Deviance World Online エピソード6 『式装』
ましゅまろが最初に感じたのは、純粋な熱だった。
次にスキル効果が強制的にかき消される感覚、世界が等倍速の彩を取り戻す。
そして最後に感じたのは、黒狼という男がいよいよ本気になったという。
空気感の、変化だった。
「式装、細かい説明は省くが端的に言えばだ。俺たちのクランが作成した、準古代兵器に迫る武装シリーズだ」
準古代兵器、この世界における至高の兵器。
そのどれもが絶大な破壊力に広大な規模を誇る、一つを用いればそれだけで国家の崩壊に迫ることも出来るだろう。
武装の臨界にして限界、許されざる至上の領域。
「現段階で運用可能なのは12個、その中でもコイツは最も性能が高く効率が良く危険な武装」
ましゅまろは息を飲み込み、後ろに飛び退く。
今はただ只管に時間が欲しかった、物理的な距離が欲しかった。
その武装の性質を看破できるだけの、時間が欲しかった。
「『第零式装【火劍】』、改めだ。第零式装【火劍】『津禍ノ間』、大変だったぜ? 何せ村正が6回は死んだからな」
形は刀が近いだろうか、けれども刀ではない。
刀の峰から無数に鱗が生えている、その上に炎が血流の様に胎動し脈打っていた。
軽く振ればその軌道上に暫し炎が残っていく、世界を焼き切っているかのようだ。
「秘蔵の秘、本来ならば出す予定はなかったんだがそういう訳にもいかなくなった。誇っていいぜ、お前は。対アルトリウス戦の準備を使わせたんだ、お前は立派にイレギュラーに育ったって言えるだろ」
そう告げた黒狼の体からは、赤色の湯気が立ち上っていた。
勿論、それは水蒸気などではない。
黒狼の魔力が剣とパスを繋ぎ、黒狼が有する魔力に属性が付与されているのだ。
ソレが視覚的に確認できるほどの濃度で展開されている、魔術に詳しくないましゅまろとてその異常さは理解できる。
理解できてしまうからこそ、黒狼の本気具合も察せられた。
「手加減はナシだ、精々楽しく殺り合おうぜ?」
次の瞬間、巨大な炎柱が君臨する。
ソレは黒狼が攻撃した、その事実を知らしめていた。
* * *
逃げる側と追いかける側が変わる、まるで鬼ごっこの様だ。
けれども鬼ごっこの様な甘い部分はない、互いが互いの命を奪うその時までこの戦いに終わりはなく。
死を迎えずに命を奪わんと、互いに全力を尽くす。
「(亜神眼が機能していない……、文字化けが起こってステータスを閲覧できない……!!)」
彼女を真っ先に襲ったのは恐怖だった、完全にスキルが機能不全を起こしている。
それだけ相手が規格外の代物を用いているのか、あるいはそれ以外の要因があるのか。
垂れる冷汗は改めて黒狼というトッププレイヤーの規格外さを認識したが故のモノ、呼吸は早まり息が詰まる。
けれども突破点、ひいては打点がないわけでもないと思考を改めた。
「まぁ、別段弱点がないわけでもない。というか、準古代兵器よりも粗悪なコレに全くの弱点がない訳もない。使用した瞬間から毎秒数十から数百ダメージを与えてくる、長期決戦には完全に向かない武装だ」
「長々と弱点を喋ってくれて、ありがとうございます……!!」
「なら、逃げ切れば勝てるなんて言う有り触れた攻略方法で解決できると思うなよ?」
次の瞬間、黒狼が剣を振るい周囲総てを焦土に化す。
一撃喰らえば黒焦げになり死ぬかと思うほどの、絶対的な炎がばら撒かれていた。
回避などできない、完全なマップ攻撃。
視界に映る全てが赤く竜の焔に包まれている、ソレは黒狼もましゅまろも同じこと。
文字通り全てが、焼き尽くされていた。
「はっきり言って、速さは強さだ。どれほど力があろうと攻撃力があろうと、結局は当たらなければ意味がない。そういう点ではお前は俺の、最大の敵だよ。何せ、お前はこのゲームの中で最大規模に早いんだから」
例えば、100の速度で動ける人間が居たとしよう。
その人間がマルティネスを用いればどうなるか、単純に考えれば1000の速度で動けるという事になる。
もっともマルティネスというスキルはステータスを倍加させるスキルではないために、AGIが100から1000になる。
あるいはそれに類する速度を出力できる、という訳ではない。
だが、時速50キロで動ける人間が500キロで動けるようになるというのは紛う事の無い脅威だ。
