Deviance World Online エピソード6 『聖剣使いのアルトリウス』
戦いは、簡潔に言えば蹂躙で終わった。
聖剣エクスカリバーの輝きが到来すると同時に、駆け引きなどの猶予もなく肉体ごと消し飛ばされる。
『騎士王』アルトリウスの戦いとは、即ち蹂躙そのものだ。
「良い戦いだったよ、もう少しで僕が負けるかもしれなかった」
その言葉には、一片の嫌みもない。
純粋で惜しみない賞賛であり、全くの本心そのもの。
だからこそ、対戦相手の男は静かにアルトリウスが出した手を断る。
「流石に、ソレはないね。それに、今の実力じゃ敵いやしないよ。大人しくクールに負けるさ、そっちの方がまだカッコいいだろ?」
それだけ言えば、その男も闘技場を後にした。
賞賛の最中、アルトリウスは少しだけ顔を伏せた後に聖剣を納刀する。
力があるというのは、それだけでよい事ではありえない。
殊更、アルトリウスの力は研鑽と努力の果てに手に入れたモノではなく選ばれたがゆえに揮えるモノ。
何の努力もない、と謙遜するほどに本気で向き合っていないという訳ではないが。
否、だからこそだろう。
この世界を遊ぶという観点で楽しんでいる彼らとは一線を画すほどに血の滲む努力はしているが、それでもこの世界に魂を捧げたと言えるほどではない。
「いいや、そんなことはないさ。泥臭く足掻くのも、僕はカッコいいと思うよ」
答える相手の居ない返事、その言葉は誰一人として耳にする者はいない。
アルトリウスにすら聞こえないだろう、その言葉は。
当然にして必然ともいえる勝利ではあるが、けれどもその勝利に会場が湧きたっているのはこれ以上ない事実でもあるからだ。
* * *
事実、聖剣使いのアルトリウスは全プレイヤーの中でも最大級の強さを誇るプレイヤーだ。
幾つかの語弊は混じるが北方のNPC、史上最強と噂されたレオトール・リーコスを撃破したという事実を踏まえてもその言葉に偽りが介在する余地はない。
付け加えるとするのならば、彼の持つ聖剣『エクスカリバー』が纏う『仮想属性』も彼の強さに拍車を掛けていると言えるだろう。
DWO、このゲームには特定数以上の属性が同一空間に展開された場合属性が混ざり合い他の属性や魔力と反発する性質を帯びる様になる。
その属性は通称的に仮想属性と呼ばれ、現行人類の技術や魔法体系では完全な制御下に置くことは不可能とされている特異亜種属性そのもの。
そんな属性だがこと、先史時代の産物である準古代兵器にして聖剣『エクスカリバー』では完全な制御下に置くことが可能となっている。
「それが、最強の兵装。プレイヤー最強を知らしめる最強の剣、エクスカリバー」
或いは、こう言い換えてもいいかもしれない。
『騎士王』アルトリウスが用いる、最大最強の翼であると。
彼という存在は、この世界では少なくとも人の範疇を大きく逸脱している。
導きの星、果てに辿り着く月明かりそのもの。
彼の背中は確かに大きいが、故にその内に魅入る魔性がある。
輝ける北極星ほど冷徹然としておらず、綺爛たる太陽ほど暖かさはないものの。
どこか辿り着けると思える程度に、暖かさと冷たさが同居しているのだ。
「そういえば、私は何でキャメロットに入ったんでしたっけ?」
都市郊外、森の中。
堪えきれぬ飢えから剣を握り、思わず地面を駆け抜け森へと入った彼女はそう呟く。
なぜゲームを始めたのか、なぜ戦いを発するのか。
なぜ、空を飛ぼうとしているのか。
徐々に腐っている、体の内側にして心の芯。
自分の在り方そのものが変質を始め、自分の在るべき姿を見失っている。
けれども妄執は消えず、闘争をもとめ体は乾かぬ飢えに焦がされていた。
或いはソレが人間の本質なのか、問いかける言葉は誰の口からも発されず静かな森の中で彼女は敵を求める。
「あ、『超越思考加速』超越する」
ふと、影が見えた。
加速世界に突入する、力を行使することに何の躊躇いも無くなってきたのはきっと良いことだろう。
戦わない選択も、戦う選択もできない中途半端な自分を顧みながらそう考えてみる。
直後、無意識的に水晶剣を振っていた。
殺すという意識もなかった、戦いたかっただけだ。
超加速世界、誰も彼もが内側に入ることすら能わない領域。
認識と認知の超越、凡そまともな加速領域ではない。
その空間に到達した瞬間に、水晶剣を振い。
けれども、その攻撃は意外にも止められた。
「『付与:抵抗』、改めては初めましてですね」
「……? 誰ですか、貴方は」
「グランドアルビオン王国の王女、聡明な貴方ならばわかりますよね?」
超加速した時間が急速に鈍化し始めた、否違う。
超加速という状態異常とでもいうべき状態を、無理矢理レジストさせられたのだ。
彼女の言葉を聞き、その言葉の意味に思いをはせる。
そして次の瞬間、彼女の正体を察して青ざめる。
グランドアルビオン王国、その王女でありここまでフットワークが軽い人間は1人しかありえない。
王女ギネヴィア、この国に根張る人間であれば知らないほうがおかしいレベルのビックネームだ。
そんな人間に剣を向けた事に驚き、次に如何様に弁明すべきか戸惑う。
言葉は出てこない、思考がピタリと止まったかのように何も想い浮かばないのだ。
「謝罪の言葉はいりません、人は間違えるものですから。ただ、少し怖かったです」
クスリ、そう笑う様に諭す彼女は心が広いのかあるいは危機感が無いのか。
だが確かに簡単に殺せる気はしない、ましゅまろは認識を改める。
しかし、本当に優しいものだ。
これほど優しいというのも、また少し恐ろしいものだが。
人間、大抵殺してこようとしたら相手にここまでの優しさを掛けられるものだろうか。
「あの、何故ここに?」
「うーん……、秘密です」
コロコロと、鈴のなる様な笑顔だった。
まるで明日を考えていないかの様な、清々しいまでの微笑みだ。
その後、ましゅまろは彼女と少し話をした。
他愛の無い話だ、少なくとも彼女の在り方を変えるほどに大きな話はない。
はっきり言って、記憶にも留まらない程度の内容だった。
だが、けれども決して無視できて良い言葉ではない何かを聞いた気がする。
「きっと、進んでくださいね」
ましゅまろにとって無視しては良い内容ではない、そう確信を抱く様な言葉を。
「進んだ先に待ってる結末を察することなどできません」
或いは、おそらく。
「この国が、貴方にとって美しいのならば」
けれども、無意味な言葉だったのだろう。
「二度と来る事のない、また逢う日まで」
「きっと貴方は抗すると、私は信じていますから」




