Deviance World Online エピソード6 『ー』
『ついに準決勝、始まりました!!』
『対戦カードはこの二人!! 一人目は【不死王】黒狼!!!』
…
『そして、迎え打つは我らが期待の新星!! 【水晶】のましゅまろ!!』
……!!
『いよいよ、戦いが始まります!! 解説実況は恒例通り私と王女様の二人で行わさせて……』
「五月蝿い、って顔をしてるな?」
舞台に上がった黒狼が、最初に呟いたのはその言葉だった。
順当にベスト四位決定戦を勝ち抜いた彼は、薄ら笑いを浮かべましゅまろを見ていた。
反対に、ましゅまろは厳しい顔で黒狼を睨み返している。
ある意味では確かな因縁の対決だからだ、少なくともましゅまろにとっては無視できる相手ではない。
無理矢理視線を振り切り、呼吸を整え武器を構えようとする。
「貴方を倒します、必ず」
「良いぜ、やれるもんなら来いよ」
挑発、同時にカウントダウンが始まった。
黒狼が構える剣も、ましゅまろが構える剣も双方同じく水晶で作られた剣。
ただ、黒狼の方が大きく年季が入っている様にも見える。
そして、剣の構え方は全く違っていた。
黒狼は片手で剣を持ち、ダラリと腕を下げている。
反対にましゅまろは剣を両手で持ち、正面に持ち上げていた。
ただ静かに時間を待つ、互いに考えていることは同じだった。
「『超越思考加速』、超越する……!!」
ソレは、最速で相手を倒す。
「『刻蝕禍灼』」
互いに、目に捉えられない速さだった。
ましゅまろは超高速で動き、黒狼はその動きを捉えきれぬまま反撃する。
普通の、通常のプレイヤーであれば認識すら難しい速度の一撃。
互いに放つ一撃は互いを一撃で殺せぬまでも、戦闘不能に追いやれるほどの脅威を孕んでいる。
勿論、必殺に該当する攻撃にみすみすと当たるわけも無い。
ジャブだ、判断は迅速に行動は拙速に。
黒狼はその攻撃を回避しながら、迫る追撃を知覚する。
「『思考加速』ッ、『超思考加速』!!」
次の瞬間、黒狼の左脇腹に剣が生えて消えた。
思考加速のスキルを発動した、僅かその瞬きを隙と判断され攻撃を入れられたのだ。
改めて、心底から震える。
興奮か恐怖か、深い問いかけは不必要だろう。
ただ確信がある、この女は一切の妥協や油断なく殺しに来ているという確信が。
「(へぇ、はぁはぁ……。あー、目がジンジンして気持ち悪りぃ。けど、勝負の土台には立てたかな?)」
『超越思考加速』、そのスキルの特異性は数多のイレギュラーにしてエクストラを抱える黒狼ですら計り知れない。
そもそも思考加速というスキル名をしているくせに、その実態は時間超越が相応しいだろう。
思考加速スキルの組み合わせで一時的に三倍速の思考加速状態に入った黒狼は、そう考える。
何が辟易とするかといえば、この三倍速の思考空間の中でも捉えるのが難しい速度で動く彼女だろうか。
黒狼が思考だけの加速に対して彼女は、彼女が行う行動の悉くが10倍である。
今まで彼女と戦ってきたのが超高速の技術を目標とし、そしてあらゆる方向で極めてきた剣士どもだったからこそ余り目立ちはしなかったが……。
黒狼は良くも悪くも平均的なトッププレイヤーだ、ソレこそ彼女の動きを思考加速空間を用い目で追うのがやっとなレベルの。
その上で、相性が悪いトッププレイヤーと戦い続けて勝ちをもぎ取ったその実力。
間違いなく、黒狼の勝ち目は薄い。
「(初手で仕留めきれなかったのが悔やまれる、ソレに思考加速系スキルはデメリットも重い。後展開できる時間は8秒程度か? ソレが終わったら一時間のクールタイムか、舐めてやがる。その上でアイツを8秒で殺せる自信もないな、最悪だよ……)」
『刻蝕禍灼』の抜刀は、直線上に膨大な熱の斬撃を飛ばし焼き切る大技。
ではあるが同時に最大の初手という運用が正しくもある、何せ回避の難易度は非常に高く連続的な運用も比較的簡単ではあるのだから。
だからこそ水晶剣をブラフに使いインベントリから出しながらの特殊アーツを用いたというのに、その結末が碌に当たりもしないなどというのは滑稽に過ぎる。
そのくせ相手の速度は展開した『刻蝕禍灼』の速度をある程度認識できる速度で動いてくるという、これで小さくて黒けりゃゴキブリだ。
まぁ大きいからセーフってわけも無い、というか大きくて素早いゴキブリはキモさ倍増だろう。
やはり嫌なものは小さくあるべきだ、視界に入る面積が狭まれば殺しやすくなり多少溜飲が下がるというもの。
「つまりはさっさと死ねって結論だな」
次の瞬間、迫る水晶の剣を水晶剣で弾く。
戦闘能力の高さはイマイチだが、黒狼とて数多の難所を潜り抜けた猛者も猛者。
たかが一撃たかが攻撃、弾けぬ道理もありはしない。
まぁ? 求められているのは激ムズ譜面をノーミスクリアだ、たかが一撃弾けた程度で安堵するなど笑止千万。
迫る追撃を全て弾く、腕に伝わる衝撃は重いがそこは堪えるのがマナーだろう。
「『パリィ』」
スキルを発動し、カウンターに派生させる。
交差する一撃にスキル、黒狼の緩慢たる動きは隙そのものでありスキルの発動こそが命取り。
僅かにかかる攻撃力上昇バフで帳尻を合わせるつもりだった黒狼だが、カウンターの動きがある程度制限させられてしまい結局は反撃に繋がらない。
回避は間に合ったからこそダメージは負っていないものの、精神的には大ダメージだ。
自分が嗾けたとは言え、村正を伝手に柳生に師事させたのが裏目に出たと言えるだろう。
拙いながらも確かに技を放ってくるのだ、しかも十倍速で動く以上は相応の質量も伴う。
耐久面も予想ではあるが脆くは無いだろう、そしてそもそも攻撃が当たらないという地獄。
クソッタレなヘルモード、正しくこの状況に当てはまるだろう。
だが、だからこそ最高に楽しい。
地面に踏み込む、そこから切り上げを放った。
勿論回避され、ソレどころかその攻撃すら隙と見做して反撃を繰り出される。
一撃の重さはさほどのはず、けれどもその攻撃を剣で受ければ弾き飛ばされそうになってしまう。
チートだ、黒狼が築き上げた努力の全てがたった一つのスキルを相手として飛び越えられた。
彼女の軌跡の全て、とまでは行かないが殆どを知っているからこそこの感想も出てくるわけで。
「流石に、解禁するか?」
ソレは、自問自答だった。
ココで使えば、対アルトリウスにおいて大きく劣勢となるかもしれない。
もしかすれば無くても有利を取れるだろう、けれども残しておいた方が間違いなく良いのは分かり切っている。
だからこそ生まれた一瞬の躊躇い、普通ならば。
いつもの先を考えず常勝を当然とする黒狼ならばやっていなかった迷い、それこそは間違いのない弱点となり寝首を掻かれるきっかけとなる。
我武者羅に迫る刃は、確かに黒狼の首を捉え。
「不味、
「『ー』」
いッ!!」
その油断を潰し、命を奪う刃を。
致命となりえる攻撃を、放ってくる。
だからこそ、黒狼もなりふり構わず装備した。
その、『式装』を。




