Deviance World Online エピソード6 『辛勝』
「(知ってるぜ? 神父、はっきり言おう。アルトリウス以外で俺が負けるとするのならば、お前以外にあり得ないってことを)」
脳がシェイクされている、筋肉によって胎動する心臓の鼓動に空気が震えているのだ。
これほどに規格外で大馬鹿野郎、黒狼は笑顔が止まらない。
そして互いに成長しているのを実感できる、この大男もまた奇想天外な方面にせいちょうしているのだろうか。
考えれば考えるほど可笑し面白い、愉快滑稽極まりない。
「『不和に予言、支配に誘惑、美と魔術』」
詠唱を告げながらも、やはり自分が戦況を握ることは不可能かと悟る。
勝つ負けるという部分で話すのならば黒狼は自分が勝つと疑っていないし、負ける可能性が介在することを赦す気はない。
だがしかし、戦いのリズムに関して言えばそうでもない。
放たれた拳を寸前で回避する、だが拳が殴った空気によって吹き飛ばされた。
予想ではあるがステータス的に言えば700から1000の間だろうか、筋肉だけに特化しているからこそ実際にソレを引き出せているかは不明だがバフありきとはいえその数値は感嘆驚愕に値するモノだ。
オールステータスおおよそ2000超え、短時間ではあるが最終的な結論はソコに帰着する。
戦争時点ではプレイヤーの一握りだけがオールステータス1000を超えているという状況だったのに、今では1000越えが山のように溢れているとは時間の儚さを感じさせられてしまう。
だがそれでもバフありきとはいえ2000越えは一握りもひと握りのはずだ、ソレも制御しているとでもいうべき状態であればなおさら少ない。
最強だ絶対だ何だと言うつもりはないが、それでも。
「(警戒ですませば寝首を掻かれる、エンジョイ勢のくせしてガチのステじゃねぇかよ全く)」
余裕な雰囲気を醸し出しているが、今の攻撃の余波だけでダメージが発生している。
詠唱中は他の魔術やスキルの展開も困難であり、ダメージを軽減する手段はアイテムなどに頼る他ない。
結論から言おう、とてもではないが凌ぎ切れる状況ではない。
だが此処で相性を破棄すれば、あの一瞬の判断は無意に帰す。
つまりは前向きに負けるか、後ろ向きに負けるかの話でしかない。
「『これは戦争、これは敵意、山の心臓、曇る鏡』」
第三節の詠唱、直後に腹にパンチを入れられる。
臓物を吐きそうになりながら堪えつつ、冷や汗は頰を伝った。
自力がない黒狼では自力しかないガスコンロ神父に負けるのは必然の道理だが、或いはだからこそ負けないための対策はあったのだが。
打開点は最初の攻防、その瞬間だった。
罷り間違っても今というタイミングではない、絶対にだ。
ダメージは甚大だ、相手は格ゲーばりのコンボを決めようとしてくる。
対する黒狼はそれほど猶予がない、ワンコンボで即死だろうか。
無理矢理な動きでコンボを止めさせるが、代償は高く付く。
「続けますか?」
その言葉は、心臓を踏み潰そうとしながら言う言葉じゃない。
反論をする余裕もない地獄だ、その上でこの男は反論を聞きもしないだろう。
冷え切った笑顔で返しながら確信する、コレは恐怖だ。
最悪、そう吐き捨てながら『黒蝕禍灼』を取り出す。
握った瞬間に始まるHPの減衰、全身を蝕み焼き尽くしながら効果力を齎すこの妖刀。
本来のトリガーを抜き発生させる神速の抜刀を行う運用は不可能だが、けれども普通に振るうだけでも無視できない火力を発揮できるだろう。
だからこそ取り出し、反撃する。
「『五大の太陽、始まりの五十二。万象は十三の黒より発生する』」
再びメイスと刀が交差した、火花を散らしながら拮抗状態に持ち込んでいる。
だがその拮抗状態も長くは続かない、神父の方が力が強い以上は黒狼が劣るのは自明の理。
押し込まれ吹き飛ばされながら最終節を詠唱する、ただ勝利の確信を以て。
「『第一の太陽、此処に降臨せり!! 【始まりの黒き太陽】』」
右腕に魔力が収束し、黒の螺旋を描く。
直後に天蓋を思わせる極大の魔法陣が展開され、収束。
純粋に圧縮され、バレーボールやサッカーボール大の暗黒球が生まれた。
