Deviance World Online エピソード6 『神業』
砂利を踏む、地面を踏みつけ息を鋭く吐いた。
木刀が風を切る、目の前に幻想の相手が見えて。
切り裂く、実直に静かに鋭く早く。
ただ懸命に、一刀を振るう。
「ん、いいさね」
「あ、ありがとうございます!!」
「ふん、褒めたんじゃないよ。これは確認さね、玄信の教えた型と技の確認。これからはより実践的な戦いの指導にうつるさね、村正の小僧に泥を付けるような無様をさらすんじゃないよ」
すこし、顔を背けつつ厳しい言葉を掛ける。
日常生活でならば、柳生は優しい人物だがこと剣に限って言えばそうもいかない。
真剣に、真摯に挑まないのならば文字通り切り捨てる。
覚悟を新たに、ましゅまろは口を結ぶ。
熾烈さの最中に見える覚悟、彼女が目指すべき到達点が一人をその眼に焼き付けたどり着くために。
剣を振るう、翼を使いこなせる基礎を持つために。
「……そうさね、先ず先ずの話だ。剣を振りながら聞くんだよ、さて。私の神速の抜刀術を見たことはあるかい? 答えなくていい、映像だけだろう? きっと」
唾を飲み込んだ、その通りだ。
映像では見たことがある、カメラのフレームではとらえられない一瞬の抜刀術。
それは凡その理解を超える超スピードで、驚愕と恐怖すら感じるほどだった。
けれども、その抜刀術がこのゲーム内で通じるほどかと考え思考する。
いいや、通じないと考えるのが当然であり当たり前だ。
この世界にはスタータスがあり、その差が広ければ広いほど物理的に与えられる影響は少ない。
もしも柳生のレベルが100や200もあれば話は大きく変化するだろうが、噂に聞く限りそれほど高いわけもなし。
であれば、その抜刀術は通用しないと考えるのが必然であり道理でもある。
「実際、普通に生きるのならば私の抜刀術なんぞ見ずとも構わないさ。けれどアンタは究極を、人類の範疇からの逸脱を目標にしてるんだろう? ならばやはり私の抜刀術を知識と経験で知っておくべきだ」
けれど、そう言葉を続ける。
けれども、そのためには不足しているだろう。
様々な経験や知識が、基盤となる基礎が。
戦いにおける野生の直感、戦いについていける理性の判断。
思考の先に宿る判断と理解の極み、感覚のみで語る無知性の感覚。
次の一手、相手の行動をすでに知っていると認識する特異じみた理解の超越。
「理詰めの剣なんてありゃしない、もしソレを名乗るのならば無数の答えを無意識に選び取ってるだけさね。だからこそ型が必要であり、技が重要なのさね」
ましゅまろは無言で教えられた型をなぞる、一回一回を行っていけば徐々に練度が研ぎ澄まされてゆくような気がする。
けれどもそれは牛歩であるというのも自覚の範疇にあり、だからこそ無尽の砂漠をただ漠然と歩いている感覚もあって。
意識が入っていかない、本当に歩いているのかという疑問と錯覚の狭間で目が回る。
「徐々に徐々に動きが悪くなってるさね、落ち着いて冷静に思い返すんだよ」
柳生の言葉に再び、落ち着いた。
剣の動きが再び定まる、体の動きが再び研ぎ澄まされる。
またきっと、崩れるであろう剣の動きだろうとも。
たしかに然りと、再び動きの精度が増してゆく。
静かに、けれども指導はずっと続いてゆく。
それは時間間隔を麻痺させ、心地よい違和感の中で緩慢とした速さを実感させながら。
徐々に徐々に思考の余分は削り取られ、認識と認知の境界線上を漫然と駆け抜けて。
ただ一つ真実なのは、空が青いことか。
「止め、そこまでだ。駆け足だけども基礎はできただろうしね、それに相当時間剣を振ったんだ。肉体の疲れはなくとも精神の摩耗はある、無念無想の境地に至ってないんじゃいつしか倒れてしまうよ」
