Deviance World Online エピソード6 『再来』
一撃一撃が、重く鋭い。
そのくせ早く、目にも止まらないのだ。
剣聖、その名に違わず確かな実力を持っている。
ましゅまろは、固唾を飲んで彼女の戦いを見ていた。
どうすれば勝てるのだろうかと、思索しながら。
「(早いけど、弱点がないわけじゃない)」
『超越思考加速』を使えば、突破できる自信がある。
柳生の強みは早さであり、弱みはスキルやアーツや魔術を得意としないこと。
攻撃速度は目を見張るが、1人を相手にしている時にマルティネスの速度で割り込めば一撃を当てるのに苦労はしないだろう。
一回限りの初見騙しだが、その一回で確実にできると確信する。
「(それに、黒狼は私を狙ってきていない)」
気がついているのかいないのか、あるいは意図して無視しているのか。
黒狼が放つ攻撃はましゅまろに当たる軌道を描いていない。
ほぼ無差別に魔法を展開し攻撃しているのにも関わらず、だ。
柳生の強さを考えれば後少しで周囲のプレイヤーを切り終わるだろう、黒狼に関しても無視しているのならばともかく気がついていないだけならば……。
好期は、今しかない。
「ふぅ、よしッ!! 『超越思考加速』、超越するッ!!」
思考が、加速する。
世界が停滞するかの様に遅くなり、自分だけの世界に至った。
超越する、超越した時間の中で自分という存在が有る。
その世界で、地面を蹴った。
「ッ!!」
自分でも制御しきれない速度、柳生に教えられた歩法だけで動きが恐ろしく改善した。
僅か10メートルを、瞬きの間に駆け抜ける。
その上、刀を構えてスキルを発動させより一層一歩早く地面を蹴り。
「『縮地』」
剣聖の背後へ、踊り出る。
10倍に加速された世界の中で、何十倍にも世界が遅く感じてゆく。
剣を、手に握る無視できない重さを放つ西洋剣の鋒が徐々に徐々に彼女の背中を狙いすまし。
ましゅまろの一撃は、確かに放たれた。
同時に、地面をバウンドする感覚がある。
攻撃は放たれた、一撃は確かに彼女を捉えていた。
けれども、当たりはしない。
内臓を掻き回される衝撃、麻痺する脳に強制的に止められたスキル。
クールタイムのカウントが始まるのを視界の端に、片手に剣を携え佇む剣聖をみる。
「私を強い強いと持て囃す奴らはみんな私の速度しか見ていない、全く馬鹿馬鹿しくて仕方ないよ」
嗚呼、と。
感嘆とため息の中で、本能が理解してしまう。
彼女が告げる言葉の真意を、彼女の真の強さというものを。
「剣術家、その肩書きを忘れてやしないかい?」
速度で対等になったから、何だ?
それもまた完全な対等ではない、剣速で言えば圧倒的に柳生の方が早く。
流水のように流れる柔剣は確かに極みに位置しており、スキルを用い優勢を確保していると考えるましゅまろ相手に未だ自分の強さを証明し続けている。
柳生の真に恐ろしい部分は神速の抜刀術か、否。
ソレを成立させる剣術こそが、最も恐るべき技能なのだ。
「お前さん、私に勝ちたいのならば正面切って掛かって来な」
納刀、認知より早く抜刀。
恐らくは反射、体が条件に勝手に反射している。
恐ろしく早い抜刀、攻撃の成立は攻撃の完了を知ら示す。
防御のために伸ばした右腕の肉が絶たれていた、同時に三つの斬撃跡が刻まれる。
呼吸が乱れた、その隙を突いて眉間に剣が迫ってゆく。
間一髪、体勢が崩れたことでその一撃を避けたが故に安全とは程遠い。
負ける、死ぬという現実を錯覚し目を見開く。
黒狼と戦う前に、死んでなるものかと。
「オイ!! 協力体勢といこうぜ!!」
だから、その言葉が聞こえた時に笑みがこぼれた。
挑戦的な笑みだ、直後に捉えた一撃は獣のように荒々しく重い。
さしも剣聖と言えど、さしも彼女と言えどもその重さは正面から切り結べるものでなく受け流すに抑える。
そして初めて、その一撃を放った男を知覚した。
「大剣使いさね、また珍しいもんだ。さっきの一撃も、そこの女と手を組んだのも悪くない」
「褒めてもらえて光栄だぜ?」
「だからこそ、敢えて忠告するさね。背後、気を付けたほうが良いよ」
直後に、黒狼が放つ闇の一撃が飛来する。
目を見開きながらその攻撃を剣ではじき、口の中で馬鹿がと吐き捨てながらインベントリを開こうとし。
けれども、その行動は柳生が看過しない。
また肉が切り裂かれた、鮮血が飛び散る。
ステータスが介在する世界だからこそ、攻撃の鋭さは大きく下がっているもののだ。
もしこれが現実世界であれば、おそらく薄く切り裂かれることもなく胴体ごと一撃で切り裂かれていただろう。
「チィっ!!」
「おいおい、二対一は卑怯じゃね?」
「嫌がらせか!! さっきまで静観しながら雑魚を殺してたくせによ!!」
「本戦で出会いそうな強そうなやつ、嫌がらせで消すに決まってんだろうが」
黒狼の言葉に確かにと納得を示した男ではあるが、満足のできる話ではない。
神速の抜刀の脅威にさらされていながら、黒狼の嫌がらせを受けていればHPがどれほどあったとしても命は持たないだろう。
ソレは純然たる事実であり、恐怖とはそう言う物だ。
だからこそ、無理矢理にでもましゅまろは介入する。
「手伝ってくださいね!! お礼は何がいいですか?」
「へっ、デート一回よろしくなァ!!」
柳生の斬撃、それをましゅまろは刃で受けた。
鉄すらも切り裂くかのような重さに鋭さ、刃の怖さは訓練を受けたことで嫌と言うほどに分かっている。
真正面から切り結めば、ソレは速度で大きく劣るましゅまろの敗北が明確だろう。
けれども絡め手を使えるほどましゅまろは強くない、其れほどにイレギュラー的な成長を成せていない。
そのイレギュラーの起点となるであろうマルティネスは、クールタイムが挟まっている。
いずれにせよだ、超速の反応でましゅまろを蹴り上げ排除した彼女相手にマルティネスは打開点になりはしないだろう。
この状況は絶体絶命であり、これ以上を狙うのならば運命の女神を微笑ますほかない。
困難、不可能、不可解に不条理。
世界に存外と溢れる奇跡と不幸の連鎖と調和、誰もが羨むほどの不条理を求める。
己が意のままに操るような不条理に非合理の奇跡を、幸運を。
「或いは、可能性を」
漏れ出た呟きは誰の耳にも入ることはない、ただ次の瞬間に迫る柳生の一撃がましゅまろの胸に迫る。
認識した次の瞬間には到達する一撃、ソレを避けるのは愚か防ぐことも出来やせず。
無力を理解する前に、本来ならば死んでいた。
可能性、所謂奇跡。
一度翳された僥倖たる幸運は、世界の天命は彼女を見離していなかった。
胸にあったネックレス、小さな水晶の塊が柳生の攻撃を受け止め。
ネックレスの紐が切れた、水晶が落ちて剣に当たる。
主人公補正と黒狼が称した幸運は何処までも不条理で理不尽に過ぎる、何故ならば如何に覆せない盤面をいともたやすく覆すのだから。
だからこそソレは理不尽であり、不条理であり。
あるいは絶対的なご都合主義を、孕むのだ。




