Deviance World Online エピソード6 『黒潰し』
残るプレイヤーは二人だけ、予選を通過したのは結局ましゅまろ1人だけだった。
静かにたたずむ柳生は大なり小なり体力を消耗し、息が荒い。
だが同じく立っている黒狼も、条件は同じだった。
「『さぁてさてさて!! 荒れた予選も遂に最終幕です!! 最後はやはりというべきでしょうか、【不死王】対【剣聖】になってしまいました!! 周囲の死体も増えて壮観ですね!!』」
「『最強の剣士対最悪の異邦人……、とても興味深い対戦ですね? リリカさん』」
二人の会話をよそに、中央で静かに剣を突き付け合う二人は互いに互いを侮蔑する。
会話の介在しない対話、気配の探り合いののちに結ばれる意思の疎通。
達人同士の間合いがあり、探り合いがある。
「『今のあれは……、何をしているのでしょうか!?』」
「『おそらくは、ですが。互いに相手の弱みを探り合っているのではないでしょうか、実力者同士の戦いにおいては間合いというのは絶対空間。お二人はソレを探り合い、攻略しようとしているのでは』」
「『なるほど!! にしても、動きがありませんね……』」
間合いの探り合いは、簡単に結実するものではない。
一気呵成とばかりに愚直に進むのは、この場合において悪手極まる。
乱戦ではなく一対一の戦いなのだ、そんな無様な真似をするのは戦士ではないだろう。
張り詰めた空気、静かな間合いの図り合いはとたんに終了する。
清流のような呼吸、静かに透き通る互いの間合いが次の瞬間に塗りつぶされた。
初めに動いたのはやはりとでもいうべきか、黒狼だ。
「『エンチャント:腕』」
瞬間、柳生の斬撃跡が腕に走る。
恐らくは腕を切断しようと放った一撃だろう、切断するまでには至らなかったとはいえその攻撃はプレイヤーの中でも圧倒的と言えるステータスを得た黒狼と言えども脅威だ。
頬を伝る冷や汗を感じつつ、手に持つ剣を再び構える。
水晶で形作られた、毀れずの剣を。
「『あの剣……、【白銀の絶望】と言われ北方と呼ばれる土地に住んでいた傭兵が残した遺物だそうです!! どんな力が眠っているのでしょうか!!』」
「『禍々しい気配を放っていますね? 国宝と見比べても見劣りしない……?』」
二手目、柳生の再びの斬撃。
対する黒狼はシンプルに魔術を展開し、その攻撃を受け止めることを選択した。
柳生の攻撃は酷くシンプルだ、何せただの再現性のかけらもない純粋な斬撃その物。
対する黒狼はスキルなどの絡めてを使い多彩な手札で追い詰めるだけ、ある種相反する戦い方であり相性の良しあしは何とも言えない。
しいて言うなら、柳生が圧倒的に強いという事だけか。
「お前さん、手を抜くのなら程々にしな」
「けっ、意識をそらさないと思いきや普通にバレてるのかよ」
黒狼の言葉、ソレと同時に闘技場のあちこちに存在していた死体が起き上がり始めた。
DWOにおいて、存在する死体は殺し手が意図的に残した死体のみだ。
そして周囲に残る死体は黒狼が殺したもの、即ち黒狼が意図的に残し仕込んだ死体。
柳生は彼らを一瞥し、呆れを漏らす。
「私に一撃を与えるなんてことで済ますつもりはないんだろう? だったら悪手じゃないさね?」
「そう思うのならそう思っときゃいいぜ、ソレがお前の中の結論なんだからな」
直後、10体以上の屍が一斉に群がり柳生を襲い。
一瞬きのもとに切り落とされ、血の華が咲く。
屍とは言えども、身体が縦に両断されれば動くこともできないだろう。
神業の大安売りだ、神様も困っているだろう。
などとおちゃらけた感想を抱きつつも、額に垂れる汗は本物だ。
黒狼は間違いなく『剣聖』柳生を、測りかねている。