「…………、何時間ぐらい剣を?」
柳生は静かに、5本の指を立てた。
急に疲れが押し寄せてくる、それほどまでに剣を振っていたなど自覚が湧かない。
普通はそれほど剣を振っていれば飽きてくるものだ、けれどもましゅまろに飽きは来ずずっと剣を振っていられた。
戦う才能があるのか、いいや。
「アンタ、本当に必死らしい。血気盛んな若者は好きさね、学ぶ姿勢があるのならばなお良し」
おもむろに、柳生は刀に手を掛けた。
一息に空気が張り詰める、木の葉が掠れる音すら聞こえない。
思わず、ましゅまろは後ろに下がった。
人の臨界に立つ剣士の間合いの内側だと、無意識に察して。
「さてはて、一体どこまで成長したのか見てあげるさね。10秒間生き残ったら、戦い方を教えてやろう。始めるタイミングは、アンタがこの小石を投げて地面に付いた瞬間でいいさね?」
そういえば、柳生は地面の砂利から少し大きめな小石を拾う。
ましゅまろにソレを投げ渡すと、そのまま三歩下がり砂利の上に正座をし。
刀を地面に置けば、ほら早くなげろと言わんばかりに視線を向けて。
ましゅまろは、木刀を仕舞いこみ剣を取り出した。
そして静かに目を伏せながら、手汗を隠し。
宣言の様に、スキルを発動する。
「『超越思考加速』、超越するッ!!」
石を、地面に叩きつける。
意表を突くのだ、相手は神速の抜刀術使いでありその技術を正面から攻略はできない。
だから意表をついて、潰す。
先手必勝、何を思って正座になっているのかは知らないがその反応速度は人間の範疇のはず。
であれば10倍の速度で反応できるましゅまろの方が、数手先を取れ。
ガッ。
地面を石が穿つ、音がゆっくりと聞こえる。
全体がスローモーションのように動いているのは変わりなく、それなのに柳生の手が残像を残し刀を引き抜いていた。
認識する、10倍速の世界にいるからこそギリギリで反応が出来た。
重心を急速に背後に逸らし、その一閃を回避しようと全霊を尽くす。
極まった斬撃、超高速の。
まさしく、神速の抜刀。
「ッ!! ハぁッ!?」
回避、出来たと思った。
服の袖、髪の毛、薄皮一枚を切り裂かれながらも回避できたと思っていた。
けれど違う、回避などできていない。
柳生が神速の居合使いであればその一撃こそが脅威となった、けれど違う。
恐ろしいのは見切れぬ神速の抜刀だけではない、『剣聖』柳生の脅威たるはそこではない。
抜刀を用いて放たれた10倍速でも見切れぬ居合ではなく、続く二の刃三の刃の速度そのもの。
遅い、確かに体感時間が十倍遅くなった世界で見るその刃は遅い。
ただしけれどされども、その遅いというのは通常の速度と比べて。
ましゅまろの目に映るその刃の速さは、それでもなお達人の振るう最速の刃に等しい速度で振るわれる化け物じみた刃だった。
青ざめる、一瞬だけ後ろに後退する。
唾を飲み込んで、覚悟を決める。
負けるわけには行かない、そう覚悟して剣を握りなおす。
次の瞬間に差し込まれた刃から逃れる様に身をひねり、地面を蹴る。
間合いから逃げる、それだけの単純な話だ。
迎撃できない、その判断を下すのは簡単だった。
『剣聖』柳生、人類の臨界に至った人物の怪物性は恐るべきものであり。
ましゅまろが持ち得る翼では、未だ対抗できないほどの高みを飛んでいる。
ソレは正しく、全く以て正解の思考であり。
「フン、逃げ回って生き残るのもまぁ良しさね。いいさ、戦い方を教えてやろう」
ぴったり十秒、喉元に刃を突き付けながら。
ギリギリで逃げ延びたましゅまろを見つつ、柳生は嬉しそうな笑みを浮かべながらそう告げた。




