく、掲げる物もなく。
犠牲を強いることもなく、対価を得ることもなく。
罪過にまみれることもなく、憎悪を秘めることもなく。
義務と責務に迫られるものでなく、自由意志の下で許されないモノではなく。
ただただ、作業のように剣を振るい凪いだ海の様に事実を語る。
そんな植物の様な男との戦いに、その何れにどれほどの歓喜と感情を知らしめればいいのか。
黒狼にとっては、その疑問こそが答えでしかない。
「『エクスカリバー』」
大技の応酬は、視覚的には楽しいだろう。
「『刻蝕禍灼』」
必殺の迫り来る様は、さも美しいだろう。
「『エクスカリバー』」
けれども、致命的な位には。
「魔法陣、今度は火炎系か。少し、怖いね」
致命的なほどに、致命的な位には。
「うん、今のは危なかったよ? 『エクスカリバー』」
狂えるぐらいに、狂気を吐露したいぐらいに。
この戦いは、詰まらない。
そもそも、『エクスカリバー』という必殺を通常攻撃にしているのがいただけない。
その卓越至極の剣技をさも聖剣の付属品彼のように扱い、自分という存在に一抹の価値すら見出していない戦い方が気に食わない。
自分という存在を証明する一切の意思なく、ただ緩慢に剣を振るう姿にこれ以上なく反吐が出る。
見れば見るほど吐き気を催し、最悪な感情に浸ってしまう。
「追いつめられた、か」
何時の間にか、黒狼のMPは無くなっていた。
いや、分かり切ってはいたはずだ。
アルトリウス、ひいては無限の魔力を保有する存在相手に消耗戦を仕掛ければ先に落ちるのは自分だと。
ただ認められなかっただけだ、最初から負けることを覚悟して全身全霊の必殺技出すことを。
それをしなければならないほどに、この詰まらない男に劣っていることを。
黒狼は、認められなかった。
だから認めてやろう、今はお前が強いと。
だから肯定してやろう、その強さは本物だと。
そして、けれども。
「お前、まだ自分が勝ってると。まだ自分が勝てるつもりでいるよな? 俺を相手に依然劣勢になることはないと思ってるよな?」
その驕りを、慢心を。
ただ徹底的に粉砕してやると、指を突きつけ示す。
黒狼は負ける気がない、負けるとは考えない。
或いは、負けた時にしか負けたことを考えない。
ここまで追い詰められるのも、また想定内。
アルトリウスの強さは黒狼もよく知っている、むしろ黒狼だからよく理解できている。
そしてその強さの中心、核となる思考回路すらも察するのは容易い。
だからこうして追い詰められる、窮地に陥る。
絶対的な死を与えようと、聖剣が振るわれるのも分かっている。
「式装、だったかな? 今更出して何ができる?」
「お前に勝つこと」
端的な返答こそ、黒狼が示した答えだった。
直後にアルトリウスは目を見開く、脳にガンガンと危険を晒す警報が鳴り響く。
息を飲み込み、言葉を紡ぎ。
だが、その時には喉が焼け始めていた。
「ッ、何をした?」
「お前が撒き散らかした魔力という火薬に、火を付けたんだよ」
熱が膨張する、もはや周囲の熱量は筆舌に尽くし難いほどに変貌している。
ただ、燃えている。
空気が、或いは世界と言える全てが燃焼していた。
「ッ、おかしな話だ。仮想属性はあらゆる魔術攻撃の影響を受けない、たとえ君の武装が如何に優秀でもこの絶対法則からは逃れられないはずだ」
「ああ、そうかもな。これが魔術的な要因の攻撃なら、だが生憎とこの攻撃は概念攻撃だ」
アルトリウスが持つ聖剣、エクスカリバーが至上であり最強である理由はただ一つ。
他一切の属性魔力の影響を受けないから、だからこそエクスカリバーは最強であり。
故にこそこうも言える、属性魔力より上位の概念にまでは無力化できないと。
「……、まさか。北方の、あの武装かッ!!」
