Deviance World Online エピソード6 『羽』
輝きを、憐憫を。
それ以上の尊さを、それ以上の義理を。
私は私のために駆け抜け続け、誰かは誰かのためにソレを阻む。
人間とは、どうしようもなく不完全な生命体であるのであれば。
私という個体は、その不完全さを拭い去ろう。
空の彼方の遥か先へ忘れられぬ望郷の黄金を胸に夕暮れと朝焼けの交差する黄昏の中で、たとえ終わりが来るとしても。
そう有れと作られたのだから、そう有るように生きるべきだと。
「ただ、姿形が変わっただけ。なんてことで終わりという事は……、なさそうですね」
玄信の呟き、構えは崩さない。
油断大敵、腑抜ければ喉元に牙を突き立てられるのが戦いだ。
どれほどの力量差があっても、油断をすれば即座に死ぬ。
もっともその心配はないかもだが、何せ目の前で発される威圧感は油断できるほどに小さくないのだから。
まだ玄信が挑まれる側ではある、そうではあるのだが実質的な力関係は最初に玄信が囀った通りになっている。
玄信が挑んでいる、少なくとも玄信の胸中はソレを事実とし喜びを隠せない。
「(力の性質は……、私の未知な部分を凝縮したようなものですか。推論を重ねれば重ねるほど、自滅するのは自明の理とでも言えますかね)」
考えすぎず、けれども考えなさすぎず。
全ての武術に通じる一点があるのならば、ソレは結局テンションやコンディション次第で否応無しに結果が変動することだろう。
如何程の達人でも腕がなくば剣を振る得ない、如何程の弱者でも全てを切れるのならば勝ち目は見える。
一見すればとんだ屁理屈だが屁理屈こそは世界の芯を捉えている、ソレがどんなに下らぬ話でも言い換えてしまえば理屈が通っているのだから。
息を飲み込んで、迫り来るのを待つ。
「『クイックパンチ』」
初撃はただ素早いだけのパンチだった、顔を狙った杜撰な一撃を玄信は体を捻り回避する。
続く攻撃は剣での大振りな振り下ろしであり、コレは脅威と認識すれば即座に腕を切りにかかって。
妖しく見えた眼孔を前に、思わず一瞬の躊躇いを覚えてしまう。
彼女は先の戦いで相手の武器を壊すという暴挙に出た、今回も行わないという保証はない。
そもそもスキル『水晶大陸』と言う物の恐ろしさを理解できていない、彼女もだろうがそれ以上に自分もだ。
過去に類似したスキルが用いられた戦いは一度きり、先の戦争において個人のNPCがプレイヤー総勢3000人以上を相手取り問答無用の勝利を収めた戦いのみ。
そのNPCは戦いが終わった後に謎の光に包まれ消失し、一人のプレイヤーが進化したと話は聞いているが……。
いや不自然に濁すのは良そう、予想通りだ。
アンデッドであった黒狼はNPC【レオトール・リーコス】の肉体を自分の進化素材として用い己を強化した、その在り方と冒涜的さ。
それに加えガスコンロ神父を筆頭とした複数の聖職者系プレイヤーから黒狼を示した警句が発され、ガスコンロ神父が彼を『不死王』と称したことで最悪のトッププレイヤー。
『不死王』黒狼が、その逸話が始まった戦いの話だ。
「(いや、ならば尚更受けるべきだ)」
サブ武器を決闘に持ち込んでくるバカは少ない、あの柳生はシンプルに速すぎる斬撃で耐久度を恐ろしい速度で削ってくるため数本持ち歩いているだけだ。
勿論、玄信も持ち歩いてはいない。
持ち歩いていないが……、そもそも二刀持ちの戦いしかできないという訳があるはずもなく。
一本一振り、砕く覚悟を持つ。
次の瞬間、体に届いたのは衝撃だった。
体を貫くような重さ、打ち込まれたのはシンプルな蹴り。
そのはずなのに内臓が捩れ胃液が迫り上がる、白黒とする視界に彼女を捕え続けることはできない。
「ッゥッッ!!?」
判断は一瞬、行動はそれよりも早く。
地面を蹴って前に進む、後退などすればその瞬間に距離を詰められるだろう。
