Deviance World Online エピソード6 『遥か星の導き』
「ヤッホ、初めまして。貴方も初心者? ぜひ良ければ、あっちに行かない?」
「どうも……、貴方も初心者ですか?」
「まーね、3日前にプレイし始めたところ」
ましゅまろに声をかけた女性がいた、クルクルと髪の毛を丸めたれ目の女性だ。
彼女はコップを傾け、中の酒を飲み込むと皮肉気な笑みを浮かべて首を振る。
そうすれば、インベントリから一本の刀を持ち出した。
「みんな、強いよね」
「私は二つ名もちの人に絡まれてたのであんまり……、ほかのプレイヤーのこと言われてもわからないんですけど……」
「私以外の全員、って意味よ。見てたら私の弱さに若干みじめになっちゃう、特に円卓って言われてるこの血盟の幹部は規格外につよそうだもの。一回その戦いを見てみたんだけど、もう目で追えないレベルだったもの」
首をやれやれと動かし、彼女は空のコップを近くの机に置く。
そして髪の毛をほどいて改めて、結び直す。
外を見れば、星空が浮かんでいる。
「この世界に生きてる人間も、みんな必死なんだ。みんな強さがあって、何かを求めて必死で戦ってる。ゲームなのにさ、馬鹿らしいでしょ? けど馬鹿になんてできないぐらいに現実に見えちゃうの。」
月明かりの、眩い夜だった。
か細く頼りない極光を遮る、月明かりの眩い夜だ。
ましゅまろは、ふと空を見上げ。
「ねぇ、貴方はこのゲームに何を願うの?」
己を弱いと自嘲する、一人の女を見た。
月明かりに照らされたテラスの下、沢山の人々が集う広間のハズレ。
夢にも思えるほどに幻想的で、妖精のように光が乱舞するそこで。
ましゅまろは、改めて考えた。
『超越する』
そうするのだ、そうしなければならないのだ。
強迫観念にも近い、願いであり目標でもあり。
けれども、確かにコレは確固たる自分の意思だと理解して。
「私はこのゲームに、明日を願います。今よりも、より良い明日を。今日を変えられるような、素晴らしい明日を」
「……ふふ、貴方も強い側なんだ」
夜は更けて行く、また極光無き恒昼の世界へと変貌する。
集会は騒ぎと共に収束し、けれども渦巻いた熱気はその場にいた人々に影響を与えゆく。
決して冷めない熱が、心の奥底に。
「まさか、私は弱いですよ。だけど強くなる必要があるんです、強くならなければならないんです」
月の光は一見優しく、導きに見える。
だからこそ真に恐ろしいのは、人の目を焼く極光だ。
憧憬と狂情の最奥で、淡く輝く極光こそが真に恐ろしい光なのだ。
* * *
「待ちな、手前さん」
キャメロットの集会が終わり外に出て、私は声を掛けられた。
立っていたのは着物をきた、一人の男性だ。
その額には一本の角が生えている、きっと鬼に類する種族なんだろう。
「な、んですか?」
「手前、ましゅまろだな?」
「え、怖い……。貴方は誰なんですか? け、警察呼びますよ!!」
「そう騒ぐな、儂は千子村正。黒狼の仲間だが、所謂敵だ。ぜひとも彼奴の顔面を殴り飛ばしてやってほしいと思ってる男でな。もしよければ、最強のばーさんを紹介するぞ」
……味方なのに敵、とはこれ如何に?