理解、同時に青ざめたままエクスカリバーを放つ。
だが最早その攻撃は、黒狼に届かない。
訳もない、普通に黒狼にその攻撃が突き刺さる。
左腕が奪われた、血が止め止め無く溢れていて激痛が走って。
肉が溢れ神経が露出している、空気が刺さって痛い。
それでも、盤面は用意できた。
「さぁ喰らえ、全部をだ。『津禍ノ間』、全てが消えゆく一瞬を前にしろ」
ソレは、炎と熱の暴虐であり。
また等しく全てを焼き殺す絶死の竜炎でもある、つまりは災害に等しい。
黒狼が瀕死であるのであれば、またアルトリウスも瀕死と言えるだろう。
目に見えてHPが目減りしている、この空間に残存する魔力が燃え尽きるその瞬間まで耐えられるかどうか。
蜃気楼のように揺らめく赤の奔流、空間ごと全てを焼き殺すソレを。
もはや耐えうる術など、無い。
「魔術の展開は、無意味か……ッ。ステータス貫通攻撃でないのは単純にこれが余波であるだけ、本体であるあの刃は恐らくきっと。なるほど、相当に悪辣な手段を講じたね?」
「解説どうも、で? どうやって勝つつもりだ?」
「何も思い浮かばなかった、そういう訳でだ。僕が死ぬより先に、君を殺させてもらおうか」
「……出来ると思ってんのか?」
呆れるよりも先に来たのは、不安だ。
やりかねない、やられかねないという不安。
この男の怖さを嫌と言うほど理解できた、嫌悪するほどに理解できている。
だからこそその言葉は本心であり、嘘偽りのない事実そのもの。
喉に迫る殺意に、迸る気配がその答え。
黒狼は逃げた、そうしなければならないからだ。
逃げなければならない、逃げなければ勝ち目は。
「(笑わせるな)」
逃げて、どうする?
消極的な戦いで勝って楽しいと、楽しめると思っているのならば片腹痛い。
そんな勝ち方で何が楽しい? そんな戦い方で何を楽しめる?
そんなクソッタレの戦い方など、絶対にゴメンだ。
「ああ、良いぜ。迎え撃ってやる、掛かってこいよッ!!」
ヤケクソだった、だからこそ漸く楽しさを見出せた。
敵わない強敵に挑む、ただそれだけにソレ以上の快楽を。
この時のために、ただアルトリウスを倒すために用意した式装は二つのみ。
或いは実用段階まで漕ぎ着けた武装は僅か二つしか無いとも、言い換えられ。
だがたったそれだけしかないが、それでも運用次第では勝てる。
全てを削り、勝ちを得ることは不可能ではない……ッ!!
猪突猛進に突き進む、月光を掻い潜りながら。
必要なのは意思、あとは根性。負けるわけがないという考えは捨て置いた。
負ける時は負ける、それで良いじゃないか。
ここで負けたとしても大局の勝利条件は絶対不変だ、だから妥協してやろう。
だから今はありったけを、持ち得る全てをかけて何処まで食い下がれるかの確認をしようじゃないか。
無力を呪おう、非力を嘆こう。
相手は最強であり、また騎士王だ。
相手が悪いと言い訳ならば、してやろう。
けれども、弱い自分を捨て置いて逃げるのだけは許さない。
産声を上げた日から、全てが摩耗するまで。
進み続ける、これが黒狼に許された黒狼の戦い方。
「最後に勝つのは俺だ、必ず」
直後、視界が奪われる。
聖剣の煌めきが黒狼に迫っていた、逃げることはできない。
そも回避を行う余裕などあるものか、この極限で回避など出来るのなら負けを認めてやることなどしない。
頭が吹き飛んだ、HPが一気に消えていく。
この瞬間に、黒狼の敗北は決定づけられていた。
「強かった、惜しみなくそう言わせてもらおうか」
威風堂々、依然健全。
全ての中心に立つように微笑みかける騎士王は、その言葉を言い放つ。
間違いのない、騎士王の勝利だ。
「『パイルバンカー』」
そんな、泥も翳りも無い勝利を。
黒狼が許すとでも?