技の頂、技量の際。
人数不利をモノともしないその戦いは、剣聖と言われるに相応しい強さでもある。
だからこそ、弱点も明瞭であり簡単だ。
絶対的強者とは、弱者の牙を甘く見るのが常なのだから。
「『戒呪』、俺の半径20メートル以内にある魔力を俺に吸収させろ」
スキル『呪術』に含まれる『解呪』を進化させたスキル『戒呪』、その効果は魔力の支配でありその効力は外空間に含まれる魔力に対して半ば絶対的なまでの強制力を働かせる。
おおよそ、DWOにおいて魔力の回復手段は酷く乏しい。
自己回復により回復するか、あるいはポーションなどを利用し無理やりにでも回復するか。
だが前者は回復が遅く、後者は多分に接種すれば中毒となる。
だがこのスキル効果で行った魔力回復は違う、これは他一切の物質を介在しない魔力の回復手段であり並の魔法使いであれば喉から手が出るほどに優秀な回復方法。
しかし、その魔力の回復効果はあくまでも副次作用に過ぎない。
「何をしたさね?」
「魔法使いでなければ、まぁ理解はできないだろうな。無理はない、さしも剣聖されども剣聖。剣の道を極めたとはいえ、魔術の道まで抑えられちゃ困るにすぎる」
瞬間、黒狼の威圧感が膨れ上がる。
『戎呪』の本懐とは、即ち魔力の支配であり隷属。
突き詰めていけばその先にあるのは魔力の調律、となる。
かつて、最強は魔術を極めるのに必要なのは複雑な魔法陣や難解な詠唱ではなく魔力操作だと述べた。
その最強は魔力操作こそが魔術における基礎にして究極地点、最大の回り道にして最も単純な近道だろしたのだ。
だがそれを行うのには途方もない時間と鍛錬が必要になる、故に黒狼はズルをする。
「『黒潰しの大剣』よ、魔力を啜れ。結局は極まった武器に、極まった攻撃をさせる方がよっぽど簡単で合理的だろ?」
ならば、魔剣に魔力を啜らせ魔剣の機能で周囲の魔力を操作すればいい。
『黒潰しの大剣』、おそらくは其れは正式名称ではない剣。
ソレは『黒潰しの騎士』と呼ばれたレイドボスが持ち得た武装、唯黒いだけの大剣。
だが魔力を食んだ瞬間に剣が紫紺に輝き、黒き霧を形成する。
柳生が警戒し、一歩下がれば直後に黒狼の一撃が飛来した。
「馬鹿馬鹿しい火力さねッ!? 私の刀を一撃で破壊するとは、全く以て馬鹿さね?」
「レイドボスを斃して得た逸品だぜ? 並の武器とは、そりゃもう一線を画す力を持つよ」
反面、魔力消費も激しい。
相手が技巧の粋で来るのならばと持ち出した武装ではあるが、燃費の悪さは目も当てられず。
喉元に迫る一撃を皮一枚で回避しながら、苦笑いを浮かべる。
他者を持ち上げるなんて反吐が出る、自分が絶対であり有象無象はゴミそのもの。
そう考えて尚も、本物の高みを見れば目を焼かれてしまう。
強さの在り方を証明するかのような戦いぶりには、思わずと言っていいほどに感嘆せざるを得ない。
剣を折られて尚も即座にインベントリから取り出し抜刀するその姿は、何処か近くも遠い過去を思い出させる。
この現状こそ、単刀直入に言えば。
「攻めあぐねてる、ねぇ」
今度は脇腹か、半端な装備を持ち出した結果にコレだ。
服を刻まれながら、体に傷を残された。
地面を滑るように後ろに下がる、認識より先に切り裂くバーサーカーを相手にしてられない。
こっそり魔術をバラまいているが、ソレを認識範囲に入った瞬間に切ってくる。
そしてついでに、さっきからコソコソ奇襲をさせていた死体のストックもない。
「しゃーない、少し無法をするか」
どちらにせよ、魔力の貯蔵は十分だ。
不完全にしろ、一瞬だけにしろ。
その攻撃は、その極光は暗黒に光り輝くだろう。
「『其の至剣、ここに在れ』」




