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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
二章上編『前夜祭』

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Deviance World Online エピソード6 『スカーレット』

 『天流』、玄信は内心で感嘆を漏らしていた。

 恐るべき強さ、()()()()()()()()で玄信ひいては『剣聖』柳生に迫るかと錯覚するほどの実力を持ち得ていると。

 だからこそ皮肉的にも聞こえるかもしれないが、やはりまだまだ彼女の立つ大地は彼ら一握りの武人相手には分が悪い。


 戦いとは理屈であり理詰で語れるものだ、右腕を振り出すのならば右肩に連なる筋肉の筋を自覚し関節の柔軟性を加味した上で足を出して重心を操るのだ。

 そんな基本的な戦い方、戦闘技術すら理解していない青二才が武人ひいては武士に敵うかと言われれば失笑を漏らすのが当然のはず。

 けれども彼女はその戦闘技術をスキルで補い、何を願うか知らないが全身を焦がすような狂気を纏い迫ってきている。

 感服、敬意に値する。


「参った、何て言わないでくださいね?」


 最大限の敬意を払い、そうして侮蔑しよう。

 飛び方を知らぬひな鳥が初めて空を飛ぼうとし墜落した様子を見た、路端の人間の様に。

 その挑戦に敬意を払い、その結末を侮蔑しよう。


「私が()()のですから、決して参ったなどと泣き言を言わないでくださいね」


 決して負けるな、決してくじけるなと願いながら。

 天の流れの一つにすらなれないひ弱な少女風情が、敵うわけないと嘲笑する。

 そうして、だからこそ一歩踏み出した。


 地面を蹴る、通常速度に戻った彼女は脅威でない。

 けれども手を抜くのは三流の仕事であり、一流に至らんとする自分が間抜けな行為を許されるわけがあるだろうか。

 土が飛び散り、地面を擦るように足を捌く。

 軸としていた左足を外し、重心を移動させ。

 腰を曲がらせ体を回す、体重を利用しながら捻りを加え腕を動かす。

 『天流』玄信の剣は『剣聖』柳生のような柔剣ではなく、男性の骨格や筋肉を最大限に生かした剛剣。

 それでも大剣となった彼女の、ましゅまろの剣を打ち据えるのは苦しいが骨や肉を断つのならば訳ない。


「ぐっ……、いっぁ………」


 地面を転がるましゅまろを睨みつける、そのまま左手に持っている短刀で首を切りにかかる。

 DWOでは発声によりスキルを発動するために、喉は戦闘時の生命線だ。

 一定レベルにスキルを極めたり、或いは魔力操作でスキルを模倣できる規格外相手には無意味な行動ではあるもののましゅまろがソレを成せるとは思えない。

 喉を切り首ごと貫こうとする、だがその前に逃げられてしまった。


 だが、首は確かに切り裂いた。


 喉を抑え剣を執り零したましゅまろに、再び急接近する。

 獅子は子猫を殺すのに全力を尽くさない、だが相手が子猫であるのならばだ。

 ましゅまろを子猫とするのならば、とてもじゃないが自分を獅子とうぬぼれることはできない。

 精々良いところハイエナだろう、故にハイエナらしく確実に勝利を修めに行こう。


「『パラライズ』」


 スキルを発動する、『天流』玄信は『剣聖』柳生と違い戦い方が一辺倒ではない。

 剣だけで勝ち難いのならばスキルも使う、そうして確実に自分が有利な状況を築き上げる。

 遍く天の道に通ずる、故にこそ天流ならば。


「ーーーッ!!」


 最初から油断なく、手段を選ばず。

 一握りの臨界、頂ともいえる武の高みに位置する彼にましゅまろが敵う理由など無かったのだ。

 胸を貫かれ、血反吐を吐き捨て世界が白黒に暗転する。

 HPは減少に減少を重ねて、もはや戦える状況にない。

 だからこそ真っ当な戦いはここまでであり、此処からは。


「私は、負けるわけにはいかないんです」

「なるほど、そう来るか」


 剣が、ましゅまろの意志に応える様に変貌する。

 もはや剣の形をしたナニカ、恐らくはシステムの意図する範疇。

 知識を手繰り、答えを悟る。

 【天流】玄信は知っている、その力の正体を。


「心象世界、か?」


 次の瞬間、玄信は剣を用いて一撃を弾いた。

