Deviance World Online エピソード6 『マッスル』
突進、そこから剣を振りかざす。
その攻撃をよけもせず、無造作に拳が振るわれ結局攻撃は成功しない。
回避しなければ即死だった、もはや残るHPは心許なさ過ぎる。
冷静な立ち回りを意識しなければ死ぬ、だが狂乱に浮かれたような攻撃を行わなければ殺せはしないだろう。
「厄介な二律背反、嫌いじゃねぇぜ」
笑みは消せない、間違いの無く興奮している。
勝てない難敵などいつ振りに相まみえるか、そう思考して首を振る。
そうするように選んだのも、結局は自分の選択だ。
潜伏する、その選択を選んだのも自分だ。
後悔はない、そしてそうでなくては勝てないと理解してもいる。
だがこうして血湧き肉躍る戦いを出来てしまうとやはり、物足りなさを覚えていた自分に自覚もゆくものだ。
「だがゆっくりも出来ねぇんだよ、残念なことにな?」
愉しみは一瞬で終わるからこそ、楽しいのだ。
でなければその楽しみは結局浅いモノでしかなくなる、そんなのは御免でしかない。
人生という刹那を消費して、全てを嘲笑しバカ笑いをしよう。
そうすることでしか見えてこないモノもあるだろう、或いは黒狼はソコでしか見えない何かを見続けているのだろうか。
いずれにせよ、どちらにせよ思いを這わせる必要はない。
黒狼は腕を切り落とす、その行動にどれほどの意味や価値があるのかは定かではないが。
いや、意味や理由に価値を求めるのは無駄だ。
黒狼は一貫して意味のある行動を行う人間ではない、そういう類の生命であるはずがない。
「『筋肉鉄化』『恵体』、何処からでも」
「行くぜ? 『其の至剣、此処に在れ』」
切り落とした腕に黒き剣を突き立てて、その全てを闇に染め上げる。
代償だ、そして対価でもある。
この腕一本を対価として、あの絶世の技を再現しよう。
勝つだけの方法ならば、他にも存在するだろう。
けれども、しかしだけれどもだ。
完璧に完全に完膚なきまでに勝つのであれば、その手段は用いれない。
だから妥協だ、妥協案ではあるがこれ以上ない最上の武装による魔術の展開で殺しきってやろうじゃないか。
もっとも、ソレを見す見す見逃す神父でもない。
即座にメイスを投げつけ黒狼の詠唱を妨害しようと画策する、黒狼もソレを予見し回避するが。
流石はここまで勝ち抜いてきた戦士だ、詠唱キャンセルの定石を的確に組んでいる。
全て回避しながらも、生きた心地はしない。
「『セント・クリエラの磔刑』」
「ッ、『其の極魔、ここに在れ』」
次に飛んできたのは魔術、或いは魔法だ。
攻撃は聖属性、光芒で作られた十字架が展開され地面に突き刺さる。
一瞬後に炸裂し無数の光弾が四方八方に飛び散れば、黒狼やフィールドを無差別に攻撃し始めた。
回避はできない、回避できるほど軽い弾幕ではない。
歯を食いしばり耐える、耐えなければ。
「『セント・ヴァレンタインの栞』」
喉を栞に貫かれる、詠唱の続行は不可能か。
一瞬の思考ののちに出た結論は否、そうである訳がない。
喉が潰されたぐらいで詠唱を止めるなど、軟弱惰弱の極みだろう。
呼吸を捨てる、喉に血液が流入し反射的に嗚咽が漏れそうになる。
だが嗚咽を漏らす余暇などない、常にアクティブ状態にしている『魔力操作』スキルを用いて空気を震わせ詠唱を続行させてゆく。
攻撃に対して直撃を免れれば、ガスコンロ神父の攻撃と言えども即死はない。
そんな軟弱な肉体を奪い取ったつもりは、毛頭ない。
「『慄きを以て、此処に相見えよ』」
第四節、本来ならば。
あるいは元のレイドボスはこの段階で詠唱を完成させていた、けれども黒狼はそうもいかない。
魔力の絶対量はかのレイドボスに、『月光のペルカルド』に遠く及ばずまたその実力は低すぎる。
