Deviance World Online エピソード6 『絶望』
戦いは、同等の力を有した存在感でしか成立しえない。
故に此れは本来的には蹂躙であり、手も足も出せない一方的な戦いになるはずだった。
けれども、可能性は用意されており未知的要素は彼女を覚醒に導く。
彼女が見た世界は、ガラスのように透き通る極寒の水晶世界だった。
恐らくは一瞬にも満たない時間、僅かばかりながらに然りと存在する。
理解よりも先に納得と、認知が訪れ記憶が蘇ってきた。
知っている、この世界の最奥に位置する男の存在を。
『白銀の絶望』レオトール・リーコス。
その人間性は知る由もない、理解を示すことも出来ない。
おそらく本来は故人のはずだ、強大極まる力を手にし僅か五分ばかりの絶世を魅せたのちに全身が水晶となりながら。
黒狼によって、その肉体を奪われた哀れな被害者のはずだ。
その男が、なぜ仮にでもその男を幻視するのか。
理屈はいくつもありながら、答えは至極単純だ。
「柳生さん、私は貴方を乗り越えます……!!」
変容する剣、水晶のネックレスが触れた部分から剣が変質し始める。
冷たく凍てつく絶対性を孕んだ恐怖、狂気の一端に触れるかのような錯覚。
さりとて感じる温かさは狂乱にはほど遠く、唯の確固たる意志のみが存在する。
目的を果たすという、己が誇りを遂行するという。
これ以上なく愚直で、素直な鋼鉄の意志が存在した。
「フン、やれるものならやってみるといいさね?」
挑発であった、けれども期待でもある。
黒狼はニヤリと笑い攻撃の手を止めた、その様子を見た彼は一瞬の困惑ののちに柳生に向かう。
一人では勝てない、神速の抜刀術はおおよそ知覚できる技などではない。
だが二人ならば、二人ならばどうにか突破口を開けるかもだ。
冷静に判断した男は、ダーディスという名を持つプレイヤーは好戦的な笑みを浮かべ構えを取る。
「速さを見切ろうとするんじゃねぇぞ、俺が壁になって抑える。お前は一撃を加えちまえ、傷を与えればさしも剣聖と言えども動きは鈍るだろ? そこに俺も一撃加えてやる……!!」
「あと30秒あれば、私の一番強いスキルが使えるようになります。耐えてください、必ず勝ちましょう!!」
抜刀、知覚より早く納刀。
既に剣での一撃は発生していた、攻撃速度は恐ろしく早く見切ることなどできやしない。
何時の間にかダーディスが構えていた腕に傷が入っており、そのことに恐怖を感じる。
だがその恐怖が背筋を走るよりも先に、ダーディスも一歩踏み出していた。
「『回復活性』『八極拳』『半獣半人』ッ!!」
スキルの発動、全身を治癒する。
そのまま力任せに突撃し柳生に突進した、次の瞬間に柳生の剣がダーディスの首を撫でてゆく。
否、確かにその一撃は首を切り裂いた。
「ッ!! ゼェゼェ……ッ!!」
切り裂いた、だが切り裂けていない。
切った端から癒着している、その事象を見て柳生は眉を顰めつつ足癖悪く蹴りを放つ。
何が起きたか、と言えば簡単だ。
柳生の攻撃には見た目以上にダメージが無い、ただ一撃が鋭過ぎて肉体を切断され。
その切断されたという結果から、割合ダメージが発生している。
だが、柳生の攻撃はあまりにも鋭いために傷跡はほぼ残らず切った後ですら癒着する。
切断されたという結果がもたらされるのは、切られた当人が力を入れて動いた時のみ。
そのためにダメージ判定をゼロにできるほど耐久力と回復力さえあるのならば、柳生の攻撃を事実上無力化することは不可能では無いのだ。
最も、これは有名な話ではあっても実践できる話では無い。
回復能力に特化したビルドならば動きが緩慢過ぎて攻撃を与える前に身体のあちこちを切り刻まれる、防御能力に特化したビルドならばそもそも無意味だ。
人肌である以上、鋼鉄の様に硬くとも鋼鉄程は斬りずらい訳がないのだから。
「人体ドッキリショーじゃないんだからさ、頭を切られたんなら大人しく死ぬべきだと思うさね」
「へっ、そんなことを言ってていいのかよ?」
「ッ、『大切断』!!」
柳生の呆れ、直後の一閃。
その攻撃は視覚と認識の範囲外から放たれたスキル込みの重い攻撃。
刀で弾くは無理がある、そう願いながらの攻撃だったが。
やはり、或いは当然の様に柳生は認識と同時に刀を振いその攻撃を弾いてくる。
ステータスのパワーよりも柳生の戦闘技能が上回っている証明だ。
武器が破壊されていないのは耐久度の概念があり、通常方法では耐久値を削り切るまで破壊不可能な性質があるからだろうか。
トッププレイヤーの中でも、それは愚か全体プレイヤーの中でも最低レベルのステータスを持つ頂はそれでも尚強い。
「チィッ!! 失敗か!!」
「いや、成功ですよ」
焦燥感に駆られつつもそう結論を出したダーディスの言葉を否定する、決して失敗ではない。
攻撃の成功こそが、ましゅまろの狙いだった。
急速に自分の剣を染め上げた水晶、それを柳生にもお裾分けしたのだ。
超高速で振るわれる、その刀に。
本来ならば耐久度が消失しなければ破壊されることのない、その刀に。
「成程、アンタやってくれたねアンタやってくれたね」
水晶と鉄はどう見ても同一の素材ではない、つまりは異なる物質が既存物質を組み換えている状況。
そんな中で音速に迫る剣術を披露してみれば、必然として異なる素材は何処かへ飛んでゆく。
その分の耐久度も、同じく。
刃毀れした、その刀が。
本来ならば毀れることのない刃が、刃毀れを起こしている。
剣聖は簡単と共に息を顰め、そのまま。
益々、目を細めた。
「いいさね、アンタらの相手はこの刀でやってやるよ」
ソレは油断か、或いは自戒か。
いずれでもなく、唯のやる気の無さか。
再び納刀、チンと澄み渡る音の直後に風切り音が澄み渡る。
抜刀、何を切ったかも理解できない刹那にましゅまろの剣が弾かれた。
目を白黒させながらも一歩踏み出し、無理矢理に剣を振るう。
再びの納刀、認識の介在しない抜刀。
ダーディスの拳に刀が併せられ、拳と剣が交錯する。
刃こぼれしたとはいえその刀は依然切れ味を保っており、ダーディスの肉は切り裂かれ即座に再生。
微量のダメージを負いながらも無理矢理に距離を詰めてゆく、一歩一歩着実に。
「『肉体活性』、ハァァァァAAAA!!!!!」
全身を無理やりに活性化させ、強制的に突き進む。
柳生は徐々に後ろに下がるほかない、なにせこの戦いにおいての彼女の敗北条件こそは一撃入れられること。
その一撃を入れられれば、柳生は実質的な敗北となるだろう。
だからこそ一歩下がらざるを得なくなり、だからこそだ。
故にこそ、初めて明確な隙が生まれた。
「『超越思考加速』、超越する」
ソレは圧倒的な超速領域の暴力、加速と思考の超越。
理解や認知を拒む、規格外の力によって発された行動はさしも柳生と言えども回避は困難であり。
次の瞬間、予選を通過した人間が一人生まれた。




