Deviance World Online エピソード6 『悪意』
改めて、アンさんと敵の情報を整理しよう。
アンさんの装備は薄い外套に、薄く煌めく剣を持っている。
ソレ以外に特徴があるモノはない、模範的モブプレイヤーだ。
相対しているモンスターは、焦茶色の毛並みを持つ獣人。
というより二足歩行している獣、手にはそれぞれに大きく湾曲した斧を持っておりソレを引きずるようにしながらも素早い身のこなしをしている。
双方共に早く、そして荒々しい。
一撃一撃、先程はターン制バトルと称したが彼らの戦いはそんなのではない。
剣と斧でぶつかり合っている、ソレは受けではなく攻めで。
受け手に回らず、何方もが自分のターンを宣言するかのように攻撃を連続させている。
「へぇ、数がいない代わりに個体の強さが爆上がりしてやがる」
双方ダメージを負っていない、これが全力ならばガッカリも良いところだ。
だけどそう言う訳でもなさそうだ、モンスターはともかくアンさんは技ではなく適当に剣を振っているように見える。
私の勘違いでないのなら、敢えて分かりやすいように悪い例を出しているんじゃないだろうか……?
「けど、まぁ雑魚か。よく見とけよ、ここからが本気の戦いだ」
次の瞬間、アンさんは3歩後ろに後退した。
モンスターの攻撃が空振る、ただ小さな唸りと共に睨んでいるだけだ。
独特な鼓動共に、リズムが刻まれる。
明らかに空気が変わった、不協和音が乱され整列する。
クラシックかオペラか、もはや例える言葉はここにない。
ただアンさんが、一歩踏み出す。
「『両断』」
その一撃は的確に、そして残念にもモンスターの武器を切るに終わる。
その体躯までは切り裂けない、けれども武器の片方を失ったモンスターと依然万全のアンさん。
決着は、見え透いていた。
「『スラッシュ』」
腕を切り飛ばす、流れる血飛沫はモンスターの視界を奪うだろう。
だがモンスターも決してやられてばかりではない、やり返そうと。
反撃しようとして、だがその思考こそすでに術中だ。
「『ペネトレイト』」
何せ、その攻撃の先には。
すでにアンさんのスキル効果を纏った剣が、あるのだから。
* * *
感心する、相手の強さに関しては深く考察比較できないがアンさんの強さは再認識できた。
まともに戦えば、相当強い。
不真面目な言動に反して、その戦い方は堅実であり思いの外遊びが無く感じる。
何かを、誰かを参考にしているのだろうか。
「ほい、一丁上がり。どうだ、見てて何か気が付いたか?」
「思いのほか堅実な戦い方をしていましたね、アンさんには到底似合わない戦い方に思えました……。アンさんも、誰かの戦い方を参考にしたりしてたんですか?」
「んー、まぁな。どっちかっていえば俺本来の戦い方は特殊中の特殊だから、より実践的にするために真似をしている部分はあるな。とはいっても、オリジンには到底届きそうにないが」
それでも相当に上手い、なんといえばいいのか。
予測し攻撃を置いているような、或いはなん十個も定石がありその通りに攻撃をしているのか。
明確な形のない型に嵌った戦い方だ、再現するにしてもその型の癖を理解しなきゃダメだろう。
「へぇ、戦い方の癖ってのを見抜きだしてるな? 随分と地頭が良いと見える」
「癖を見抜けても、ですよ。アンさんの戦い方を真似するのは、少なくとも私にできません」
「まぁ、そうだろうな。さっきみた加速するスキルの性質も加えてみれば、俺からはお勧めできない。これは結局凡人の剣術、後の先を取ることに特化した強い奴を殺す剣。最初から先手を取れるのなら、まぁ不必要な戦い方だ」
アンさんはそれだけ言い捨てると、続きを促すように門を指さす。
今回のウェーブは敵が一体だけだったらしい、随分と幸運だ。
ホッと一息吐きながら、回復した腕を見つめつつ私も歩き始めた。
ここからの階層は、大した難易度ではなかった。
『マルティネス』を使う必要に迫られるほどの脅威はなかったし、またアンさんも私も大きなけがをすることもなく。
割と簡単に目的の階層にまで到着、出来てしまった。
多分、アンさんが相当強いのだろう。
特にデバフを使ってくる敵相手に単独突撃からの、さっくり倒すムーブは状態異常無効みたいなスキルでも持っているのかと思わせるほどだ。
比較的強めのボスが出てきても、何個もスキルを利用して簡単に倒している。
トップ層のプレイ動画を見ていても、ソレとそん色ない動きを連発するのはどこか爽快感もあるぐらいだ。
「さて、此処が目的の階層か」
「本来は休める階層らしいですけど、その黒狼って人のアジトを見つけるには特殊行動で出てくるボスを倒す必要があるらしくて。少し待っててくださいね、すぐに準備を……」
「その紙に書かれてるのか? ぜひとも見せてくれ、どうも糞みたいなデマを流す輩もいるらしいな」
デマ? どういうことだろうか、少し気になりながら私は紙を手渡す。
アンさんはソレを一瞥して、大笑いしながら返してきた。
目元を拭っている、随分と面白いらしい。
「何が面白いんですか……、というかデマって何なんです?」
「いんやぁ? 別に何も、それにここで特殊ボスが出るのはマジっぽいしやってみようぜ」
「何とか言ってくださいよ」
「じゃ、このボスに勝てたら教えてあげようかなー?」
そんな煽り言葉に丸め込まれるわけないじゃないですか、とりあえずマルティネスを初手で起動させましょうか。
バフアイテムも惜しみなく投入して、速攻で倒そう。
なんか自分知ってますよアピールがとってもムカつく、絶対に裏の顔を暴いてやる……!!
そんな覚悟を決めながら、私は召喚する儀式を行う。
そのボスを召喚し、討伐すれば隠された通路が出現するのだ。
というわけで、召喚するための詠唱を行う。
持っててよかった詠唱スキル、いまだに使ったことはないけども。
「『知恵の不在、虚空の理、常世の裏。かつてありし戦士の名を、今再びよみがえらせん』」
……、何も起きない。
何も一切の変化がない、ただ静かな沈黙が流れる。
10秒ほどか、静かでありながらも長い沈黙があり。
唐突に、アンさんが言葉を話す。
「やっぱり、無理か。そうだろうなぁ……、俺がいるし」
「……一体、どう言う意味ですか……?」
「どうもこうも無ぇよ、そもそもその情報さ。誰が売ったと思う? というか、何であの女が此処に黒狼っていうプレイヤーがいると断定したか知ってるか?」
「な、何を……!?」
一瞬だけ、いいや。
もはや私の目には、そこに立っている男が悍ましいモノに見えた。
理解を拒む、理解出来ないなにか。
理解し難い存在、形容し難い不定形の悪意。
少なくとも、それは私の敵に見える。
「改めて、名を名乗ろうか」
どこか、楽しそうに。
どこか面白そうに、そのくせに何処か寂しそうに。
私の目の前にいる男は、言葉を綴る。
「血盟『混沌たる白亜』にして、血盟『キャメロット』の敵。かの戦争の覇者にして、お前が倒すべき大罪人。俺こそが、『黒狼』だ」
真の悪とは、悪事を働く存在では無い。
集合的無意識すらも唆す、僅か少しばかりに完結した愉しさこそが。
この世界で最も黒より黒い、悪なのだ。