だからこそ四節の詠唱では成し得ない、だからこそまだ言葉を紡ぐ。
「『信仰』『セント・エンリの慈愛』『マッスル』『聖律防御』、来るか」
「『暗きを照らす暗黒を再び【褪せた月光の聖剣】よ』」
魔力が収束し、暗黒の月明かりが一面を照らす。
それは目を焼く憧憬の輝きであり、とある男が辿り着いた究極の到達点。
果て無き道の先であり、剣と魔術の極みを体現する確かな奥義。
おそらくは、本来の使い手であればこの攻撃は正しく必殺とでもいうべき技であり。
かつて黒狼が防いだ時は不破壊の性質を持つ水晶の剣で乱反射させ、心象世界を崩壊させながら防御した。
それほどの必殺であり、けれども今や見る影もない。
あるいは、黒狼の成長性がまだあると示していると捉えるか。
いずれにせよ神父の選択は正解だった、最後に攻撃ではなく防御を選んだということは。
その攻撃は最適化されていない、言い換えればその攻撃は不完全であり防御すればダメージは大きく軽減できる攻撃である。
先の一度、【剣聖】相手に用いたときにその性質を看破していたからこそガスコンロ神父は防御という選択肢を選んだ。
だから、これほどの軽症で済んだに違いない。
「それで尚も、メイスと右腕を持っていくか」
「腕しか捥げねぇのかよ……」
神父の驚愕に、黒狼の呆れ。
互いに同じ表情だが、示す感情は全く異なる。
辟易とした様子で片腕ち再び力を込める黒狼に、奪われた片腕を庇いつつ静かに魔法陣を刻む神父。
「『慈悲を此処に』」
色々端折った詠唱、だが効果は絶対だ。
破壊された腕が止血される、HPの減少も止まった。
より顔を顰める黒狼、此方は自傷により相当軽減されているとはいえダメージの減少が続いているというのに相対する神父は平然としているのだ。
全くもって、やってられない。
だが、条件は対等だ。
少なくとも双方片腕を失っている、HPの差はあれど軽微軽傷では済まない。
決めるのならばこの次の攻防で、予感ではあるが確信でもある。
少なくとも自分ならばこの次で決めにいく、であれば相手もそうするに決まっていると言う空白の盤面における定石。
そして互いの予感は正しく、己の最強を持ち出した。
「『筋肉こそは宇宙なり』」
「『夜の風、夜の空、北天に大地、眠る黒曜』」
黒狼は詠唱を、そして神父はスキルを用いた。
現状、DWOに存在する数少ない規格外のエクストラスキルを。
規格外の中の規格外、心象世界によって形成された最上のスキルを。
『筋肉こそは宇宙なり』、彼がそのスキルを発動した瞬間に会場にはどよめきと感嘆の声であふれた。
何故か、ソレはガスコンロ神父の服が膨張する筋肉によって割かれたためだ。
ギリシア彫刻を思わせる美しくも洗練された肉体美、まさしくマッスルという名にふさわしい筋肉。
肉体から見て取れる肉体美からも、おそろしさは感じられる。
だが、これはスキル効果ではない。
単純に神父が力んだだけだ、少し力んでしまい服が破け散ったにすぎず。
「行儀のよい振りは、ここまでだ」
『筋肉こそは宇宙なり』、その効果は単純に筋トレ効果をステータスに変換するだけのスキル。
筋肉を増強するなど、筋肉を強靭にするなどそんな軟弱者が使うスキルではない。
筋肉は絶対であり信仰すべき神である、けれども同時にこの世界は絶対神を祝福しえない。
なにせ、筋トレで鍛え上げた筋肉によって成長するステータスは微々たるモノであるのだから。
そんなことが許されるものか、許されてたまるモノか。
かつてのマッスルは嘆き、世界の理を書き換えた。
神父は彼に敬意を示し、己が筋肉の未熟さを嘆きながらこのスキルを用いる。
驚天動地にして刮目せよ、筋肉こそは宇宙なれば。