 同時に砕け散る刃の鏡面に、汗を垂らす己を見出す。

 どうやら、そう言葉を続けるより先に体が動いていた。


* * *


 心の在り方、とはどう言うものだろうか。

 現実に対する認識、事実に対する感覚。

 それらに対する反応を心と言うのであれば、その在り方というのは現実にのみ帰属するはずである。

 言い換えればその存在は決して夢や微睡に加えて、空想や妄想などを行うことはないだろう。

 それは間違いのない、事実として。


 馬鹿馬鹿しい、笑い話だ。

 事実を捉え反応するモノを感情とするのならば存在する在来人類総ては感情および心を持ち得ていないという事に他ならない。

 そんな話があるモノか、そんな話があってたまるモノか。

 故にこそ断定しよう、心とは即ち現実や事実を規定する反応であるという事をだ。


「私は超越する、超越しなければならない」


 人は自分の都合の良いモノしか見ない、見ることができない。

 存在する全ては自分の中に介在するAbsolute Terrorを犯し崩すことは不可能であり、それは他者からの干渉においても同じである。

 世界は絶対であり認識こそが世界であり事実という空虚な伽藍堂は久しく遠く遥かに滅ぶ、それが摂理というモノだ。


「私は、貴方も超越する」


 銀世界、水晶世界、雪世界。

 なんとでも言うがいい、その世界を例える言葉は存在しない。

 だが世界が名付けた名前を流用するのならば、その世界は『Stellar Psychic Worlds: The Crystal Continent』即ち水晶大陸。

 その最奥、情報と記録の無限の回廊の中腹に座する可能性に手を伸ばす。

 負けてないと主張し、負ける訳にはいかないと叫ぶ彼女は。

 手を伸ばし続ける、故に。

 既に対価は支払っているのだ、間違いのなく。


ピコン♪


 ステータスに通知が入った、異常なレベルの上昇が発生している。

 計測不可能な領域から無理矢理に、無限大に等しいほどの経験値を。

 最底辺の種族ならばそれこそ、一瞬でレベル100に到達するほどの経験値を。

 無理矢理、獲得する。


「まさか、進化……?」


 困惑、鼓動と共に剣を握る。

 DWOの決闘システムでは決闘が行われている最中の変化は心的変化などの表露しない変化を除き原則起き得ることはない。

 だがこの事実には三つほどの例外が含まれる、そのうちの一つは一定以上のレベル増加だ。

 より厳密に言えば経験値取得量が一定を超えた場合、決闘システム内では本来起き得ないレベルアップが強制的に執行される。

 そして二つ目は上記レベルアップに起因する進化だ、DWOのシステム上無条件で生物が進化するという事はない。

 必ずレベルアップという要素があり生物は進化を果たす、コレは変えようのない絶対法則そのもの。

 三つ目は対価魔術などの決闘の枠外に存在する対象を用いた魔術を執行した場合だが、コレは今回の話とは大きく異なるために省略しよう。


 重要なのは一つ目と二つ目、即ち急激なレベルアップに加えソレに付随する進化。

 肉体が変容する、精々がレベル20程度であった『劣獣人(ロービースト)』の彼女のレベルは急速に上昇しついには100の大台を超える。

 原因など彼女にすら理解できないだろう、予測推理ならば誰かしら出来るだろうが答えを導き出すためのピースはそろっていない。

 ただ一つ言えるのは彼女は確かに進化を果たした、ソレもおおよそ従来の進化ではない。

 特殊条件をそろえた任意でない進化、システム的に登録された言葉で言うのであれば『変態』というのが正しいか。

 彼女は身体組成が作り替わり、従来生命を大きく超える存在へと昇華される。


「ごめんなさい、私は貴方を。貴方たちみたいな()()()()()()()、乗り越えなければならないのです」


 種族名『スカーレット・ヴォル』、背中には天使の様な大きな純白の翼が生まれ体は水晶さながらに透き通るように美しく高潔に見え。

 長くなった黒髪をたなびかせ白いという印象を与える彼女は、剣を然りと握る。

 『天流』玄信は口を紡ぐ、彼女の姿に何を見出したのかは誰にもきっと分からないだろう。

 けれども頬に一筋、汗が垂れているのは誰の目にも明らかだった。

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