Deviance World Online エピソード6 『月光の導き』
当日、朝焼けの中開かれた門扉を潜る。
中には100を超えたプレイヤーが集まり、騒々しく動いていた。
ましゅまろは柔らかな笑みと共に、足早に歩き出す。
「ゲヒヒ……、獣人のねぇちゃん可愛いねェ……」
と、いうわけにはいかないらしい。
下種びた笑みを浮かべて近寄るプレイヤーが一人、思わず後ずさる。
そんなプレイヤーの頭をたたく、女傑がいた。
「何やってんだい!! 馬鹿なことは止しな、ゲスデス!!」
「ちぇー、いいじゃん姉御ぉ。ロールプレイ的な感じで、こういう奴がいてもいいだろ?」
「ハン、そんなことを先輩プレイヤーがしてたらニュープレイヤーが怖がっちまうだろうが!! もう一遍海に沈めるよ!!」
「ぎゃー!! 勘弁を姉御!!」
コントを見つつ、ましゅまろは目を白黒させる。
こんなに癖が強いプレイヤーは、見たことが……。
あまり、見たことがない。
どう対応するべきか分からず、困惑しながら呼吸をする。
呼吸以外の行動を忘れたかのように、ただ目の前のギャグを見て。
少し冷静になったタイミングで、ようやく気が付いた。
「なんで私は逃げていないんだろ……?」
もっとも、その少しというのは一分や二分程度の話ではなく。
実際時間にしておよそ、一時間以上経過したときだったが。
* * *
「悪いね、アンタ。アタシの血盟は癖の強い奴ばかりなんだ、大手血盟の中でも最大級に無法集団でね。こうしてキャメロットに呼ばれてるのも、半分警告の意味合いがあってサ」
「は、はぁ」
「ま、船と嵐と酒さえあればいくらでも黙るんだけどね!! あっはっは!!」
そうあっけからんと笑う彼女の名前はドレイク、血盟『黄金鹿の船団』の船長。
黒の船長帽子にギラギラと輝く大きな宝石を身に着け、先込め式に見える猟銃を肩に担ぎながら犬歯をむき出しにする。
荒々しい、例えるならば猛獣の皮を羽織る見た目が蛮族な貴人だろうか。
どこかで一線を引き、ロールプレイと倫理の間を自覚しながら動いている様子がある。
それは尊敬できるゲームの遊び方の一種だろう、ましゅまろは感想を抱きながら話を聞く。
「姉御ォ!! 納品終わりやしたぜ!!」
「全くキャメロットの小坊主も嫌がらせ染みたことをしてくれる、別に港を襲撃したぐらいで怒る事なんざないだろうにサ? そうは思わないかい?」
「わ、私に聞かれても……」
大柄の男がドレイクにそう報告すれば、ドレイクは雑に話を振る。
当然、困惑するましゅまろだがそんな彼女の肩をたたき呆れたようにドレイクに声をかける騎士がいた。
白銀鎧を身にまとう、騎士が一人。
「まったく、僕に態々聞こえるように言うなんて君も人が悪い。そもそもだ、港一つ襲撃したぐらいといってるけど実際には領主まで素寒貧にしたらしいじゃないか。いくら悪名が広がっている人だったからとはいえ、それはやりすぎだよ」
「あーあー、聞こえないねェ!! 脱税の証拠もあったんだろ? ならアタシは悪くない、それともアンタは罪人を誅すのもダメというんじゃないだろうね?」
「まさか、だからこの程度で済ましてるんだ。僕だって不必要にほかプレイヤーと対立したいわけじゃないからね、これはどちらかと言えばNPCたちの依頼の結果だ。そこは、間違えてほしくはない」
ドレイクは詰まらなさそうに溜息を吐く、いや実際につまらないのだろう。
そんな分かりきったありきたりの返答など聞きたくない、実際に求めているのは面白さにとんだ遊びだらけの言葉だ。
肩をすくめ、ヤレヤレと首を振る。
そのまま部下に命令を出すと、近くの酒瓶を手に取った。
「フン、興が削がれたよ。そういうわけだ、アンタが案内してやりな。アタシは後ろで飲んだくれて突っ伏す予定があるんだよ、ほら行った行った!!」
目を点、あるいは丸くし瞬かせるましゅまろの横でアルトリウスは呆れたため息を吐く。
嵐を思わせるような女だ、それも騒々しく周囲を破壊しつくすタイプの嵐。
そうでいながら、彼女の心は台風の目のように澄み渡っている。
はたから見る分には面白い人だが、渦中に巻き込まれれば面倒極まりないのも事実だろう。
「あ、えっと……。は、初めまして!! お世話に……? お世話になっています!!」
「……ふふ、そう畏まらなくていいよ。僕の名前はアルトリウス、一応こんなんでも血盟『キャメロット』を率いているプレイヤーだ。君は新しく入ったましゅまろ君だね? これからともに戦う仲間として、加えてともに遊ぶ友として。僕たちは君の参加を、心より歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます!!」
心からの賛辞、発される言葉に安心と心地よさを含めた笑顔を向ける。
何と言えばよいだろうか、なんと例えれば良いだろうか。
明瞭な言葉にしがたく、けれども心のうちに秘める安心感がある。
夏の日にふと見上げた空が澄み渡っていた様な清涼感、気高さと自然さの狭間に感じる正義感。
例えを口にしようとすればするほどに、告げる言葉を失ってゆく。
だが同時に、そこには儚げな危うさが伴っており何もない草原を当てもなく歩いている空虚さを感じる。
文字どおり、正義を体現しているがごとき男だ。
「ずっと彼女の相手をしていて疲れただろう、ソレに一緒に卓上を囲む相手も見つけられていなさそうだ。この集会の目的と少々異なるが、僕の喋り相手となってくれるかな?」
「はい、ありがとうございます」
「別に感謝なんていらないよ? さて、早速質問で悪いけど話題がなくちゃ話は広がらないものだ。君は、何でこのゲームを始めたんだい?」
「……一つの動画を見たから、ですかね。貴方たちキャメロットと、一人の男が戦っている動画を見ました。戦争の最終局面と題された、あの戦いです。あの時、貴方へ宣戦布告した集団の一人に……。私が、探していた人がいました」
すこし、言葉を選ぶ。
自己認識を言葉とすることで歪んでしまうかのような恐怖があり、どこかに混じる尊敬や畏怖といった考えが混じってしまうかのような気がする。
それは酷く怖い、ひどく怖いことだ。
誰かと交流することで、自己認識が変化し今までの自分という存在が腐っていくというような感覚は。
酷く、それはあまりにもひどく怖いことであり。
「そうか、君は求めているんだね」
「求めている、ですか?」
「ああ、君は求めているんだ。答えを、正否はともかくとしても善し悪しはともかくとしても自分の納得できる答えを求めているんだよ。そうして、囚われの檻から飛び出したい。そう考えている、と僕は感じた。いいよ、僕は保証する。君はきっと探し人を見つけ、このゲームでの答えを見つけるだろう。その結末を保障なんてできはしない、けれどきっと君のような強い人はその答えを見つけられる」
アルトリウスは、微笑みと導きの光の中でそう言うと。
立ち上がって腰の剣を軽く触り、そして集会に集まっている人々を軽く目で確認すると。
一言、言葉をつづけた。
「だから、きっと歩んでほしい。僕たちが作り上げた人類の歩みを、彼らが作り上げた人の歩みを。遥かな大地を歩む、月明りに満ちた歩みを」
月光の騎士、月光の聖剣の担い手。
聖剣『エクスカリバー』の担い手なる、『騎士王』アルトリウスはそう言葉をつづけた。