確かに通常の戦い、およそまともな戦闘においてはましゅまろ。
ひいては『超越思考加速』というスキルは、これ以上ない黒狼の天敵となりえるだろう。
けれども生憎と、この戦いは限られた盤面で行う決闘。
故に超広範囲攻撃を保有するのであれば、幾ら回避が早くとも避けれはしない。
「まぁ、そのスキルもクールタイムを迎えて使えなくなってんだけどな」
つまりは、ソレが回答だ。
最初から最後まで、徹頭徹尾黒狼は宣言していたはず。
もとより全力で勝ちに行く、と。
超加速世界に入っていないましゅまろは、唯ステータスが高いだけの雑魚だ。
だからこそ黒狼の体術に反応できない、黒狼は反応する隙を与えず迫り来る。
右足で地面を蹴り、空中で重心を変えながら回し蹴りを放ち。
地面に付く衝撃を足のバネを用いてベクトルを変え、突進する。
彼女が剣を再度構えなおそうとするより先に膝蹴りを与え、顎を正確無比に蹴り穿ち。
地面に倒れた彼女の心臓に向けて、一気に水晶剣を突き立てる。
「蝕めぇぇえええ!! 『水晶大陸』ッ!!」
「その力のルーツを、思い返せよ?」
不発? 否、無力化だ。
出現する水晶が、出現する端から消失する。
何故か、理屈を理解できないまでも原因には思い至れた。
目の前の男が、原因にして元凶だ。
「ぃ、あああああ!!!!!」
「叫べば勝てるんなら、幾らでも叫ぶが良いぜ___?」
突き刺さった水晶剣ごと、ましゅまろを蹴り飛ばす。
同じ時間軸に存在するのならば黒狼が彼女に負ける理由などない、右手を突き出し左手に魔導書を握れば短く詠唱を吐き捨てて。
「『ダークランス』」
突き刺さる一撃は肩を抉る、血肉撒き散らしそれでも対抗するように剣を握る彼女に向けて黒狼は情け容赦なく攻撃を振るった。
足を踏む、そのまま彼女の首を掴み侵食する水晶を消していく。
水晶、絶対破壊不可のソレ。
現存する物質の中では、或いは現存するとされている物質の中でも絶対的不破壊性を伴うソレはあらゆる手段を以てしても壊せない。
だが、北方のとある一族に限っていえばその道理は引っ込む。
「なん、で……ッ!! ここまで……、強いの!! よ!!?」
「そりゃ、語るまでもないだろ。特別な理由とか、意外な話とかも無く普通に努力したからっていう回答が欲しいのか?」
「ふざけ、るなぁ!! 私だって、頑張った!!」
「ああ、だろうな。あのダンジョンで頑張って戦ってたのを見たし、この闘技場でも必死になって勝つのも見た」
けれど、けれども。
その程度の努力で、その程度の経験は俺も積んだ。
二人の英雄を殺した、一人の最強を手に入れた。
一人の女を殺して利用し、一つの兵器を完成させた。
他者の介在する余地なく、理解し難い高揚に身を任せ。
たった一つの妥協なく、自分の思う楽しさを追求した。
結果としてそんな、最弱だった男がここに来るまでの奇譚を歩んできた。
「最強の力を手に入れた? 最大の翼を生やした? ああ、どちらも凄いと褒めてやるよ」
一瞬ならば上回れるだろう、その翼を用い全力を出せているのならば上回って然るべきだ。
けれどもその翼を以て翔けないのならば、鳥は落ちる。
必然、ましゅまろが黒狼に能わないのも当然の道理。
「けれども、俺も別段舐め腐ってるわけじゃない。寧ろ俺はお前を高く買ってる、ここにいる誰よりも。その『水晶大陸』も、その『超越思考加速』も、だから惜しみ無く出したんだよ」
次の瞬間、剣が湛える炎が圧縮された。
現れるは膨大な熱量、圧倒的なまでの破壊。
全てを焼く、竜の炎が顕現する。
「い、ゃだ……!! 負けたくない、負けるわけには……ぁッ!! 私は貴方をッ……!! 超えッ」
「悪いな、けど覚醒する猶予も暇も与える気は無いんだ。お前に目的があるように、俺にも目的がある。生憎と、お前をヌクヌクと勝ち進めさせる余裕はない」
間が悪かった、時間がなかった。
そしてそれ以上に相手が本気で勝ちに来ている黒狼だった、ましゅまろにとってこれ以上の不運はない。
黒狼はもはや何も語らず、その頭蓋に剣を突き刺す。
勝利の味は、鉄錆のような苦さがあった。
黒狼からしても相性が最悪であり、最大の武装を出しての短期決戦が必要だったように。
ましゅまろも初手で確実に黒狼を殺す必要があった、というわけです。




