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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
二章上編『前夜祭』

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Deviance World Online エピソード6 『月光』

「え、詠唱が始まった……!? 『剣聖』柳生を目の前にそんな余裕があるのでしょうか!!」


 響く解説の声、同じ部屋に座っていたスポンサーの1人でもある『狐商会』の長である陽炎(ようえん)は眉をひそめた。

 解説役になっている知名度だけはトッププレイヤーの『姫』リリカを見る、目の前の黒狼という男の厄介さを知らないからそんなふざけたことを言えるのだ。

 ひっそりとメガネを手にする、そのままあの空間を見て納得し。

 ハァと短くため息を漏らし、そうしてこの戦いの決着を理解する。


「(周囲の空間の魔力が黒一色でありんす、まぁ先ず柳生は負けるでありんしね。死体を操作し魔力を保持させておきながら必要になったら殺し収束させる、予選でしか使えない手段でありんすがだからこそ使った形でありんしか)」


 そのまま、右手に持っている水晶剣をみてまたため息を吐く。

 水晶、このゲームを行えば必ずついてくる厄ネタだ。

 彼の持つ剣も同様の水晶で間違いないだろう、本来ならば周囲に伝播し増殖する性質を持つがあの剣は例外的にその性質を持ち合わせていないらしい。

 絶対的な不破壊性のみが、現状のあの剣の特殊能力だろうか。

 推論を重ねながら、陽炎は益々眉をひそめた。


「す、すごい……!! レイドボス級の魔力の暴力が……!!」


 蠢く魔力が膨張し続け、剣に収束する。

 一瞬の間、呼吸の隙間の間にて黒き極光が光を成す。

 暗き光が、世界を焼く。

 それはかつての、英雄の一撃さながらに。


「『慄きを以て、此処に相見えよ【褪せた月(エクスカリバー)光の聖剣(・イミテーション)】よ』」


 黒狼の魔術の展開、収束された黒き極光。

 輝ける暗黒、魔力を収束させ他属性の一切の介在を赦さない攻撃。

 攻撃の成功こそは即ち、絶対的な勝利を齎すだろう。


「怖いありんすねぇ、トッププレイヤーどもは」


 陽炎の呟き、直後に陽炎以外の全員が目を見開く。

 常識、当たり前、当然という概念は既に捨て去ったほうがいい。

 勝てるぐらいで負けないのならば、一握りのトッププレイヤーはこれほど規格外ではない。


* * *


 右腕を切り裂かれた、そう認識する瞬間には首を切られていた。

 地面を転がる腕に徐々に逆さまになる世界、先ほどの一撃で柳生に一撃を与えたはずだが。

 嗚呼、とため息を漏らす。


「まさか、だよ」


 地面に転がる生首のまま、黒狼は感嘆を漏らす。

 ダメージは与えていた、攻撃は成功していた。

 ただそんなことを理解するより先に、彼女の方が動いていた。


 ダメージによって先に柳生が消えている、それなのに黒狼までも切り裂かれている。


 神速の抜刀術、勝てない道理がある訳だ。

 先程の攻撃、極限の一撃たる実質レーザービームの『褪せた月(エクスカリバー)光の聖剣(・イミテーション)』を正面から切ってきた。

 不可能だとは言わない、そんなありきたりな負け犬の遠吠えを口にするつもりはない。

 だが、しかしだ。


「嗚呼、最初に戦えて本当に光栄だ」


 もしも、コレが完全なタイマンであれば負けていた。

 奇跡や可能性が介在する余地なく、その神速の居合によって切り伏せられていただろう。

 純粋な技量などというものでなければ捌けない、究極に極めた普遍によって。


 地面を転がりながら天を仰ぐ、割合ダメージの発生は遅いのだ。

 本戦への出場権は得た、けれども其れだけでしかない。

 気分的には負けたようなものだ、ステータスが低く他者の介在が可能な環境で敗北したのだ。

 とてもではないが、勝った気分には成れない。


「早く殺せよ、ダラダラと生きているのh」


 次の瞬間、ダメージ判定が発生する。

 全身がポリゴン片へ変換され、再構築される感覚があった。

 眉を顰め、待機場に戻ったことを知覚する。

 そして目の前にいる彼女を一瞥し、ため息を吐いた。


 ましゅまろはそんな黒狼の様子を見て、なんだかなぁという顔をする。


 彼女から見れば圧倒的な戦いだった、柳生が一矢報いたようにしか見えない。

 実際のところ、その結末をどう捉えているのかを話し合えば当人同士にしか分からない領域があるだろう。

 ただ一つ真実なのは、黒狼が負けたと感じている事だけだ。


「……本戦出場、おめでとうございます?」

「面白みのない言葉だな、本当に」

「じゃぁ何て言えばいいんですか、ソレに目標的な部分で言えば今ここで貴方を捕まえて陽炎さんに渡したいぐらいですし……」

「やんないだろ? お前は本当に分かり易い、妄執に捕らわれてるくせに随分と常識的だ」


 黒狼はましゅまろの方を一瞥すらもしない、視界にもないと態度で示しているようで不満が沸々と湧き上がる。

 少し悩んで、だが不満に身を任せ黒狼の顔を鷲掴みにし無理矢理向けさせた。

 半眼で睨んでくる黒狼を見て少したじろぎつつも、不満を表現する。


「やるのなら全力でやれよ、言いたいことがあるのなら言葉にしろ。今の俺は全力で萎えてるんだよ、いつものような優しい対応はしねぇぞ」

「別に普段が優しいわけではないですよね?」

「ハッ、知るか。で、何を聞きたいんだ?」

「水晶の世界に、一人の男。何なんですか、アレは」


 その質問を聞いて、黒狼は一瞬眉を顰めれば首を左右に軽く振る。

 まるで失敗だ、と言っているかのようだ。

 その様子に益々不信感を覚え、キツく睨む。

 だが以外にも、黒狼はあっさりと自分の目的を明かした。


「死人、俺の理解者。二度と目覚めてほしくない、最強そのもの。お前に骨を渡したのも、ある種その実験の一環に近い」


 そして、おそらくは明確な失敗だと言葉を続ける。

 彼女は、ましゅまろは確かに喪失するような極寒の水晶の果てに一人の男を見出したのならば。

 たとえ彼が死に絶えていたとしても、だ。

 彼は依然、生きているだろう。


「その剣、変質した水晶の剣を振るうのならば気をつけたほうがいいぜ? 自分の知らないうちに自分の心が塗り替えられるだろうからな」


 それは、何処までが本心か分からないまでも確かな忠告だった。

 水晶の恐ろしさは、誰よりも黒狼が知っている。

 その鏡面の輝きがどれ程に強いのかなど、知り尽くしているに決まっていた。


 待機室を後にする、次の試合は明日以降だ。

 決して忙しいわけでも無いが、用もないのに部屋に居座り続けるほどに黒狼は暇ではない。

 そして、ましゅまろもそれは同じだ。


 ソースの焦げる匂い、湿気た厚さに挟む空気。

 風情だなんだと楽しむ輩もいるらしいが、黒狼はその気象条件を辟易とした顔で睨みつける。

 縁日なども開かれている、大会で盛り上がりを見せた王都を見るのは互いに初めてだ。

 ましゅまろは目を輝かせ、少しだけ黒狼を一瞥したのちに追い抜きそのまま歩き出す。


「歩いてるって感じがするねぇ、これが夏か。外星居住者(スペースニアン)には理解でき無いねぇ? 嗚呼、本当に」


 自虐混じりの呟きは、湿気た空気に消えていく。

 結局は意味を、持つ言葉ではない。

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