Deviance World Online エピソード6 『正義』
日々は忙しなく、そして緩慢に過ぎ去ってゆく。
もう既に、時間は闘技大会の前日。
そして、その真夜中であった。
「名だたる二つ名プレイヤーが揃ってんな、へぇ」
「キャメロットからは3名、なるほど? 随分と余裕があるらしいですね」
「うむ、勝つのだぞ!!」
「言われずとも?」
黒狼は岩を切り出したような円卓に腰掛けつつ、ゲーム内の掲示板を閲覧し。
円卓に寝転がると、各々作業している仲間を見る。
血盟『混沌たる白亜』、黒狼を主としてこそいるものの本質的には互いが互いを利害関係でしか見ない特異なクラン。
求める己の目的を達するためならば、味方を排斥しようとする行為も厭いはしないだろう。
もっとも、だからと言って仲間での空気が最悪というわけではないのは見てわかるはずだ。
そこに所属するプレイヤーは合計五人であり、全員が個性を色濃く持つ。
『不死王』、黒狼を筆頭にだ。
彼に勝るとも劣らない個性を、全員が有している。
「おい、手前。現時点であの騎士王相手の勝算はあるのか? まさか全くない、なんて訳もねぇだろう」
「やめろよ村正、分かりきってるだろうが。ねぇよ、正面戦闘で戦えば俺が負ける。これは何ら特別な理由とかはない、純粋にアイツの方が世界に愛されているからだ。本気で勝ちに行くんならアイツが干渉する前に盤面の尽くを破壊しなきゃならん」
質問を投げ掛けるは『妖刀工』千子村正、鍛治士にして妖刀造り。
また柳生一派の人間であり、本人としては然程高くないと称す剣術も並のプレイヤーを軽く上回るほどの技量となっている。
彼もまた、トッププレイヤーの一人である。
「おや、正面戦闘では。と、中々に面白いことを言いますね。正面戦闘でなければ勝てるという自信が? あの男に戦いの盤面と認識された時点で、運命が彼に傾くと忠告したはずですが」
「悪ノリするなよモルガン、分かってらぁ。戦いの土台に立たせること自体が愚昧極まる、なんて事は」
『黒の魔女』モルガン・ル・フェイ、元々はキャメロットに所属していた裏切り者でありキャメロットを倒すことを目的としているある種の狂人。
彼女は机に寝そべっている黒狼を煩わしそうに見ながら、紅茶をすすり。
ハァ、とあきれたように声を漏らす。
わかっているのならば猶更、何故挑もうとしているのか。
敵わないと強く認識しているくせに、何故勝てない勝負を挑むのか。
彼女が黒狼の計画を聞く限りでは、わざわざ手札をさらすような真似をする必要性はない。
それなのに、挑む愚かさを嘲笑しながらモルガンは再び息を漏らす。
「それに、地味に楽しみなんだよ。アルトリウス、実質的に『白銀の絶望』とささやかれるNPC最強を殺すきっかけを作った最強のプレイヤー。どれぐらい強いのか、図ってやるさ」
「それで無様に負けたら笑いものね、せめて面白い負け方をしてくれないかしら」
「うむ!! 余興は好きであるぞ!!」
そんな黒狼の言葉に返す二人の存在がいた、『ウィッチクラフト』或いは因縁の研究者であるロッソ。
もう一人は『黄金童女』という二つ名を持つ、このクラン内で最も弱いプレイヤーであるネロ。
二人は黒狼の無様な態度から目線を外せば、各々のやりたいことをやってゆく。
ある意味で、この中で一番立場が低いのは黒狼なのかもしれない。
「余興いうなし、というかお前らはお前らでもう一つのイベントを攻略するんだろ? それこそ大丈夫か?」
「イベントの事前情報は入手しています、貴方とは違って。一日目から沢山のボスが登場するはずです、キャメロットに攻撃を仕掛ける前の最後の準備。前回と同じマップを利用するのならば、海ほど旨味がある場所もありません。抜かりなく、狩りつくします」
「ひょえー、まぁ安心か。イベント中はコンタクトを取るのは相当に難しいと思うから、そう言う訳でよろしく頼むぜ?」
黒狼の言葉を静かに無視し、再び紅茶を飲み込めば。
彼の姿を改めてみる、モルガンの悲願であり願いであり目的の達成の可能性を思案する。
可能性は飽和しているが、ソレは可能性だけの話。
根本的に解決が困難な問題がある、ソレを乗り越えるためには可能性だけではどうしようもない。
実行し、大きな壁を乗り越える必要性があるわけだ。
「安心しろ、現時点の勝利条件は単純で簡単で。無いに等しい、存分に遊べばいいさ」
「そうとは思えないほどに、裏工作を進めているようですが。現時点の進捗はどれぐらいでしょうか? 黒狼」
「全体の8割、アルトリウスの不確定要素を入れれば勝率は1割程度の仕込みしかできてねぇよ。本当に厄介極まるな、あの最強は」
黒狼はそのまま上半身を起こし、欠伸をする。
インベントリの確認も終わったし戦う準備もできた、闘技大会直前ではあれもはやすべきことは何もない。
ワクワクする、楽しみなのだ。
とても、非常に。
バカ騒ぎほど、楽しいことはない。
「待ってろよ、アルトリウス」
零れる笑みは、やはりどこか不気味に過ぎた。
* * *
滴る笑みは、やはりどこか綺麗に過ぎる。
「待ってください、アルトリウス様」
グランド・アルビオン王国、その最奥。
円卓から立ち上がり、いまから部屋の外へ出ようとした彼に声をかけた人物がいる。
名をギネヴィア、お転婆王女と言われる女性だ。
「私、不安です。貴方のような強い方は想像だにしないでしょうが、人は傷つき死ぬものであり……」
「僕は、異邦人だ」
柔和な笑みを浮かべ、アルトリウスは彼女の言葉を遮った。
不安の否定であり、絶対的な無上の肯定。
あるいは二人の狭間に存在する、どうしようもない溝。
ソレを露出させるかのような言葉は、心なき王の戯言でもある。
「それに負けないよ、聖剣の。月明りの導きがある限り、僕は負けないさ」
ソレが己惚れからくる言葉であれば、どれ程良かっただろうか。
それは自惚れではなく謙遜だった、謙遜であり絶対的な自信だ。
聖剣の仄淡い光に指先が降れる、光輝と綺乱の交わりは美しい以上のナニカである訳はない。
だからこそアルトリウスの最強性は薄れることなく、武具である至上の月光との交わり合いは彼の志す正義のあるべき形を示しているともいえるだろう。
皆が、手を取り合える世界を。
「安心してくれ、ギネヴィア王姫。そして約束するとも、陰りの無いアルビオンの安寧を平穏を。これ以上ない、正義と秩序の王国を」
その在り方は何人たりとも理解できるものではなく、彼が切り開く道は彼以外が切り開けるものではない。
だからこそ、その在り方は何処までも何処までも否定しえない正義そのものであり。
ゆえに彼もまた唯一たる特別であると、言えるだろう。
「悪意などに、屈するものか」
顔の無い悪意は、黒狼が動かずとも勝手に蔓延する。
それは即ち安寧を享受する愚者の内に芽生える悪性であり、本質そのもの。
我ら知恵によって人となり、そして知恵を以て悪蛇の言葉に耳を貸した罪を自覚するのならば。
正義とは、如何に強く脆いモノだろうか。