意表を突いて意識の隙間を縫い繋ぐ、少なくともこの一瞬においては彼女の強さは玄信の強さを軽く上回っていた。
けれども猶予がないのは、やはりましゅまろも同じだった。
【天流】を前にして、少なくとも対等以上にはなったとましゅまろは自覚した。
だからこそ余計に焦ってしまう、何しろ自分にすら得体のしれない力を用いて戦っているのだ。
勝つ可能性は見えているがそれと同じか、あるいはそれ以上の可能性として自分の力で負ける可能性も見えている。
溺れている、急成長した自分の能力にして力に自分自身が自覚を隠せないほど溺れていると。
「『構え』」
玄信がスキルを発動した、直後に放たれた斬撃を自らに生えた羽で弾く。
攻撃は鋭く重い、羽にも傷が無数に付くことだろう。
だが不思議と、不自然に痛みは感じなかった。
「『洒脱』」
続くスキル、直後の攻撃。
羽を貫かれ眼前に刃の鋒が見え、息が思わず止まる。
死んだと錯覚するほどに恐怖を覚え、それでも無理矢理に体を動かし刀を掴む。
互いにとって現状は対等でない、肉体やステータスではましゅまろが一歩勝り技や技巧では何歩も玄信が先を行く。
双方ともに自分の強みは突出しており、反面的に弱みはそのまま残っていて。
互いに謙遜しあうようにして相手に脅威を覚えているのは、ソレが理由だ。
「(一気に競り落とす? 駄目だ、自分でもわかっている。短絡的な手段を取れば間違いなく攻撃を通してくるはず、進化によって本来は無くなっていた命が救われた。死んでいたはずの攻撃で死ななくなった、だから勝てるなんて浅はかな考えは捨てるべきだ……)」
けれど、だ。
逃げ腰では負けるのも間違いない、積極的に攻め続け増大したステータスによってごり押しするほかに勝てる道はない。
いずれにせよ、負けるという明確な事象は目の前に見えている。
条件は等しく見えているが、あるいは競り合えば競り合うほどに相手が有利に見えてしまうが。
その優劣は僅か一瞬で覆されるモノに他ならない、これはましゅまろが初心者だとか弱いだとかの理由が明確な話ではなく戦いにおける道理そのもの。
状況とは一辺倒ではなく変わりゆくものであり、結論を安直に求めるのは愚の骨頂ともいえるだろう。
故にこそ勝ちたいのならば勝ち筋を自分の中で明らかにせねばならない、ソレは今までと同じように。
「(手札は決して少なくない、強制的にも等しい進化だったけれど柳生さんやダンジョンにいたときに得たスキルは確かに存在している。うまく利用する、それだけで勝てる……はずだ)」
自信はない、けれども負けるわけには行かない。
剣を握り再び進む、ましゅまろは越えなければならない越え続けなければならないのだから。
【天流】の構え、次の瞬間には腕に傷が入った。
マルティネス再使用まではまだ時間がかかる、その分の時間を稼げばましゅまろの勝利は保証されているようなモノ。
また一歩進む、もう一歩進む。
エクストラスキル、規格外の力に頼りつつも自分の力で乗り越えたいという欲求が生まれる。
けれどもその願いは叶うことが無いだろう、だけれどもそう願うことは決して間違い出ないのならば。
わずかな時間はすぐに過ぎ去る、結局のところましゅまろが有利を取れたと実感した時間は少ない。
自力では勝てなかった、超越するかのような規格外の力でなければ勝てなかった。
そう悔しさを噛み締めながら、彼女はスキルを発動する。
「『超越思考加速』、私は貴方を超越する」
願い這いつくばり、飛び越える。
未だひな鳥であったとしても、背中の羽は大きく世界を覆いつくし。
次の瞬間、彼女が持っていた水晶剣が目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し玄信を貫いた。
そのまま縦に剣を振り下ろせば、残っていたのはましゅまろの勝利だけだった。