私の中に渦巻く疑問を無視するかのように、村正と名乗った男は近くの柱に身を預けた。
かなり困惑する、けれども彼が挙げた提案は魅力的でもあった。
「最強の、お婆さんって……。だ、誰なんですか!?」
「人間国宝、『剣聖』柳生その人だよ。先の戦争で打ちのめされ限界を悟ったらしい、儂に見込みある奴を連れてこいなんぞと抜かしやがった。そんな折に黒狼の馬鹿野郎に手前の自慢話をされてな? 強さに興味があるんだろう、頂の化物に師事させてやらぁ」
「……え、はぁ?」
嘘だ、私は疑心の目を向ける。
そんな都合のいい話があるわけがない、というかそんな都合のいい話があるのならあの男はどれだけ恵まれているのか。
味方、仲間に人間国宝の知り合いがいるなんてそんな都合の良い甘言は信じられない。
そう思いながら、どういう意図があるのか探ろうとしたとき。
村正と名乗った男の背後から、にやにやと顔を皺くちゃにしていたずらっ子のように立っている。
『剣聖』柳生その人が、立っていた。
『剣聖』柳生、或いは人間国宝とされている生きている偉人。
彼女は現実世界においてその抜刀術のみで、世界に名を轟かせた。
例え比喩などではなく、事実として彼女の抜刀術はこう呼ばれている。
神速神域の抜刀術、と。
早すぎて高フレートカメラでなければ捉えられない剣速、一瞬にして様々なものを切り裂いた抜刀術はその刃を音速で振るう。
いまや様々なコンピュータがいろんな事象を観測し演算とともに答えを出す時代、人間がそんな速度で刀を振るうのは不可能と断言した。
そのはずなのに、彼女は再現性のある神業を成立させた。
だからこそ、人間国宝とされ。
「へっ、随分と言ってくれるさね!!」
「い、痛てぇ!? 一体いつから其処に居やがった!!」
「人のことをババアババアいう奴に聞く口は、ないさねぇ!!」
村正、千子村正と名乗った男にバックドロップを決めていた。
……どうやら、見間違いではないらしい。
この村正という男性は、間違いなく剣聖さんの知り合いだ。
「まったく、大きな事件を起こした挙句に私を呼び付けたんだ。野山に投げ捨てて、私らで追い回してもよかったさね」
「けっ、随分と言ってくれるな!! ……別に理由なく離れた訳じゃねぇ。儂は儂がやりたいことがあって、お前さんらの。この世界の秩序を守る側から離れたんだ、儂が悪だと誹るのならば其れは結局ただしいだろうよ」
「フン、吹っ切れた様さね。安心したよ、あの小僧っ子に立ち向かう算段なら其れは即ち負けを示す。迷いがある中で立ち向かえば猶更さね、けれども迷いなく懸命さがうかがえる。それで、そこの彼女が紹介したい人かい? また随分と別嬪さんを見つけたねぇ?」
「心配する余地は無ぇ、戦いが始まったらその時点で儂らの勝利は確定するだろうよ。んで、其奴は儂らの長からのお勧めだ。だが強いスキルは持ってるものの、実力はひよっこその物。そう言う訳で、弟子にするのなら丁度いいんじゃねぇか?」
ず、随分と私のことを言いふらしている!! 絶対に痛い目を見せてやるぞ、黒狼!!
ということを内心思いつつ、初めて見る人間国宝に少し怯える。
人間としての圧が違う、いや私が勝手に感じているだけかもしれないが。
彼女が立っているだけで、ただただ気圧されてしまう。
コレが、人の頂……。
「ふぅん? 見所がある、というわけじゃないが……。アンタ、名前は何て言うんだい?」
「えっと、プレイヤーネームはましゅまろです」
「そうかい、ましゅまろ。アンタは強くなりたいかい? 勿論、ただの強さじゃないよ。血が滲む努力をして、ようやく辿り着く場所がスタートラインっていう徒労にも等しい努力の末に得られる砂金のようような強さだ。決して、良い物じゃない。私の弟子になるんなら、その強さを教えることはできるさね」
「……、その強さを持てば。私は、越えられますか? 限界を」
強さは、結局のところ私の目標とすべき物ではない。
それは手段であり、導き。
私が真に求めているものは、その先にある超越した世界。
だからこそ、その領域に最も近い彼女にその言葉を尋ね。
「知らんさね、そんなモノ。限界なんて、見えたことすらないさね」
その言葉を聞いて、私は理解した。
彼女こそが、確かに人の領域の果てに立つ人間だということを。
私が目指し、超えるべき目標の一人だと。
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