【始まりの黒き太陽】、黒狼が用いる中で最大級に異端の深淵の魔術。
もともとは黒き神の概念を与えられていたことから使用できた、黒狼を黒狼たら占めている必殺技。
だが黒き神は与えた概念を簒奪し、遥か彼方に消えていった。
故に黒狼はその能力を本来ならば使えない、使えるはずがない。
「蛮神、異端者か」
「世界にとっちゃ、異端でもねぇと思うがねぇ」
無貌の神、百貌の神、神々の代弁者にして神々の代行者。
悪意ある混沌は黒狼に力を貸与した、無期限に黒狼との契約を結んで。
力の性質、あり方の変革。
存在の変化、重圧の多様さを目ざとく感じた神父はメイスを捨てる。
一段と黒狼の異質なビルドに磨きがかかっていた、ソレを肌で感じられてしまう。
かつて一度戦ったことがあるからこそ、この短い期間でどれだけの準備を整えたのか。
興奮して筋肉がはちきれんばかりに膨れ上がってしまう、筋肉で筋肉を押さえつけなければ膨れ上がり皮膚を破壊するだろうか。
「さぁ、死ぬまでの秒数を数える準備は出来たか?」
「無論、貴方が死ぬまでの秒数は数え終わっていますよ」
黒き太陽、その魔術はステータスの耐性を無視したダメージを発生させる。
ダメージは中心では6000ダメージ、さらに複数の状態異常と魔術を視認するだけで身がすくみ体が動かなくなるほどの恐怖が与えられる最悪の魔術であった。
だが利便性のために泣く泣く劣化させ、自傷ダメージを極限まで減らし本来は青天井だった消費魔力量を大幅に制限させることで黒狼の最大MPのおおよそ9割にとどめ。
詠唱完了した後、発声する鍵言葉で展開されるのを任意に変化させ必死にデチューニングした結果に完成させた奥義。
その努力の結果は、相応に恐ろしいモノに変貌している。
挑発、投げかけた言葉の返答すら聞かずに地面を疾走。
当てれば勝つ、それはまごうことのない事実だ。
だからこそ黒狼は先手を取ろうとし、最高速度で動く。
筋肉は万能だが絶対ではない、過剰な筋肉は体を重くする。
いわゆる見栄筋という肥大化した筋肉は過剰に体を鈍重にさせ、実用性に大きく劣るのは語るまでもない事だ。
もちろん、神父の肉体にはそのような過剰な見栄筋は存在しない。
けれどもより先鋭的に実践化された傭兵の肉体を簒奪した黒狼の体躯と比べれば、その筋肉の悉くは見栄筋といって差し支えない程度の筋肉だ。
つまりは未だ発展途上、或いは未熟者の筋肉。
故に速度で勝るのは黒狼、これは必然にして絶対の理である。
だがけれども、戦闘技術の方面で見れば黒狼は如何せん後手を取るスタイルであるのも事実だ。
故に黒狼は、その最初の一手を甘んじて受け入れた。
「、ナニ__?」
「死ねよ、馬鹿が。【復讐法典:悪】」
今までとは状況が違う、という前提をまずは置いておこう。
確実に殺せる必殺が無かったからこそ、今まではその攻撃の悉くを許容することは許されなかった。
けれども今では状況が違う、黒狼の手の中には【始まりの黒き太陽】が眠っている。
だからこそ、その一撃を受けることが可能になっていた。
黒狼の種族は人間だ、ただしそれは現在はという但し書きが付随する。
彼本来の種族はアンデッドであり、不死者。
人間よりも本質的には高位の種族であり、より魂魄的な種族である。
だからこそ器となる肉体が崩壊し、HPがゼロになったとしても僅か一瞬の猶予があるのだ。
さらには【復讐法典:悪】という、自分の肉体状態を相手に押し付けるスキルも利用した。
神父の攻撃で全身が崩壊し破裂しているというのであれば、その状態はそっくりそのまま神父にも帰ってきている。
互いに崩壊しながら、それでも必死に耐える神父に黒狼は【第一の黒き太陽】を押し付けた。
一瞬にして膨らみ、黒狼と神父を覆いつくす。
熱量は摂氏六千度、つまりはジェネリック太陽。
暑さを自覚するよりも先に、確実に肉体が消失する。
確信と手ごたえ、勝利の確信に歯を噛み締める黒狼。
「見事、ですか」
火球の中に沈みゆく大男、神父は素直に自分の敗北を認める。
そして彼の完全消滅を目にしながら、黒狼も自分の肉体が消失したのを自覚した。




